3-27 演技じゃない本当の気持ち
手錠が外されて、はれて〝自由〟になったあと。
俺は急いで着替えをし、ホテルの部屋を出た。
長い廊下を進んで。
ひとつしかないエレベーターの前でボタンを押すと、すぐに扉は開いた。
そういやこの階専用のエレベーターだったな、と俺はあらためてこの場所の異質さを思い出す。
すべてのものが、俺にとっては非現実だった。
夢の中よりも豪勢な世界。
きっと、このエレベーターに乗って。
現実へと帰ってしまえば――。
こんな世界に俺は二度と、足を踏み入れることはできないだろう。
一度でも外に出てしまえば――
俺の人生じゃ二度と関わることはできない場所だろう。
それでも。
「後悔はひとつもないさ」
俺はもう、夢に惑わされずに。
どこまでも現実を生きると決めている。
それこそ――俺の夢を現実に変えてやる。
そうやって生きる覚悟を、俺は決めた。
「……ふう」
ひとつ伸びをして。
目の前の、現実世界へと繋がるエレベーターへと。
一歩。踏み出そうとした瞬間に。
「待って!」
うしろをついてきていたリリアに。
声をかけられた。
「……ユート」
リリアは俺のそばまで寄ってきて。
その彫刻みたいな腕を、俺の身体に回そうとしたが――やめる。
宙に浮いた手を誤魔化すように背後に隠して。
一歩。あとずさった。
「なんでもない。ごめんね」
「なにを謝るんだ。しかし……これで本当によかったのか?」
「え?」
「練習だよ」
「……あ」
そう。御伽乃リリアとの恋の練習は、これにて終幕だ。
最高峰女優を前にして、恋愛初心者の俺で本当に良かったのか……今でも不安は尽きないが。
いずれにせよ、夢の世界の恋愛から解放されるのはリリアも同じだ。俺たちを繋ぎ止めていたものはこれでなくなる。
「オーディション、受かるといいな」
俺は親指を立てて言ってやる。
「うん。今までありがと♡ すっごく良い練習になったよ」
リリアは最後に完璧な笑顔を向けてくれた。
「ユート――いってらっしゃい」
「ああ。――いってくる」
エレベーターの扉が、舞台の幕みたいに閉まった。
♡ ♡ ♡
エレベーターの扉が、舞台の幕みたいに閉まって。
御伽乃リリアはホテル最上階のフロアに取り残された。
はあ、と彼女は息を吐いて。
靴の裏でふさふさと毛の長い床の絨毯をこする。
もう一度エレベーターに目をやる。けれど。
その扉が開くことは、もうない。
リリアには、それがいやというほど分かっている。
「あーあ……筋書きのない、現実の恋って難しいな」
リリアはつぶやきながら、ポケットからスマホを取り出した。
「これ以上、どうやったら恋愛成就になってたのか――恋愛初心者のボクにはさっぱりわからないや」
スマホのケースには、ひとつのキーホルダーがぶら下がっていた。
最新式のスマホには不釣り合いにもみえる、古びたキャラクターもののキーホルダーだった。
「…………」
御伽乃リリアは。
それをぎゅうと握りしめて。
消え入りそうな声でつぶやいた。
「――やっと、初恋のきみに会えたと思ったのに――」
――お前の恋の演技はホンモノじゃない。ニセモノだ。
演出家がオーディションで自らに吐き捨てた言葉を思い出す。
「そんなのは当たり前だよ」とリリアはつぶやく。「だって、ボクにとってのホンモノの恋愛は――どうしよもなくきみとだけだったんだもん」
ぽたり。リリアの頬から水滴がこぼれた。
地面に落ちたそれは、黒い絨毯へと。
なにもなかったかのように吸い込まれて。消える。それでも。
ぽたり。ぽたり。
やがて止まらなくなった雫は。
決壊して。
「う、あ、ああああああああああああああああああっ……!!」
少女は地面へと、慟哭とともに崩れ落ちた。
それは、世界一の偶像がはじめて流した――
演技ではない、ホンモノの涙だった。
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