ウィル6
王都のすぐ外れにあるダンジョン。ウィルたちはそこに赴いた。ダンジョンならスラム内にもあるのだが、あれは規模が小さく大した利益も出せず、孤児たちが自身の生計を立てるために必死になっているので荒らすのもよくないとのことで、マークスやアゼルが探索する際は本格的なこのダンジョンに潜ることにしているのだ。
マークスは冒険者として何度も踏破しているが、アゼル達は孤児同盟の探索要員としてダンジョンで稼ごうとして日が浅い。冒険者登録は済ませているが全員Eランクであり、ほぼ初心者である。だが、それでもここを選んだのは能力的にリコの天眼や、ヴァルドの判断でお墨付きをもらえているからだ。アゼル達は安全マージンを取りつつ、亀のような歩みでダンジョン攻略に取り組んでいる。
そうして今日も探索を始め、ウィルとアゼルの恐怖心を克己する訓練が始まったのだが……
今、ウィルの目の前で大ネズミが悲痛な叫びをあげながら藻掻いていた。その体には数本の矢が刺さっているが、いずれも致命傷には至っていない。
(早く楽にしてあげなくては)
ウィルは必死に弓を番えるが、指先は震え心臓は口から吐き出そうなほど波打っている。
(殺さなければ。目の前の生き物は魔物。殺す理由がある)
だが理由があれば殺していいのか。その理由の正当性は誰が決めるのか。彼女を殺した外道も、殺す理由自体はあったはずではないのか。無駄と苛立ちながらも、そうした想いが過ぎるのを止めることは出来ない。
「くっ」
体の震えを必死に抑えているためか、冷たい汗が全身から噴き出ているのを感じる。許されるならば今すぐ膝をついて胃の中の内容物を吐き出してしまいたい。プレッシャーから視界が滲み、意識が薄らぎ危ないと感じたその時――
「ギィィィ」
一本のナイフが大ネズミの心臓へと突き刺さった。大ネズミは断末魔をあげ、そのままドッと倒れ伏す。
「んー、とりあえずこいつはここで切り上げよーぜー」
ナイフを投擲したファムが間延びした声でそう告げてくる。
「すいません。手を煩わせてしまって……」
「いや、別にいいさ。パーティーに遠慮は無用だ。また当てられるようになっただけ上等だ」
ケイがそうウィルを励ましながら、全身をガラクタで纏った大男に顎で大ネズミのほうをくいっと示す。
「アゼル、獲物の解体をしてくれ。ビビってまだ何もできてないだろ」
「そうだぞー。何のためにそのガラクタアーマーを作ったんだよお」
二人にそう囃し立てられたアゼルは、しかし大ネズミの死体をおっかなびっくり見て、すがるように二人を見る。
「いや、でも突然起き上がったら怖いだろ。嚙まれたら痛えし。それにこの鎧はアゼルアーマーっていう立派な名前があっからよお」
「なら大丈夫だろうが」
「何のためのガラクタアーマーだ」
二人に急かされアゼルはおっかなびっくりと大ネズミの死骸に近づき、拾った木の棒でツンツンとその躯を刺激している。
「はあ」
その姿を見て、ウィルもまた自己嫌悪に陥る。勢い込んできたのはいいものの、結果は散々だった。無機物になら狙いを外さない自身のあるウィルだが、魔物相手には体に当てるのがやっとのありさまである。当たるだけ上達したとはいえるが、それでもウィルの本来の腕前からすると到底満足のいくものではなかった。
「気にすんなよ、ウィル。要は慣れよ。ゆっくりやろうぜ」
「アゼルと比べたら上出来すぎるぐらいだなー」
アゼルが死んでいることを確認し、ほっとしながら大ネズミを解体しているなかケイとファムが来てウィルを慰めてくれる。ウィルとアゼルが戦力とならない中で、第三階層まで進めたのはケイの魔法とファムのナイフがあったからだ。
「どうする。もう今日はここらでやめとくか。俺の魔力ももうあんまないぞ。魔法使い歴一か月の新米だからな」
「そうだなあ。オイラも疲れたし、ウィルはどうしたいんだー」
「えっと、僕は……」
今日は敵に当てられるようになっただけで満足すべきなのかもしれない。自分が不甲斐ないせいで、この二人には確かに大分無理をさせている。この近辺でこの二人を危険にさらす魔物はいないが、一つの油断が全滅を招くのが冒険者業だという。
「そうですね、今日はもう……」
「おいっ、お前ら見ろッ‼」
ウィルの声をアゼルが大声で遮る。皆でアゼルのほうを見ると、いつしか解体を終えたアゼルは岩陰へと入りそこから錆びた大楯を引っ張り出した。
「お宝だあ‼ どうよ、これ‼」
「おー、すごいすごい」
「またガラクタコレクションが一つ増えたなー」
思わぬ報酬に歓喜の声を上げるアゼルに、冷めた声で答えるケイとファム。呆れつつ、アゼルに帰還を伝えようとして、ウィルを遠くよりこちらに向かってくる物音を察知する。
「皆さん、何か来ますね」
「おー、なんかすげえ走ってんな。しかも、複数名だー」
ファムにも聞こえるらしく、物音の方角へと視線を向ける。
