第三十章
ガチャガチャ。ガチャガチャ。
夫の隆治にお金を渡して、意気揚々と戻ってきた高藤恵美は、ドアノブを何度かひねって首をかしげた。
「開かないわねえ……」
娘の由美の部屋に鍵はついていない。普通はノブを回して押せば開くドアだ。それに、玄関には由美の靴がある。部屋にいるはずなのに。
―ドアが故障したのかしら?―
恵美はコンコンとノックしながら声をかけた。
「由美、ただいま。今帰ったわよ。お父さんのことを話したいから、ドアを開けてちょうだい。立て付けが悪くなったみたいで、こっちから開かないの」
コンコン! コンコン!
何度叩いても返事はない。
「他の部屋にいるのかしら?」
そう思い、リビング、キッチン、寝室、客間、風呂場、トイレ、庭、ガレージを探し回る。しかし、じゃれついてくる飼い犬のシュヴァルツ2世以外、誰もいない。
「おかしいわねえ……」
ふと見ると、シュヴァルツ2世の餌袋が開けっぱなしになっている。
「由美ったら……やっぱりいるんじゃない」
恵美は袋をきちんと締め直し、再び2階へ上がって由美の部屋のドアを試みた。しかしやはり開かない。
「由美! 中にいるんでしょ? 話があるからここを開けてちょうだい!」
ドアをせわしなく叩き、大声を出しても、部屋の中から物音ひとつしない。
「寝てるのかしら?」
深夜までコンビニでバイトをしている娘のことだ。疲れて寝ているのだろうと考え、恵美はキッチンで夕飯の支度をすることにした。
1時間後。
夕飯をテーブルに並べ終えたが、娘は降りてこない。
「そろそろ目を覚ましたかしら?」
コンコン!
「由美、ご飯ができたわよ。下に降りてらっしゃい!」
静まり返る部屋に、人の気配はない。不安が募る。
ドンドンドン!
「由美? ねえ、大丈夫なの? 返事をして!!」
ドアノブをひねり、力いっぱい押してもびくともしない。
―まさか、死んでたりしないわよね!?―
焦った恵美は体当たりを試みた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
しかし扉はびくりともしない。パニックに陥りかけた恵美は叫んだ。
「由美! ねえ、大丈夫? 動けないの? 今警察を呼ぶから、待ってて!」
階段を駆け下りようとしたそのとき、ようやく声が聞こえた。
「警察になんて連絡しないで! 私は大丈夫だから!」
「由美!!」
恵美はほっとしてドアにすがりついた。
「ああよかった。死んでしまったのかと思ったわ! もうご飯の時間よ。ドアを開けなさい」
「嫌!」
予想外の返答に、恵美はうろたえた。
「嫌って何? おなか空かないの?」
再び訪れる沈黙。さっきとは違う不安が恵美を襲った。
「由美、ここを開けて! 一体何があったの? 私に教えてちょうだい!」
しかし由美はもう返事をしなかった。
訳がわからず混乱した恵美は、隣の部屋へ向かった。ここは14年前に家出した息子、哲治の部屋だ。最近では荷物置き場と化していたが、由美の部屋とベランダで繋がっているため、窓から様子をうかがえるはずだった。
「え? 何これ……」
由美の部屋の窓を見た恵美は硬直した。
掃き出し窓の内側が、上から下まで木材でびっしりと埋め尽くされていたのだ。




