路地裏の決闘
暗闇の中で火花が散った。
それと同時にユリアンは、驚愕に眼を見開きながら仰け反るようにしてたたらを踏んだ。
「馬鹿なっ⁉」
懐に潜り込もうとした瞬間、眼前に槍の穂先が一瞬にして迫った。咄嗟に振り払い迎撃した瞬間、ユリアンは自身の手が爆ぜたと錯覚した。それほどまでに刺突の威力は凄まじく、一瞬にして手の感覚は失われている。剣を取り落としていないかと、相手から眼を離すリスクを冒しながらチラリと己の手を見やる。そして、その手にしっかりと剣を握っているのを確認し、心の中で大きく安堵の溜息をつく。
「ッ⁉」
再び空気が揺らぐのを感じ、ユリアンは咄嗟に大きく体をよじる。その瞬間、空を切り裂く音と共に、再度刺突が今ユリアンがいた場所を正確に貫いていた。それは魔法による視力強化の効果で夜の闇の中でもしっかりと見えているにも関わらず、視認できぬほどの速さであり冷たい戦慄がユリアンの背筋を伝う。
初撃、二撃と間髪いれず、あのバカみたいに長い槍を振るうのを見て、ユリアンはすぐさま三撃目がくることを確信する。大きく体勢を崩した今の自分ではそれを避けられないだろう。故に、勝負所で使おうと思っていた自身のとっておきを躊躇わず行使する。
「死ね」
必殺を確信したのだろう。そんな声と共に、マークスが今までで一番鋭い刺突をユリアンの肩目掛けて放ってきた。吸い込まれるように穂先が肩へと埋め込まれるが、その刺突はそのまま手ごたえなくすり抜け、ユリアンの姿は溶けるように掻き消えてしまう。
「チッ⁉」
自身がはめられたと知り、マークスが小さく舌打ちする。マークスが貫いたのは、ユリアンが魔法で作り出した幻影である。貴族との縁組もあったユリアンの家系では、魔法が使える者も何人か生まれている。そして、ユリアンもまた高い魔法の資質を備えていたのだ。故にユリアンは騎士の中では珍しい魔法騎士として将来を嘱望されていた。そんなユリアンがもっとも得意とするのが幻影を操る魔法であった。
虚空を勢いよく貫いたため、マークスに一瞬の隙が出来る。ユリアンは身を低くしながら一気に相手との距離をつめた。槍を相手にする場合はとにかく距離を取らせてはいけない。懐に入り込めば、逆に獲物の長さがネックとなる。特にマークスの槍は通常のものよりも大分長い。距離さえ詰めればこちらのものだろう。
「終わりだよ、棄民」
ユリアンは相手が槍を手繰り寄せると同時に懐に入り、その胴目掛けて斬りかかる。マークスは槍の柄でそれを受け止めた。暗闇の中で魔法で視力を強化していないだろうに、正確にそれを受け止める技量にユリアンはマークスが難敵であることを再度確信させる。だからこそこの戦いは長引かせずに終わらせなければ。
体内で魔力を生成し、自身の幻影を動かす。その幻影が騎士剣を振うと、マークスをそれをいなそうと動いた。ユリアンはそれを見てほくそ笑むと、がら空きとなった胴に刃を叩き込もうとする。同時に二手を受けることなど余程の達人でなければできないだろう。こうなってしまえば簡単な作業だと、半ば無雑作に騎士剣を振うユリアン。
「ガハッ」
だが、呻き声を上げたのはユリアンであった。マークスは突如、幻影の斬撃を受けるのを止めると長槍の柄を急旋回させ、石突の部位にてユリアンの鳩尾を撃ったのだ。その槍裁きの鮮やかさと正確さ、そして重さをもろともせずに悠々と扱う膂力。油断してしまったとはいえ、ユリアンはいとも容易く虚を突かれそのカウンターを受けてしまう。
何故、自身の必殺が躱されたのか怪訝に思いながら必死に呼吸を整え、崩れ落ちそうになる体を必死に起こす。打撃のダメージは大きかったが、槍の穂でなかったのは幸いだった。
「貴様も魔法を使うんだな。なら、クリスが負けたのも頷ける。だが、一度見せた後にすぐ使ったのは失敗だ。人として不可能な動き、付随するはずの音、見破る術は多くある」
「くぅ」
