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「Uドームまではどのくらいかかりますか?」
「三十分くらいだ。P5からサブウェイで行っても同じくらいだろう。出場者は自分の単車でUドームに行く者が多い。まだ、自分の潜水艇を持てない若者がほとんどだからな」
単車レース用のドームはセジュのあちこちにある。有名なのは、由緒あるトップクラスのレースが行われるドームだ。ハルタンで言えば、ヴェイル杯が行われるリックスドームで、セジュの単車レースの五大会のうちの一つだ。他にはカーバンクル杯が行われるネストのキャノピードーム、ダイアモンド杯が行われるスカハのアダマントドーム、セランディン杯が行われるヴァグのアークトラスドーム、そしてコロナボリアリス杯が行われるゼフィロウのコンチドームがある。
暗い海の中で点々と見えるのは潜水艇の灯り、そして、その先に見えてきたドームがUドームだった。
「Uドームは初めてなんだろう?」
「そう、ハルタンではリックスドームにしか行ったことがありません」
「ここもなかなかいいコースなんだ」
「障害はプロとは違うのですか?」
「同じだ。障害は様々な種類があって、プロの方が難易度は高くなるが」
「種類は同か……」
「レース前にコースの障害の種類について知ることができない点も同じだ。今回は予選だが、決勝戦になると、障害の置かれる順序も変わる」
私は頷いた。
「さあ、奴らの単車を点検してやらねばならん」
Uドームのポートに入って潜水艇をドックに収納すると、爺さんは後部座席に置いてある工具箱を掴んだ。私もポートに降りて辺りを見回す。
ポートは熱気に溢れていた。若者ばかりではない。年寄りも多い。女性もいる。ふと、ハルタン庁舎の廊下に並ぶ透明なガラス越し、その向こうに見えた職員たちを思い出した。どちらもハルタンの人たちだ。しかし、彼らにこのエネルギーがあったのか? いや、ある時は熱気に包まれ、ある時は仕事に拘束され、あるいは没頭する。それが自然なのだ。
「セシルさん、こっちだ」
爺さんは、込み合うポートの人混みをかき分けてドックの出口に向かう。途中の通路には一定間隔でスタンドが出ていて、ドームの案内のパンフレットやイヤホンが置かれていた。歴代のレースのガイドも、ちょっとした記念品も見える。
「レースがぐっと楽しくなるよ? どう?」
スタンドの若い店員が私にイヤホンを差し出した。
「いらん、いらん」
考える前に爺さんが怒鳴った。
「ラスキングさんの知り合いか」
店員は目を丸くしていた。
「悪いわね」
軽くウィンクして爺さんに続く。
「さあ、こっちだ。レース前の点検に間に合わせないと」
アマチュアと言えど、レースはレースだ。不正が行われないよう大会の係員が出場者の単車を調べ、問題ないものを順に預かる。預けられた単車は、レース直前まで彼らの目の届くところで管理されることになるわけだ。
「ああ、あそこ」
「アラン。マック、ジョンもいるな」
広場は百人近い若者で埋まっていた。それぞれ単車の調整をしている。メカニックにやってもらっている者もいる。みんな真剣そのものだ。早速爺さんはアランの単車を見始めた。単車の外構の一部を外すと、人の体のように線が張り巡らされている。様々なチップがそれを制御している。噴気孔を見、エンジンの音を聞く。工具箱から迷わず選ばれた繊細な道具が、細部の動きを点検する。メカニックとしてのロリー・ラスキングの腕を知るのに十分な動きだった。私は感心して眺めていた。もちろんアランもジョンも。ひときわ熱心なのがマックだった。食い入るように爺さんの動きを見つめている。
「マック、バキューム」
「ああ、はい」
爺さんに言われて我に返ったマックが、工具箱から小さな注射器を取って渡した。
「アラン、海中を走らせた後は噴気孔を見なくちゃだめだ」
「やってるよ」
声が小さい。注射器のシリンダーにクラゲの一種のかけらが見える。
「あーあ、自動クリーニングが働くやつが欲しいよ」
「生意気だぞ、アラン。手入れができなければ乗るな」
爺さんは素っ気なかった。ジョンの単車とマックの単車を見る。爺さんは顔を上げた。
「どちらも悪くないが、マック、お前、ちょっといじったろう? チップの場所が違うぞ?」
「それで違和感があったのか」
「乗り方には癖がある。それぞれのチップが受け持つデータは違う。組み合わせを変えるとせっかく蓄積した記憶が生きない」
マックは慌てて爺さんの指先を覗き込み、しっかりとチップの位置を頭に入れた。ただ自分の単車とレースのことを考えている時間が過ぎる……




