鎌倉
源頼朝が征夷大将軍となり、東国に武家の独立政権を打ち立ててから、鎌倉はその中心として繁栄を極めていた。
北条得宗家が新田義貞に攻められ、滅ぼされた後も足利将軍家は鎌倉府を置いたため、繁栄は衰えることはなかった。
永享の乱、それに続く結城合戦で鎌倉公方擁する鎌倉府が消滅すると鎌倉の繁栄に翳りが見えてきた。
足利持氏の遺児、成氏を新たな鎌倉公方と迎えた関東の武士達は、鎌倉府の復活を願い、鎌倉の地に集まってきた。
関東管領である上杉家は、山内家と扇谷家の対立は内在していたが、都との対決姿勢の為、表面的には和を重んじていた。
集まった主要な面々は、関東管領、山内上杉家の上杉憲忠、扇谷上杉家の上杉持朝、山内家家宰、長尾景仲、扇谷家家宰、太田資清、小山持政・千葉胤将・小田持家・宇都宮等綱であった。
上杉憲忠が口火を切った。
「鎌倉殿を新たにお迎えし、鎌倉府を心機一転することになりました。既にお聴き及びと思われますが、都では、悪御所様が、悪しき政を始めて逆らった守護達はことごとく打たれたとの事。亡き先代の鎌倉殿(持氏)も、その犠牲になりましてございます。」
「管領殿、我ら関東の武士達は如何にすべきかとお考えか?」
「さればでござる。鎌倉殿が新たな御所様になって頂き、秩序を守るがよろしいかと?」
「ま、待たれい!では、また、都に反旗をひるがえすというか?」
「元々、都は武士の政の場所ではない。鎌倉こそが武士の政の場でござる。ならば、鎌倉殿こそ、御所様にふさわしい。」
「しかし、先の戦さで、我らは敗れました。」
「それは、関東の武士達の中でも対立するものがあったからでごさろう。次は、我ら一丸となりて事に当たろうではありませぬか。」
「それには、賛同する。しかし、都の方は、かなり力を付けているという話でないか。
管領殿、我らだけでは、力が足りないのでは…」
「心配ごさらん。陸奥と九州の守護達にも声を掛けている。」
「あーなるほど。陸奥、関東と九州から都を挟み討ちでございますな。」
「しかし、陸奥、九州も自分の土地を守るのが精一杯と聞いていますが…」
「まあ、関東も似たようなもの。まずは、地固めをして鎌倉府を盤石にするが肝要でごさる。
まずは、都に心寄せるものを片付けて参るということにいたしましょう。
鎌倉殿、それでよろしいでしょうか?」
「うむ、管領の申す通り。まずは、関東の地を固めよ。それとな、憲忠。都、陸奥、九州の状況は常に皆に伝えるようにせよ。」
「かしこまりました。仰せの通りに。」




