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第2部7話 プレゼン前夜

「2人の話聞いちゃった……というか、聞こえちゃった」


「姫?! そ、それはどういう……」


 部屋に入って扉を閉めた私の背後から不意かけられた声に、私は心臓が口から飛び出しそうなほどの動悸に襲われた。


 まさか、あの会話を姫が聞いていたなんて。


「それより、先生の作ってくれたデザート食べましょ。楽しみ!」


 姫は何もなかったかのように机に広げた紙に目を落としている。

 その集中している姿が愛おしく、また私には輝いて見え、それ以上追及できず、ただ黙って席に着いた。


 私たちは、あの荒川という男が作ったチョコタルトとホットミルクを口にした。


(悔しいが、あいつ料理はうまいな……)


 ここにきて、何度もこの男の料理を食べている。


 だが、一口運ぶたびに感じるのは、城のどんな高級な食事よりも身体に染み渡る、妙な安らぎだ。

 

 それがまた、あいつのことが素直に嫌いになれない理由の一つでもあり、同時に苛立ちの種でもあった。


「うーん! やっぱり先生の作る料理はおいしいわね」


「そうですね……それだけは認めざるを得ません」


  喉を通る温かなミルクが、強張っていた神経を少しずつ解いていく。だが、話題は自然と明日へと向いてしまう。


「しかし、明日が大勢の前で発表なんて、ほんと、私にはいろいろ暴走するな! って言うくせに、先生の方がよっぽど勝手に色々決めちゃうんだから」


「ここは、明日ぐぅの音も出ないほどの完璧な企画を見せてやりましょ!」


 私は不思議でならなかった。いつも城の兵士をかいくぐり、あまたの教育係の説教を右から左に聞き流してきた姫が、なぜ荒川という男の説教だけは耳を傾け、あまつさえ楽しんでいるように見えるのか。


「姫は、荒川という男のあの無礼な態度に腹が立たないのですか?」


「へ? ……うーん……そうねー……」


 姫は天井を見つめながらしばらく黙り込み、やがて唐突に答えた。


「あんまり気にならないなー。だって、先生は私の立場より私がどうしたいか? の方を見て話してくれている気がするから……」


「な……」


「あ、でも恋愛とかはないなー、先生があと20年若くてもう少しイケメンならあり得たかもだけど」


 姫はけらけらと笑っている。私は思考が追い付かず何と言って良いかわからなくなる横で、姫はそんなこと気にする様子もない。


「それよりアリス、この案についてどう思う? ポイントは兎人の街に乗り込むことなく、あの親子の力になるには、こんな案が良いと思うの。でも、だけど、何かが足りない気がしているのよ」


「読ませていただきます」


 そう言って私は姫の案を受け取った。そして、目を通した瞬間、言葉を失った。


 堅実だ。


 今までの姫からは考えられないほど、地に足の着いた案にまとまっている。衝撃だった。


(王妃様には極力口を出すなと言われてるが、今、この一時なら、お許しになるだろう)


「そうですね。ではこの部分を明日来る他種族の方に協力を要請するというのはどうでしょう?」


  私たちは頷き合い、夜遅くまで会議を続けた。


 朝、午前中からテナント内はバタバタと騒がしさを増していった。


 今日は昼から異種族たちが来て、俺と姫のプレゼンの審査員をすることになっている。ゴンザレスとデニムには各種族から5人ずつ呼んでもらえるようお願いしたが……昨日の今日だ。本当に人数が集まるだろうか。


 あれだけ昨晩、アリスの前でビッグマウスを叩いてしまった。もし集まりませんでした……なんて報告することになれば、あの剣を手にに地の底まで追いかけまわされるかもしれない。


 重苦しい溜息をつきながら、俺は仕込みの準備を進める。その時だった。


「よう! 先生! 今日は面白いことやるって聞いたぞ!」


 誰よりも大きな声で、テナントの空気を一気に塗り替えるようにして、竜人の代表ババルが乗り込んできた。


(開始2時間前だぞ……竜人って……暇なのか……)


