「るるよ」
ひとつ断っておく。
これが最後の話だ。
呪われたくないなら、この話を聞かないでくれ。
『るるよ』ってのは、俺が小学生の頃に出会った人だ。
その人はいつも田んぼのあぜ道にしゃがみこんでた。
頭はいつも坊主頭でさ、かなり身長が高かったな。
俺の倍はあるように感じたよ。
目がいつも蜂に刺されたように膨れていて、肌はニキビや何やらでボコボコに荒れていた。
誰が最初に「るるよ」って言い出したのかは知らない。
「……たべるーよ、たべるーよ」
俺が見た時はそんなことを言ってた。
るるよ、ってよりも、るーよ、って発音の方が正しいかな。
るるよはそう言いながら、雑草を引き千切って口に頬張っては吐いてた。
親は誰も近寄るな、って言ってたよ。
今なら理由もわかる気がするな。
るるよはもう20歳を過ぎた成人の男だ。
子供が近づくには危険な人だったのかもしれない。
だけど近寄ってみると、話してみると、これが楽しい人でさ。
俺はまだ一年生だったかな。
俺たちが近づくと、るるよは嬉しそうに笑うんだ。
それが本当に楽しそうな笑顔でさ。
何を言ってんのかイマイチわかんなかったけど、
「るーよ」
って言ってたから、俺たちもるーよ、って叫んで何となくコミュニケーションを取ってた。
るるよは体が大きかったから、そんな大人と遊べるのが楽しかったんだと思う。
一緒にザリガニを釣ったりしたな。
何でか知らないけど、るるよはいつもポケットに何か詰まっててさ。
おやつなのか、何なのか知らないけど、それでザリガニを釣ったりしてた。
『るるよ鬼ごっこ』なんてものも流行ってさ。
鬼が捕まえた時に、「るーよ!」て叫ぶんだ。
ただそれだけの鬼ごっこさ。
それだけで子供の俺は楽しかった。
小学校高学年になった頃は、もうるるよと遊ぶこともなくなった。
るるよはゲーム機を持ってなかったし、流行りの玩具も持ってなかった。
るるよのことは自然に忘れちまった。
二十歳の成人式の時に久々に地元に帰ったんだ。
懐かしい顔に会って、昔遊んだ場所を何となく歩いてたんだ。
小学校の同級生でさ、中学まで一緒だったけど、高校で別れた奴ばっかりだ。
その時は五人いたかな。
何となく話しながら歩いてたんだ。
「るーよ!」
そんな声が聞こえてさ、思わず振り返った。
あれは驚いたよ。
小学生の子供が『るるよ鬼ごっこ』をしてるんだ。
鬼がタッチすると「るーよ」って叫ぶだけの遊びさ。
それでるるよのことを思い出したんだ。
「懐かしいなぁ。俺たちもあれ、やったよな」
そう言って笑ったよ。
友達もそんなことあったな、
るるよ鬼ごっこ流行ったなぁ、
今でも続いているなんて不思議だなぁ、
なんて笑ってたよ。
「るるよも30歳を越えてそうだよな。オッサンになってるのかな」
俺が言った時、友達は不思議そうに俺を見たんだ。
「誰のこと言ってんだ?」
「誰って、るるよ、だよ」
「るるよは、お前だろ」
俺は苦笑して言ったよ。
「何を言ってんだよ。るるよ、って遊んでくれた兄ちゃんがいたじゃん。忘れたのか?」
友達はポカンと口を空けて俺を見てたよ。
「いや、お前がるるよ、だろ」
俺はみんな記憶が曖昧なんだな、と思ったよ。
全員の顔を見るまではさ。
みんな俺を不思議そうに見てるんだ。
俺をバカみたいな人間みたいに見てるんだ。
「まぁ、昔のことだからな。お前も忘れちまったんだな」
みんなそう言うんだ。
俺が何度も「るるよは俺じゃない」って言っても鼻で笑うんだ。
俺が「るるよ」だ、そう言うんだ。
じゃあ、俺の記憶の中の「るるよ」は誰なんだよ。
遊んでる小学生に聞いてみたかった。
るるよ、は誰だ、って。
るるよ、はまだ元気なのか、って。
だけど何か怖くてさ。
俺は確かめることが怖いまま、実家に帰ったんだ。
そう言えば両親からも「るるよと遊ぶな」って怒られたことを思い出した。
「なぁ、『るるよ』って人、昔いたよね」
父親は覚えてないようだったけど、母親は覚えていてさ。
「まだいるわよ」
そう言ったんだ。
やっぱり俺が正しいじゃないか、そう安心した時、母親はまたおかしなことを言い出した。
「今は結婚してお子さんを出産したのよ」
驚いたな。るるよが女だって言うんだ。
「それは違うよ、るるよは男だよ。一緒に遊ぶな、って叱られた人だよ」
俺がそう言うと、母親は不思議そうな顔をするんだ。
「男じゃないわよ。女性よ。今はスーパーで働いてらっしゃるけど。別にあんたと遊ぶことを叱った覚えはないけど」
母親は当たり前のように言うのさ。
俺の記憶の中じゃ、るるよ、は確かに男だったはずなんだけどさ。
まぁ、子供の頃の自分の記憶がおかしいと思ったんだ。
俺は今の「るるよ」が見たくなって、母親から苗字を聞いてスーパーに行ってみたんだ。
るるよ、どう成長したのかな、って思ってさ。
母親が「るるよ」って認識していた女性はレジにいたよ。
まるで違った。
記憶の中のるるよの面影はどこにもなかった。
るるよは小柄な細い女性で、かなりの美人だったんだ。
まだ俺とそんなに年が変わらないように見えた。
ガキの記憶なんて、本当に当てにならないな、って思ったもんだよ。
そのまま実家からこっちに戻って来て、駅を降りてバスを待ってた時かな。
肩をポンポン、って叩かれたんだ。
「るーよ!」
るるよが立ってた。
俺の記憶の中のるるよだ。
俺の顔を見て嬉しそうに笑った。
まるで年をとったように見えない。
俺が何かを言う前に、るるよは走ってどこかに行っちまった。
その時、俺は思い出したんだ。
るるよ、ってのは俺の小さい頃のあだ名だ。
皆から舌っ足らずな俺の発音をからかわれて、
るるよ、って呼ばれてたんだ。
でも今、目の前にいたるるよのことも覚えている。
俺は未だに何が真実なのかわからない。
これが俺に起きた話さ。
さて、これで全ての話は終わりだ。
最後まで話を聞いてしまったな。
嫌なら耳を塞ぐこともできたはずだ。
だが君は最後まで聞いてしまった。
本当は気づいているんじゃないか?
もう自分が呪われているって。
俺が話した、いくつかの話を覚えているだろう?
うねぐし
ろくおに
ばくろけ
もーぎゅるの
がとはい
るるよ
うし
ろに
ばけ
もの
がい
るよ
う
し
ろ
に
ば
け
も
の
が
い
る
よ
もう最後の話を聞いた時点で呪われてるんだ。
だからあの小屋の全員は死んだ。
俺に化物を押し付けようとしやがった。
だからそれに見合う罰を与えてやった。
俺の目からは君の後ろがよく見える。
今は振り返らない方がいい。
決して振り返ってはいけない。
仮に振り返っていたとしても、無駄なことなんだ。
何度も振り返っても、その後ろに移動する。
君はこの呪いを見ることもできない。
どこに行ってもこの呪いはつきまとう。
俺はやっとこの呪いから解放される。
それも話を聞いてくれた君のおかげだ。
最後まで聞いてくれて、本当にありがとう。
(すべてがおしまい)