最初の攻防ですぐに幻影魔法を使ったのは悪手だったとユリアンは悔やむ。だが、あそこで行使しなければ大怪我を負わされていただろう。焦って飛び出さず、相手の出方を見た後で自身の土俵に引き入れるべきだったのだ。いくら鍛えられていようが所詮はスラムあがりの男だと見下していたのが仇となってしまった。だが、悔やんでももう遅い。今は何とかこの相手を倒して危地を脱せねばならぬ。
「終わりだ」
「待って下さい、マークスさん」
ユリアンは相手が止めの一撃を放つ前に、再度幻影を作りあげる。だが、自身の幻影でなく自分が殺めた少年の姿で。
「クリス……チッ‼」
マークスが槍にて少年の幻影を振り払う。だが、それでもやはり親しかった者の姿だからだろう。一瞬の躊躇いは確かにあった。ユリアンにとってはその一瞬で十分だったのだ。攻撃をさせてもらえるほどの隙はなかったが、逃走するには十分の隙だ。急転し背を見せると、ユリアンは更に狭い路地へと駆け出す。
しかし、相手もこちらを逃すまいとすぐさま追ってくる。残念ながら、足の速さもあちらの方が早いらしい。このまま逃げるという選択をすぐ放棄し、再度マークスへと向き直る。
「貴様……」
必死に怒りを抑えているが、その声には確かな怒気が含まれている。冷静さを失わせれば、付け入る隙はも出来るかもしれない。それに、魔法の連続行使と先ほどの鳩尾への打撃による疲労も強い。ユリアンは時間稼ぎも含め、マークスに口撃を仕掛ける。幸いにして地の利は得た。後は体力さえ回復すれば勝機は大いに見えてくる。
「ねえ、君。何をそんなに真剣になってるんだい? あの子たちは君の血縁者だったのかな?」
「……」
マークスはそれには答えず、ただ黙ってユリアンを睨みつけてくる。だが、もしもそうであったなら、この男なら最初にそう告げるだろう。十中八九他人であると思っていい。
だが、そうであるならなおさらこの男の動機が読めない。禽獣のようなここの住人が、果たして正しい人徳を備えているとでも言うのだろうか。いや、とユリアンは一瞬でその疑問を心の中で握りつぶす。そのような心を備えられるのであれば、この場所が百年も変わらずこの国の恥部であり続ける筈もない。
「お互い手打ちにしないか。この勝負五分五分といったところだ。家族でもない他者の為に命を懸けるなんて馬鹿馬鹿しいだろ」
ここの住人である以上、護るべき家名や誇るべき家族なんてものは持ってはいないだろう。そうであるのに他者の為に命を張るとするならばそれは自分の如き狂人だ。自嘲を顔に浮かべながらも、ユリアンはそうとしか考えられなかった。
「……武芸者たるもの孤独に歩め。師は俺にそう教えた」
今の言葉に何か思うことがあったのだろうか。マークスはポツリとそう呟く。とても小さな言葉だったが、静かな夜の闇の中、その声は力強く大気を震わせる。そこに先ほどまでの怒りは含まれておらず、むしろ敬虔な信者が神に祈るような響きがあった。
「だが、こうも言っていた。武芸者がその武を授けるということは……家族としての絆を持つに等しいのだ、と。あいつは俺の弟子のようなものだった。報いは受けてもらうぞ」
怒りを克己したのだろう。冷静さを取り戻した声で、マークスはユリアンに再び槍を向ける。
「ハッ」
ユリアンはそれに嘲笑を放って答える。騎士としての確かな血脈を持つユリアンにとって、マークスの今の言葉は噴飯ものの世迷い事にしか思えなかったからだ。スラム育ちの男がそんなことを言っても、所詮侠客気取りのゴロツキが、ないものねだりをしているだけではないのか。
「君達のそんな下らぬ想いなんて、王国の民の誰一人として知ったことではないんだよ」
短い時間だったが、体力は大分戻った。それに先ほどよりも狭いこの路地裏で、あの長槍はさぞ振い難いことだろう。予想外の相手の力量に気圧されはしたが、相手の技量は十二分に把握した。このいけ好かない男は何としてもここで殺しておかねばならない。もし、殺せなかった場合少しばかり面倒くさいことになるのは必定だろう。
「じゃあ、その家族の下に今から送ってあげるよ」
そう言い放つとユリアンは再び魔法を行使するため、体内にて魔力を循環させ始めた。




