78
アロ・タンベレと別れてエアカーを拾った。明日、治安部に行ってアロに型通り新システムの提案をする。それで私のセシルとしての公式の仕事は終わる。エアカーがシャーム通りの私のアパートメントの前に止まった。近くの大型のショッピングモールはまだ閉店には時間があり、通りには人の姿が見える。仕事帰りに買い物に寄る客、おしゃべりしながら歩く若者、子供の手を引く母親。カフェやバー、レストランではゆったりと会話を楽しむ大人たち。私は彼らを眺めながら建物のエレベーターに乗り、私の住処のドアの前に立った。セシルの思念を使って扉を開く前に、いつものように安全装置を作動させ、点検する。微かな電波。今までは検知されなかったものだ。いやな感じがした。分析の結果を見れば、開ければ、起爆装置が作動する、その手のものだ。私はゆっくりと非常階段に向かい、近くにあった窓から外を眺めた。人の流れの中に、止められたエアカーが一、二、三台。あくまでここから見える範囲での話だ。ビルの入り口を窺う人物が二人。間違いないな、狙われているのは私だ。今か今かと爆発するのを待っている。扉を開けなかったら? 彼らがこのまま大人しく帰るとは思わない方がいいだろう。数分のうちに爆発させるか……仕掛けたものがどれほどの威力かは知らないが、住人には恐ろしく迷惑な話だ。潮時だ。私は懐から小型の発煙筒を取り出して、ビルの外に投げた。先に鉤のついた細い糸を非常階段の窓に掛ける。窓を破って糸を手繰り、煙とともにビルの壁を滑り降りた。ビルから上がる煙に気付いた通行人が騒ぎ出す。その隙に人混みに紛れられれば有難かったが、相手はプロだ。人をかき分け、私の姿を探している。追ってくるのは治安部の警察課。普通、こんな時は、追われる方が悪人に決まっている。前方でドロワラーが止まった。エアカーが個人向けの交通手段とすれば、こちらは決まったルートを循環する大型の公共交通システムで、停留所で待って入れば止まってくれる。五、六人の客が列を作っていた。それに紛れて私も並ぶ。私は労働者風の体格のいい男とその妻の陰に身を潜め、やって来たドロワラーに乗り込んだ。車内は混んでいた。乗客の間から後方を覗く。制服の警察官は堂々と人を押しやり、目を皿のようにして人混みを捜している。私は少し移動して、乗客の間から前方を見た。橋が見える。タンニ川だ。目を戻すと、治安部のエアカーがドロワラーに迫っていた。中には武装した職員が乗り込んでいる。私は乗客の中で身を縮めた。が、彼らの中の一人が銃を向けているのが見えた。ドロワラーは無人の自動運転。手っ取り早く止めるには……まさか、ドロワラーに向かって発砲する気か? 言い訳など後で何とでもつけられる。アパートメントを爆破させようと思った時点で、彼らは生半可な決意ではなかったのだ。怪我人が出ようと、死人が出ようと、覚悟の上だ。私は客をかき分け、ドロワラーの先端に移動すると、小型の銃でドアを破壊した。
「きゃあ」
「何だ、何をしている?」
「助けてくれ」
客はパニックに陥ったが、この際構っていられない。私はこれ見よがしに飛び降りた。追跡者の目が私に向く。案の定、銃弾の衝撃が左の背に来た。私を撃った男の得意そうな顔。残念だな、私は時代遅れのスーツの下にはちょっとした武器と便利な品が揃った防弾服を身に着けている。が、衝撃は大きかった。左肩から腕にかけてずっしりと重くなり、自由が利かない。しかし、ここでぐずぐずしてはいられなかった。全力で橋を渡り、住宅用のビルが立て込む一角に潜り込んだ。細い路地には植木鉢や不用品、ガラクタの類が置かれ、ごみも散らばっている。私は留守らしい朽ちかけたビルの奥に入った。肩を押さえる。骨は折れていないが、これでは総領事館までは遠い。逃げてきた橋のあたりで大きな爆発音がした。住人たちが家から飛び出す。追って来た警察官たちが目の前を走って行った。こっそり覗くと、慌てて飛び出した男が警官に聞いていた。
「何があったんだ?」
「爆発物を持った凶悪犯を追っている。中年の女だ。見かけたらすぐに知らせてください」
そう答えて、追って来た警察官たちは二手に分かれた。
「爆発物ですって?」
「警察が凶悪犯を追っているらしい」
「あの爆発は犯人のせいか?」
「そうだってよ」
瞬く間に私は爆弾を持った凶悪犯に仕立て上げられた。このまま息を殺しているだけでは不利だが、オルクを呼ぶことはできない。オルクを呼べば、この爆破事件がゼフィロウのせいになってしまいかねない。それに、オルクを呼んだとしても、この調子では、彼らは何としてもオルクに乗った私を取り押さえようとするだろう。ここの人たちがどうなろうと。




