46
「セシルさん、あんた、どのくらい乗れるんだ?」
突然爺さんが聞いた。
「このレースに出られるくらいは」
思わず答えていた。アラン、マック、ジョンが呆れ顔で私を見る。
「そうか」
爺さんは愉快そうに笑った。
「さあ、お前たち、早くエントリーしろ。セシルさん、あのスタンドで待っていてくれ。友達に挨拶して、用事を済ませてくる。すぐ戻るよ」
彼らは私を置いてそれぞれの場所に向かった。
このレースに出られるくらいは、か……
ゼフィロウでは(おそらくほかの核でもそうだが)治安部をはじめ、各部署で必要な技能を身に着けるために、職員は特別な訓練を受ける。治安部では、単車の実地訓練はもちろん、潜水艇の操縦プログラム(その構造の理解や修理も含まれ、仕上げは海中で戦闘可能な潜水艇を動かすことになる)、作業用ロボットの操作、格闘技、武器や爆発物をはじめとする危険物の扱いから、潜水作業訓練まで。こちらも仕上げは核の外だ。生身でドームの外に出れば水圧で肺が押しつぶされるので、体の耐えられる水深まで行く。暗闇の中での孤独で苦しい訓練となるため、これが一番嫌がられる。私はどれも熱心にやった。興味があったし、それが自分のすべきことだとわかっていた。愛車か……ヴァンが作ってくれたオルク。あれは桁違いの単車だ。スーツの下にチェーンで下げている指輪に指で触れた。ヴァン、ありがとう。
「イヤホン、どうですか?」
スタンドの女性が聞いた。
「ええと、いいです。あ、それ、歴代のライダーの記録の方を買います」
私は薄い冊子を買った。写真入りでUドームの代々のレース優勝者が載っている。レース歴も出ている。そこにロリー・ラスキングの名前があった。若い頃の写真もある。驚いた。何度も優勝しているし、そうでなくても、出たレースにはいい成績を残している。四年ほどプロとして活躍し、引退。爺さんが戻ってきた。
「それ、見たのか?」
「ええ」
「そうか」
爺さんはいたずらっぽく笑った。
「大したものです」
「まあ、否定はしないよ。ただな、俺程度のプロならごまんといる。それでも俺はレースが好きだった。命を懸けて走ることの楽しさ。単車を整備することの面白さ。それが一度に味わえるんだ。夢のような日々だったよ。だが、レースでちょっとした事故に遭ってな、右の肘から下を失ったんだ。もちろん自分の細胞から作った上腕、そして手を接合させたが、指先の感覚がほんの少しだが戻らない。細かな作業をするにはどうしても必要な感覚なのにな。その時はもう引退してもいい歳になっていて、そこで考えた。自分は何がしたいか……俺はメカがいじりたかった。ならば、もう片方の手は、無くすわけにはいかん。俺はレースを辞めた。この手の感覚は手放せない」
セジュの、中でもここハルタンの医療技術は素晴らしいものだ。爺さんの右手は一度失われたものだとは到底思えない。だが、それでも完全とは言えない部分が、わずかながら残っているのだろう。それが爺さんの場合、細部の神経の接続だったわけだ。
「そうでしたか」
「まあ、そんなにしんみりする話でもないさ」
「衛生部に入ったのは、自分の潜水艇を仕事に使うため?」
「ああ、そうだ。あれは俺が組み立てたものだ」
「あの潜水艇は素晴らしいです」
「ありがとう。あんたは見る目があるね。さあ、あいつらのレースにはまだ時間がある。少し腹に入れておこう」
爺さんが案内したのは、ドームのカフェテリアだった。客はまだほとんどいない。アルコール、ソフトドリンク、サンドイッチ。シンプルなメニューだが、清潔な上に、クラッシックなしつらえで落ち着く。
「ビール? ワイン?」
爺さんが聞いた。
「ビール」
「サンドイッチは一種類しかないよ。野菜とハムだ」
頷いた。そろそろレースが始まる。私はレースが気になった。
「大丈夫だ、いやというほど見られる」
爺さんは気楽に言って、窓際の席を指差した。私はそこに座り、爺さんを待った。




