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 城に戻り、父上に報告を済ませると、間もなくヴァンが私の部屋に顔を出した。

「ヴァン、一杯やるか?」

 私は厨房につまみを頼み、荷物の中から酒瓶を一つ取り出した。

「ハルタン土産。結構おいしいんだ」

「エア様にはお会いしたのか?」

「ああ。詳しいことは総領事のマルトから伝わっているから簡単なものだった」

「そうか」

 フルーツやチーズ、ナッツやサンドイッチの載った盆が届いた。酒瓶からグラスに注いだメティスの香りは、ハルタンの小さな店で飲んだ時のままだ。

「この香り、メティスか?」

「その通り」

「小さい頃、お前の手引きでこの城の標本室に忍び込んで標本をひっくり返しただろう? あの時の香りだ」

 そうだった……

「ああ、そんなこともあったな」

 そう言えば、ヴァンとはよく標本室に忍び込んだものだ。

「あのころから、お前には振り回されっぱなしだ」

 思い出すことが他にもあったのか、ヴァンは恨みがましく言った。不本意だ。こっちだってずいぶん振り回されている。

「それは、お互い様だ」

 きっぱりと言ってやった。だが、ヴァンはここで何を思ったか、あの澄んだ笑みを浮かべた。

「お帰り、ラビス。無事でよかった」

「うん、ありがとう、ヴァン」

 結局、私はこの笑みに弱いのだ。頷いたヴァンは少し照れくさそうにしたが、やがて言った。

「リン・メイは、おばば様のところへ行ったか」

「ああ、レンでは、リンはもはや人であるとは言い切れないと判断された。となれば、人の法は当てはまるまい。正当防衛かどうかなど、実際どうでもよかった。おばば様はああ言ったが……グレイゾーンは神殿の役割と言うわけだ」

「よかったじゃないか。お前はそれを望んでいたのだろう?」

「私はセジュの法の下で動く。それが仕事だからな」

 ヴァンは黙っていた。

「それはそうと、リンとマリアがゼフィロウに落ち着いたら顔を見に行かないか?」

「ああ。会ってみたい。しかし、リン・メイ……世界でたった一人か。いったい、どんな気分なんだろう」

 ヴァンはぼんやりとメティスの入ったグラスを見つめた。

「さあ。それはなったことがないからわからないな。自分の命が永遠のように続いて行く感覚も」

「永遠の生か。セジュの市民としてその権利が守られたからよかったようなものの、ハルタンの奴らじゃなくとも、その存在を知ったら、誰もが普通ではいられないな」

「その存在が学術的にどれだけ貴重であるにしろ、一つの命であることには変わりない」

「だが、お前はセジュの法を優先し、リン・メイをレンに渡した」

 ヴァンは私に目を向けた。

「ああ。不服か?」

「セジュと一個の命。いざとなればラビスは俺のことも……」

「うん? 何だ、ヴァン?」

「なあ、ラビス、もし、セジュと……いや、聞くだけ無駄か」

 ヴァンは言葉を飲み込み、苦笑した。

 ヴァンの言いたいことがわかった。

「そうだなあ、ヴァン、もし、私がセジュとお前の間に立つはめにでもなったら」

「えっ? そんなつもりじゃ……」

 ヴァンは焦っていたが、私はいつものようにヴァンをからかう気がしなかった。

「そうだなあ……そうしたら、一緒にセジュを出て、宇宙にでも行くか。遥か昔の我々の祖先は国ごと、この海底にやって来たが、なあに、二人だけだってかまわない。あちこち回って、飽きたらこっそり地上にでも降りて見物するのもいい」

「ラビス……ああ、それもいいかもしれないな。行けるところまで行ってみるのも」

 ヴァンは朗らかに笑ったが、何か気がかりが浮かんだようだった。

「でも、俺の必要な材料が手に入らなくなったら困るな。細かな部品もいちいち作っていたのでは、宇宙旅行も心配だ」

「心配ないさ、ヴァン。そんな時はセジュに戻って少し貰おう」

「貰うって……俺たち、その時には逃亡者じゃないか?」

「だから、そっとだ。いちいち断る必要なんかないだろう?」

「それは泥棒というものだぞ?」

「気にするな。我々が少しくらい貰ったって、セジュはちっとも困らないさ」

 私は愉快な気分になった。

「そりゃあ、そうだ」

 ヴァンも今度こそすっきりしたらしく、私の手を取った。

                       


                                終


RI・N・GAはこれで終わりです。

長くお付き合いくださり、ありがとうございました!

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