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24・見慣れた顔

 瞳の色が黒じゃない――それなら私は行く必要ないんじゃないかと思ったけど。髪の色が真っ黒なのには違いないから行かなきゃいけないらしい。あとから私を勇者一行の誰だかが見つけていちゃもんを付けてきたらおじちゃんおばちゃんまで罰されてしまうのだとか。気は向かないけどとりあえず屋敷とパン屋を往復するだけはしないと。



「じゃあちょっと行ってきます。すぐ帰って来るからね」


「気をつけてね。ナカコがニホンジンじゃないってことは目を見たらすぐ分るんだから」


「気を付けてな」



 おばちゃんとおじちゃんが代わる代わる抱きしめてくれて、ここしばらくで慣れたことは慣れたけどやっぱり刺激的すぎる臭いを必死に我慢して涙目になった。息を止めていられる時間以上に抱きしめられるから、うん。人間は呼吸しなきゃ生きていけないので。



「じゃあ……」



 コウイチさんは来てない。まあどうせ行って帰って来るだけなんだから見送りに行く必要なんてないんだけど、心細い思いをしてる私に対して可哀想だとは思わないんだろうか。


 おばちゃんの若い頃の晴れ着を借り、スカートを引きずりそうになるのをたくしあげながら屋敷へ向かう。これ以外のはどれも処分してしまったそうだからこれしか着るものがないんだけど……スカートの長さが私に人種の差というものを突きつけてきて嫌になった。どうせ脚が短いわ!


 笑いさざめく祭の中心を突っ切って進めば皆が私の姿を見て目を丸くし、ああと納得して勇者の話をし出す。見世物になったような気分がする。このストレスをどこかにぶつけて回りたい気分だ。



「お嬢ちゃんお屋敷に行くんだろ? 早く行きな」



 剃ったようにツルテカな頭をした見た目五十代くらいのおじさんが、立ち止まっている私の頭をポンと叩いた。私から見て五十台ということは実際のところ三十代後半から四十代初めあたりだろうけど。



「あ、はい」


「頑張れよー」



 何を?


 反射的に頷けばニコニコと笑いながら背を押され、勢いもあって歩き出す。果たして何を頑張れと言いたかったんだか……日本人とバレないように頑張れば良いんだろうか。いや、元から頑張るつもり満々なんだけどね。


 砦の中は意外と広い。城壁の外周を伝って歩いたら四時間半から五時間はかかりそうなくらいだから広さも分るというもので、『辺境警備』のように物見櫓みたいな塔をイメージしちゃ駄目。あえて説明するなら高さ十五メートル以上ある石壁で囲まれた中規模な街と考えれば良いってところかな。



「すみませーん」



 城主が住むお屋敷なんだろう、くそ真面目に顔をしかめた衛兵が守る屋敷に着いた。砦の中だって言うのに塀で囲まれていてなんだか警備が厳重だ。砦の門と比べると雲泥の差の警備には呆れかえるしかない――城主は自分さえ守ってりゃ良いとでも思ってんだろうか? 私は門扉の左右に立つ衛兵の片っぽに声をかけた。



「用件は何――候補か。今案内を呼ぶからここで待っていろ」


「はーい」



 私の髪を見て分ったらしい衛兵の兄ちゃんはきびきびとした動きで回れ右をすると奥へ引っ込んでしまった。門扉の逆側に立ってる兄ちゃんは私の方を見ることもなくまっすぐ正面を向いていてそっけない。つまらない――と言ってはなんだけど、真面目すぎて遊び心がさっぱりないのは寂しいと思うよ。


 でも、うん。門扉を守るなんて仕事は上司の目がないからどうしても気が緩むと思うんだ。それに目の前では皆が楽しそうにお祭り騒ぎをしてる。こんな中この二人みたいなノリを維持し続けるのはよほどの精神力が必要じゃないかな? 本当に厳しく訓練されたのでもなければどっかヌケると思うんだよね。



「許可が出た。彼女の後を付いて行け」


「はーい」



 衛兵の兄ちゃんの後ろにいるのは動きやすそうなメイド服を着た姉ちゃんで、もしかすると私と同年代かもしれない。クリーム色の髪をポニーテールにして肩甲骨あたりまで垂らし、茶色の瞳はちょっと困ったように揺れている。なんだ、どうした。



「よろしくお願いします」


「ええ、よろしくお願いしますわね」



 見た目通り口調まで丁寧で女らしい姉ちゃんの後ろについて屋敷の敷地内に足を踏み入れる。門扉からお屋敷へ向かって歩いて二分ほど過ぎただろうか、姉ちゃんがくるりと振り返った。



「ごめんなさいね、怖かったでしょう。あの人たちは都から勇者様に付いて来られた方たちなのよ」



 わざわざ膝を折って私と視線を合わせ、姉ちゃんは本当にすまなそうに言った。



「だからあんなに怖かったの?」


「そうなの。いつもはあんなところに誰も立ってないでしょ?」



 私のさっき下した城主に対する評価は間違っていたらしい。平和な人なんだろう、そうでもなきゃ街の皆があんなにほのぼのとしてるわけがないのだ。城主さん申し訳ない。ところで私はここに来て日が浅いからお屋敷の通常なんて知らないんだけど、でもそれを言うと日本人だって確定されちゃうから言わない。



「あなたの目は灰色だから大丈夫よ、ちゃんとお母さんとお父さんの所に帰れるわ。ね?」


「う、うん」



 どうやらこの姉ちゃん、私が年下の(いとけな)い子供だと思ったからこんなことを言ってくれたらしい。全然幼くなんてないんだけど、それを言ったら以下省略。



「じゃあ行こっか」



 今度はなんと、姉ちゃんが私の手を引いて歩き出した。そこまで子供じゃないつもりなんだけど姉ちゃんからは私が迷子になりそうに見えるんだろう。あれ、目から汁が。悔しいなんて思ってないんだからねっ。


 姉ちゃんに連れられお屋敷に入れば、ふかふかの赤絨毯に金箔を上品に貼り付けた壺やらなんやら、職人さんの技が光る小机や階段の手すりが目に飛び込んできた。金がかかっていることは誰の目にも明らかだ。でも玄関から入ってすぐに階段があるっていうのはどうなんだろうか? 広々として見える――とは思えないんだけど。まあ建築様式なんて私にはどうでも良いことだから頭から追い出して姉ちゃんに手を引かれ進む。どうやら階段は登らないみたいで右に曲がった。



「救世主候補の方をお連れしました」


「入れ」



 姉ちゃんが優雅にノックしてそう言えば、室内からは低いけど若い青年の声が返ってきた。城主って若かったのか。声から判断するときっと美形のはずだ、娘さんが放っておかないことだろう。そして、扉を押し開いて入ったその部屋には――



「あれ、なんでこんなところにいるんだ?」



 とても見覚えのある顔が、そこにいた。

思っていたところまで進めなかった。

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