06.幸子の高校生デビュー前日 服装編・中編
何着か自分の好みそうな服や、着てみたい服をルカと一緒に選出している時のことだった。
「なあ、ユキコ。この服はどうだろう」
ルカは私にカタカナで『スキ』と書かれてあるシャツを見せてきた。
ルカに言われそのシャツを手に取りじっくりと観察する。
シャツの前側はキの字の一番斜め右に区切られた右袖だけフォレストグリーンの色をしている。背中の方もスキ、のキの字が十字架みたいになっているのでかっこいい。
「いいですね。白とか黒はないでしょうか」
「探せばあると思う、灰色も確かあったはずだ」
「本当ですか?」
「ああ、もちろん。ユキコは基本スカート系だがたまにはズボンを履くのもアリなんじゃないか」
「……ルカ、それは先ほどの仕返しですか」
「なんのことだ?」
「なんでもないです」
からかわれた仕返しに言われたと思ってしまうが、ここは親友を疑わずファッションの極意を知っていくべきだ。
「…………そうですね、この際色々な服に目覚められたほうがいいですよね」
「ん? まあ、いいとは思うが自分の趣味の服を着たほうがいいんじゃないかとはオレは思うぞ。無理して着た服は、最終的に後でほとんど着なくなったりするのがざらだろう」
「う……否定しがたいですそれ」
「もしかして、リツカと一緒に選んだ靴とかも妥協はないだろうな?」
「い、言わないでください。それ以上言われると決意が揺らいでしまいます……!!」
「やっぱり妥協したのか」
やれやれ、とどこぞのスタンド使いが言いそうな言い方で呆れるルカ。
うう、親友の目は誤魔化せなかったか……!
「チャレンジ精神はいいが、三日坊主になるようなのは意味がないぞ」
「そうなんですよね、困りました……」
率直な意見を言ってくれるルカのような人は貴重だ。
……女の子らしさを磨くためなら恋人のために努力するのは大事なはず。
姉さんの愛する有名の少女漫画にはそういう展開のだっていくらでもあったのだ。なら、時に女に必要とされるのは愛嬌ばかりでなく度胸だ、と思いたい。
「……? 悪い、少し待ってくれ」
ルカが唐突にパンツのポケットからスマホを取り出した。
「どうかしました?」
「メールが来たみたいだ」
「え? 誰からでしょう。律歌さんからでしょうか」
「かもしれない……ちょっと待ってくれ」
ルカに手渡された服を見ながら、隣のコーナーに置いてある服が目についた。
「…………あ、」
エーリカ、いやスパニッシュ・ローズだろうか……波模様に見えるピンク系のシャツがあった。
ルカに気付かれないように視線を手渡されたシャツに向け体にもう一度当てる。
「…………うん」
ピンクが嫌いと言うわけじゃない。
ただ、そういう服は自分には似合わないって気づいているから着ないだけ。
ピンク系の色を嫌悪したことは本当にないのだ。
例えるなら、夢かわいい系の女の子らしい格好をしたくても細目がコンプレックスでクール系のものを着ないと他の人の視線が、というあれだ。
一番の問題は、この胴体に付いた上半身のたっぷりついた脂身である男性が夢と希望がよく詰まっていると語る胸だ。
ルカの方に一度、胸元に目を向ける。
親友の身体をじろじろ見るのは悪いと思うので、心の中で何十回も土下座をしながらチラ見する。
成長期だから大きくなってきてる胸にサラシを巻いてるパターンか、あるいは、あまりそこまでなってないか、だろうか。
「………………胸って、本当に人にいるんでしょうか」
「何か言ったか? ユキコ」
「いいえ、人類に胸の差なんてなくなったら、みんな仲良くなれるのかなと」
「? ……もう少し待ってくれ、ユキコ」
「わかりました」
小学生の高学年から他の女子よりも胸が大きかったのは本当にコンプレックスだった。
年が経つにつれて胸が大きくなっていったから下着や水着とかだってショッピングモールで自分好みな逸品を見つけても泣く泣くサイズを見て絶望するというパターン化した日常。
姉さんが私の好みそうな服を着て、「どー?」と聞かれた時はどれだけ嫉妬したことか。
今は本当に一苦労になっているから無駄だと思うようになったから通販が主、というのが正確か。だから律歌さんとルカの二人には失礼かもしれないが適度なバストの持ち主にはやはり嫉妬してしまう。胸がこれ以上大きくならないように日々取り込んでいることと言えば、食事なら一日三杯以上コーヒーを飲むとか、食事にアブラナ科の野菜を取り入れるとかもある。
