第17話 ピクニックとピクルスwithもぐら
「ですが、それがどうしたっていうんですか、主宰」
解せない。たしかに王城の下にも地下シェルターが存在していたという事実には驚かされたものの、わざわざここまでの人数を割いて掘り進めさせている意味がわからない。
「『英雄』くん、じゃあちょっと奥に進んでみようか」
「はい」
僕は先導する主宰を追い、人工的に掘り進められた痕跡の残る地面の土をさくさくと音を奏でながら踏む。天井は微妙に低く、歩きづらい。
だが――
「……あれ?」僕は天井が高くなってることに気づき、首を痛めてしまいそうだった姿勢から元に戻す。
「もう、気付いたかい?」
「はい」僕は地面を見る。そこは先ほどまで土、もしくは岩のようなものがあり不安定な通路が一変、丁寧に舗装されたコンクリートの道となっていた。「人工的に舗装されている」これまた先ほどまでとは一変し、横幅が同時に横に並んで二人が歩ける程の道幅となっていた。
「そう。そして」主宰は壁にかけられたものを指さす。「なぜか、地下シェルター時代には無いはずのガス灯がある。それにガス灯は新しいもの好きで裕福なサクラティメントにようやく普及し始めてたもの。とても高価だ。……そのかき集めた情報から君は何を思う?」
主宰は僕を試すような意地の悪い視線を向けてくる。
「隠し通路でしょうか。それも貴族――いや王族が作った」
主宰は満面の笑みを浮かべ、
「百点満点の答えをありがとう、『英雄』くん」
「……じゃあ、ここを辿っていけば」
「そう――王城に内部から侵入できる。別に王城に攻め込む気は今のところないけれど、これは僕たち<黒髪>によって強みになる。だって何かあれば……王都を別働隊が襲撃している間に、本隊がこの隠し通路を使い、容易く王城を乗っ取ることだってできるのだから。『英雄』くん、これってすごいことじゃない?」
「すごいですけど……」僕は出口の方へと視線を送る。「どうしてまだ掘り進めているんです?縦にというか、横に。もう十分じゃないんですか。この隠し通路が発見できたなら、自然と繋がっている可能性だって十分にあるんですし……。それとも、他に通路が?もしくは地下資源が新たに見つかったとか……それはないか……」
僕は独り言のような質問を発しているなか、くすくすと笑いをこらえている主宰。どこか主宰と第一接点したときのあの表情と酷似している。
「どうかしたんですか?」
「いや……ね。そんなに『英雄』くんの頭を働かせて、無駄働きさせて悪いんだけど」主宰は続ける。「ただの個人的な興味だよ。それだけで彼らを僕は拘束している。すごく悪いってわかってるんだけど、ね。僕のあふれだす好奇心には逆らえない。だから、この先数年くらい彼らには肉体労働してもらうよ」
誰か彼らを解放してあげてくれ……。
■■■
「まさか……サンドウイッチを外で食べれるなんて、ね」
リュミエールは戸惑うような声を発しながら、ベンチに座っている僕とリュミエールとの中間に置かれたバスケットからチーズとツナときゅうりの具材がサンドされたサンドウイッチを手に取り、一口かじる。
「僕も、まさかって思ったよ」
「どういう経緯でこうなったの?」リュミエールは首を傾げる。
「主宰がこのバスケットを渡して、お嬢さんとピクニックしてこいって」
「ピクニック? なに、それ。ああ、ピクルスの言い間違いね。もしくは聞き間違い。ん? でもこの質素なサンドウイッチにピクルスなんて入ってないけど……」リュミエールは乱れてしまった綺麗な黒髪を耳にかける。それだけの動作でも、上品に感じる。
僕はそんなリュミエールに向けて苦笑いを浮かべ、
「違う違う。ピクルスじゃなくてピクニック。野原とかで外の景色見ながらご飯を食べること」
「へえ、それをピクニックって言うんだ。ピクルスみたいね」
「いやどこが?」
リュミエールはまた一口サンドウイッチを小さな口で含む。思わずたくさん口に入れてしまったようで彼女が咀嚼し食べ終わるまで時間が掛かりそうだった。
僕はそんなリュミエールに対し、一口感想。
……なんか、凄い自由だ。
「あと僕と一緒だったら少しは外に出歩いていいって」
「じゃあ、ヘルトと一緒なら王城に帰っていいってことかしら?」
「いや違うね。一応リュミエールは僕らの人質なんだから。それで逃げられてしまったら元も子もないでしょ」
「まあ私にとっては万々歳だけどね」リュミエールはバスケットの中に入っていたペーパーを取って綺麗に口の周りを拭き取る。「それにしても、ピクニックというものにしては……風景が汚い」
リュミエールは冷めて目つきで眼前に広がるコンクリートの建物に囲まれた窮屈な景色を見る。せめて少しでも晴れた青空があればよかったのだが、ここは生憎地下都市<東京>そんなものあるわけない。それにここは朝の訓練が行われた中庭。ロマンチックなんてありゃしない。
あと――
「みんなが僕らを見てるっていうね……」
「そう。こういう視線には慣れているけれど……好きではないわ」
そう。国王の娘とこうやってピクニックをしているのが物珍しいようで、宿舎や食堂の窓から首を出す好奇心旺盛な<黒髪>たち。っていうか……みんな笑顔でこちらを見ているのが逆に怖い。
僕は素直に謝る。「もっといい場所があればよかったんだけど……生憎僕もここに来たばっかで、外でベンチがあって……っていうピクニック向けの場所がここしか知らなくて。ごめん」
「そうね、最悪な場所ね、ここ。……でも」リュミエールは続ける。「黒髪の人も普通の人間だって知れたわ。もっと怖い奴らだと思ってた」
「怖い奴ら?」
「そうよ、絵本にもね登場してくるのよ。<黒髪>って」
「へえ、そりゃ光栄だ」
「悪魔の外見でね」
「へ、へえ……そりゃ不名誉だ」
……悪魔の外見か。まあ、こうやって差別されているわけだから仕方のないことだけど。きっと国民が幼児のうちから黒髪の者はもはや人ではない恐ろしい者として洗脳という名の教育をしているのだろう。そりゃ、僕ら<黒髪>が姿を表しただけで国民が悲鳴を上げながら逃げていったのにも合点が行く。
「だから良かったわ」リュミエールはぽつりと言葉を吐いた。
「何が?」
きっと僕はこのときリュミエールが何を言うのか、なんと言ってくれるのか――期待していたのかもしれない。だから知っていてそんな言葉を彼女と同じように疑問を吐いた。わかっていながら。
「黒髪も私たちも――同じ人間ってこと」
「うん。そうだよ」
僕はこんな人が国王になれば、この国の国王になったなら、良いのにとそう思った。