「なんだあ、新米冒険者が無理して魔物にでも追っかけられてんのか? だったら助けてやろうぜ」
アゼルが自身のビビり癖を忘れたかのごとき発言をする。
「いや、俺たちもまだ新米の冒険者だ。自殺行為になるかもしれん。一度身を隠したほうがいいかもな」
ケイが警戒し、そう提案する。
だが、皆が判断を終える前にあちらもこっちの存在に気付いたらしく大声で呼びかけてきた。
「おー----い、助けてくれーー-」
その声と同時に前方の曲がり角より冒険者の一団が姿を現す。そして、その背後より一目で人間よりも巨体とわかる二足歩行の獣が同様に曲がり角を曲がってくるのが見えた。
「なんだ、ありゃあッ‼ あんなの出るって聞いてないぞっ‼」
事前情報では得られぬ魔物の存在に、アゼルが素っ頓狂な声を上げる。
「ダンジョン内のレアモンスター‼ あれはオークかッ⁉ いかん、俺たちも逃げるぞっ‼」
オーク。イノシシの頭部をもつ人型の魔物。器用に武器も操ることが出来、討伐ランクは冒険者ギルドによってCランクに設定されている。本来はこんな場所ででる魔物ではないはずである。
事情を察したケイが、緊迫した声でこちらへと振り返り仲間に逃走を促す。間髪入れずに頷いたウィルの耳に、アーチャーとして聞きなれた細い糸を引き絞る音が聞こえた。興味をひかれたウィルはその音のほうへ視線を向ける。
こちらへ逃走してきている冒険者は全員前を向いていた。その中の一人が駆けながら器用に弓を番えているのが見える。そのまま振り返り、魔物に放つのだろうか。ウィルは当然のようにそう思った。
「やべえッ‼ ケイッ、避けろッ」
しかし、その弓手の思惑はそうではなかった。それを正しく察知したファムの怒声に反応したケイは突発的に身を捩る。
「グハッ!」
弓手はためらうことなくこちらへと弓を放ってきた。風切り音を伴って飛来した矢は、ケイの肩を容赦なく貫いた。もんどりうって地面へと倒れるケイ。ファムが声を掛けなければ、致命傷を負っていただろう。
「え?」
唐突すぎる人間の悪意に一瞬、ウィルの思考はフリーズしてしまう。
「ケイッ‼ うぉっ⁉」
弓はケイたち以外にも放たれた。ケイを心配し駆け寄ろうしたアゼルは慌てて先ほど拾った大楯でそれを防ぐ。
「任せろッ‼」
ファムが猫を思わせる俊敏な動きでケイに駆け寄ると追撃の矢をナイフで叩き落としていた。
「どうして……」
蹲るケイの肩から零れ落ちる赤い血。網膜に焼け付くその色はまさしく、あの日あの時に見たものと一緒であった。綺麗な緑髪を汚すどす黒い赤。
「ウィ、ウィル、伏せろ馬鹿野郎ッ‼」
肩を抑えたケイが、苦悶の表情を浮かべながらウィルに警告を飛ばす。その痛ましさに、ウィルの意識は一段と麻痺し、思考が止まってしまう。
『―――』
だが、そのときふいに周囲の風がそよめくのを感じた。同時にウィルの耳に風を切る矢音が聞こえる。その音で、ウィルはそれが自身の眉間目掛けまっすぐ飛んできているのが不思議と分かった。故にただ首を横へと傾ける。それとほぼ同時にウィルの頬を掠めるように矢が通り抜けていく。
「――ッ⁉」
何故だか、相手の弓手の驚愕の小声が聞こえた気がした。だが、最早逃げる冒険者たちとそれを追うオーク、そしてウィルたちの距離はほとんどない。ケイというけが人を抱えたウィルたちが速やかに離脱することは叶わないのだ。
ウィルたちの横を冒険者たちが駆け抜けていく。罵声を残して。
「ヒャッハー、助かったぜえ。囮よろしくー-」
「だっせえ鎧。討伐ランクBのハイオークちゃん相手にどんぐらい耐えられるのよ」
「今日はお前らの為に飲んでやる。許せよっ」
「……」
通りすぎる際、弓手のが無言でウィルの顔を凝視していた。
「あ、あ……」
だが、それに気づくこともなくトラウマを刺激され、ウィルは動けなくなっていた。指先もうまく動かず、思考も覚束ない。そんな中、目の前にはオークに襲われそうになっているケイとファムの姿。ファムはケイを守りつつ、小さな短刀でなんとかオークを迎え撃とうとしている。
(終わりっていうのはこういう呆気ないものなのかもね)
「ち、ちが……」
脳裏になぜかわかったかのように厭世的に呟く幼き頃の自分の声。もう間に合わないと諦観しながら、なんとか矢を番えようとするも動かない指。必死の行動も体が動かず、ただ脳裏に三人と出会った時の会話の情景が浮かんでくる。
(なあ、なんかあそこでガキが俺たちをじっと見てんだけどよ)
(そういうあけすけな言い方やめろって。見てくれだけは怖いんだからよ)
(おーい、お前いっつも一人でいんなあ。こっち来るかー?)
従属的にひっついているだけの自分をいつも受け入れてくれた得難い仲間たち。また、それが失われようとしている。自分が動けぬがために、だ。絶望が諦観すら塗り潰そうとする最中、ハイオークは冒険者から奪ったのだろう巨大な斧を二人へと振りおろした。