最初はコーヒーを飲むのは抵抗があったが、カフェオレを獅子王先輩に勧められてからは飲めるようにはなったっけ。アブラナ科の野菜って最初は調べた時キャベツとかブロッコリーだと知らなくて、油がのった野菜って何だろうと思ったのも懐かしい。後は、常にブラジャーをつけて固定させるとか……どれも試したが一番今続いているのは一番最後のだな。
そういう努力を怠ったら周りから余計奇異な目に見られると思ったら怖くて仕方ない。
二日目の時にキヨくんは気にしなくていいと言っていたけれど、女の子らしくしようとすればするほどそういうことにもどうしても気になってしまうのはしかたなくて。
「…………どうしましょう」
親友から手渡されたシャツの行き場をカゴにいるべきだと訴えている、のだが……律歌さんから以前緑を組み合わせた服を「ダサイ」と評価されたことがあるため少々怖いものがある。
とりあえず、試着だけはしようと思いカゴの中に入れておく。
「悪いユキコ、遅くなった。広告が多くて」
「そうでしたか、ルカちょっといいですか」
「なんだ」
「ルカの知ってるオシャレのコツを今教えてもらってもいいでしょうか」
「そういえばそうだったな。教えられる立場でもないが、オレが知ってる範囲でいいか?」
「はい、お願いします」
「わかった」
「その……どうすればいいでしょうか」
「そうだな……ユキコは差し色は知ってるか」
「アクセントカラーのことですよね、全身のコーディネートのどこかに色を添えることだったかと」
「ああ、そうだな。インナーの色を濃いものに変えるとがわかりやすいか」
「……インナー、ですか」
「ああ、オレは外に出かける時はなるべく一色入れるようにはしてる」
「そうですか……」
「ユキコがよく取り入れているのは黒だったよな。昔から好きだったし」
「はい、汚れとかあまり目立たないですし」
「……そう、だよな。けど、」
ルカの視線が自分の服を見ているのはすぐにわかった。
「……ああ、今日着ている服が白だから変だなって思いました?」
「ああ、アイツと出会ってからは多くなったような気がする」
「彼の周りの知り合いから色々教わりましたから。高校デビューするなら清楚系を目指すのがいいと」
「……アイツのセフレとかからか?」
「姉さんが書くのに必要な物なら、知られる範囲は調べないと……流石に彼女たちは異種姦は言ってなかったですが」
よくよく思えば、違う言い方の単語ならいくらでも彼女たち言っていたのを思い出したあの日は、すっごく恥ずかしいことを聞いてたと思って今でも後悔している。
「イシュ? ……? ガヴァメント・イシューじゃないよな、ユキコは知らないだろ?」
「その……ルカ、私今ものすごく罪悪感で胸がいっぱいです」
「聞いたらダメな感じか」
不純な自分のワードに親友の純粋なワードが返ってきて、胸を抑える。
音楽系の職業を目指している人のまさかの引き出しがあって驚きを隠せなかった。
「知らないでいてほしい単語ではあるのは確かです、ネットで検索しないでくださいね」
「わかった。それとだな、他にオレがやってることと言ったらストライプ系の服を着てみたりする」
「ストライプですか?」
「ああ、ストライプとか細く見える効果があるからある意味ユキコが好んで黒を着るのとよく似た効果はある。体系が細いタイプなら横ストライプでもいいだろうが、太い体系なら縦ストライプをおススメだな」
「勉強になります」
胸に当てていた手を上着のポケットからメモを取り出して大急ぎで書く。
白や黒を基準に着てしまいがちな私からすれば、他の色や柄物を取り入れるのは少し悩み物だ。
キヨくんと出会ってからはなるべく清楚を意識して白を多く着ていたら、よくよく思えばあまり他の色は持っていないな。うーん、律歌さんにも「自分の好きな色を見つけることも大事」とは言っていたのがここで響いてきているのかこれは。
「お話し中悪いけれど……二人とも、いい服は見つけられたの?」
服を見ながら話し込んでいた私とルカの前に律歌さんは右側のコーナーから優雅に登場した。
紙袋を肩にかけている姿の律歌さんも絵になるなと感心しつつも、買ってもらった物を自分が持っていないことに申し訳くなる。
「律歌さん、すみません。私持ちますね」
慌てて持とうとする幸子に律歌は笑って幸子の手を制す。
「私、そんなにか弱そうに見える?」
「えっと……それは」
「心配してくれたのは嬉しいわ。優しい貴方のために、私のできる範囲のことは今日するつもりだから安心して。これは荷物係に預けるから大丈夫」