 俺は既にお祭り気分で笑うババルを見ながら苦笑する。


「よく来てくれたババル。今日は楽しんでいってくれ」


「おうよ! ゴンザレスから聞いたぜ!先生と姫さんが勝負するんだろ?」


「勝負ってほどじゃないがな」


「またまた。先生の企画なんだろ? 面白くならねえわけがねえ」


 勝手に期待値を上げるな。


 俺が呆れていると、ババルはさらに大声で笑った。


「それにな!」


 そう言って親指で背後を指差す。


「先生の料理も食えるって聞いたからな!」


「……そっちが本命か」


「当たり前だろ!」


 即答だった。


 ババルの背後から、彼に負けないほどのごつい連中が続々と店内に流れ込んでくる。


「お前らも楽しみにしてたんだよな!」


「「「おう!」」」


「先生の肉料理だろ!」


「今日は仕事休んできたぞ!」


「俺は嫁に土産話持って帰れって言われた!」


 カウンターの椅子が、竜人たちの重量にギシギシと悲鳴を上げる。


(なるほど……)


 俺は少しだけ肩の力を抜いた。


 どうやら集まった理由はプレゼンだけではないらしい。


 前回の竜人街での騒動以来、俺の店は竜人たちの間で少しばかり噂になっていた。


 自分達のリーダーと互角の腕力を持つ姫。

 異世界では見たことのない料理。

 種族の違いを気にしない変な人間。


 そして、初めて行われた異種族合同会議をまとめた男。


 それらが混ざって、もともと陽気な竜人たちの好奇心を刺激してるのだろう。


「先生! なんか食わせてくれよ!」


「わかった。わかった。ただし今出す分はしっかり料金を払ってもらうぞ」


「まかせろ!」


 ババルの要求に、俺は厨房で肉を焼き始める。


 手ごろな厚さに切った肉はジュウッと良い音を立てながら焼かれ、酒と醤油と砂糖を使ったたれを絡める。その音が食欲をそそる。元居た世界で簡単に作れた牛皿をイメージした料理だ。


「おおっ!」


「なんだこの匂い!」


「腹減ってきた!」


 竜人たちは目を輝かせて皿を囲み、一口食べるなり歓声を上げた。


「うまっ!」


「なんだこれ!」


「肉なのに柔らけぇ!」


「先生! おかわり!」


 店内は一気に酒場のような活気に包まれた。


 竜人が来てから1時間もすれば、ドワーフと人間の代表たちも姿を現した。


 彼らもまた、先行する竜人たちから新しい肉料理を食べたと聞き、自分達も食べてみたいとオーダーする。


(ちゃんと集まったな……)


 ゴンザレスとデニムの協力に心から感謝しつつ、料理をオーダーしてくるドワーフや人間に料金が発生することを伝えながら、俺は各種族へのもてなしとプレゼン大会の準備を並行して進めた。


「先生……いったいこれは何事?」


 あまりの盛況ぶりに自室にいることに耐えられなくなったのか、階段を降りてきた姫が呆然としている。


 後ろには同じくアリスの姿。だが、二人とも目には濃いクマが張り付いていた。


(また、徹夜か……)


 俺は心の中で苦笑しつつ、彼女たちに告げる。


「今日の審査員たちですよ。あと、こちらが今日の審査員の方になる各種族の代表5名ずつの席次と名前です。発表までに必ず叩き込んで、その席次なしでも相手の名前を言えるように準備してください」


「い、今から?」


 姫が天を仰いでいるが、俺はお構いなしに畳み掛ける。


「事前に相手の名前を知ってる。それはプレゼンで高評価を得るための土台です」


 俺はわざと笑顔を向け、さらに追撃する。


「さ、1時間後にはスタートですから、しっかり最後の仕上げを行ってきてください」


「分かりましたよーだ!」


 姫はむくれながらも、慌ただしく2階の自室へと戻っていった。


「さて……あとは姫の提案内容に合わせるだけか……」


 俺はそう呟き、カウンターで肉を焼く手を止めずに、これから始まる「勝負」のシミュレーションを開始した。

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