お、重い……律歌さんの笑顔の重圧が。
にこりと微笑むその笑顔は、私にだけ向けられた脅しなのが十分にわかる。
ルカがおそらく後ろで不思議そうな顔をしていることが容易に想像できた。
彼女には律歌さんのことは黙っていたから、余計疑問が湧くのも普通だ。
こういう状況になったのは元々私の案だからしかたないが、なんか日を追うごとにやめておけばよかったかと思ってしまう。だが、恋人らしいことをチャレンジすることも、私の女らしさを磨けるきっかけになりつつあるキヨくんには感謝しなくてはいけないのも事実。
こういう時は、姉さんがどっちの餌を欲しがるか。
つまり、
「いえ、キヨくん以外いませんね」
「でしょう?」
当然、という満面の笑みだ。
「ねえ親友さん。今回の勉強会での恋人さんが着る他の服の候補は決まった?」
「シャツとか上の服の方なら重点的にユキコと一緒に見た、靴とズボンはまだ見てない。オレはあまり服に詳しくないから、君のアドバイスももらえると助かる」
「そう……努力する人は好きよ、見ていて胸がときめくもの」
「とりあえず、この三つだ」
律歌の言い回しにドキッとせずに普通に答えるルカに幸子は尊敬した。
ルカが律歌に指を差したのは黒い線でキライと書かれた二色の灰色があるシャツと、しねと書かれてあるらしい右袖が赤いシャツ。そしてもう一つ、さりげなくカゴに入れたあのシャツだ。
「え、ルカ。このシャツはあくまで試着するだけで、買ってもらうつもりは」
「……サイズ、一応は合ってなかったか? 色も、嫌だったとか」
ああ、笑ってるのにルカが泣きそうな顔をしている。
口角は上がってて、も眉毛をハの字にさせてる、ルカが泣きたいの我慢する時によくする顔だ。
大丈夫、大丈夫ですよ、そういう意味じゃないんです。
昨日のことで絶対ルカが落ち込んでること解ってるのに、うまく言葉を選べないのがもどかしい。
「いいえ、合ってますよ。色も嫌いじゃないですが、そうじゃなくて……」
「ダメ、か?」
「その服は、今買うべきじゃないかなと思って。ここのブランドは有名なシャツなら何年も残ってるはずですし、だから、その」
「怒ってる、わけじゃないのか?」
「怒ってる人が一緒にショッピングにバッタリ会ったら一緒に行こうってあんまりならないじゃないですか」
「それは、そうだが」
「ルカがそのシャツを選んでくれたのは素直に嬉しいですし、大きいサイズがあるところを狙ってくれたのは好感度アップです」
「アップ、したのか?」
泣きそうな顔がふにゃっとし始めるルカの表情を見て、もう一押し。
「しました、42101%だったのが4104104%になりました」
「なんだそれ、当て字ならぬ当て数字……みたいなのか?」
「数字ジョークです。温めていたものを言える機会を作ってくれてありがとうございます、ルカ」
姉さんのカップリングのかけ算でたまたま思いついたネタなんて口が裂けても言えませんがね。
「ならここの店アメリカにもあるし、大人になったら一緒に行く時に見るか」
「いいですね。グッジョーブ、です」
「っぷ、ははは。何の映画の真似だそれ」
律歌は二人で仲直りしたのを確認すると、溜息を吐きながら二人に尋ねる。
「……で、時間は刻々と迫ってきているのだけど、どうするの?」
「悪いリツカ」
「ごめんなさい、律歌さん。今日は私のために開いてくれた勉強会なのに」
「別にいいわ。それでどうするか、の話なのだけど」
「……そういえばキヨくん、今頃何してるんでしょう。一応ここにはいる時に連絡は入れておいたんですが」
彼女が来るまでルカと話しながらも私は何回かラインで確認していた。
「後で行くねー」と返事を残してからは既読がついてないため、色々と見ているのは間違いないのだが……どうしたのだろう。
「……他のいい女を見つけて口説きながら服を探しているとか、意外とありそうな気がするな」
「絶対ないとは否定しがたいわね」
「…………っ」
さっきまでの笑顔のやり取りからの二人の無を連想させるその声色と表情に笑いがこぼれそうになる。
私の幼馴染と彼の幼馴染からも即答されるほど、か。
幼馴染は幼馴染でも律歌さんはセフレでもあるから色々そういうことは熟知済みだろうし……ルカにはまだ黙っておこう。今の流れで言ってもむしろややこしくなるはずだ。
すると、唐突にどこからかクラッシックな着信音が鳴り始める。
「私だわ。もしもし……?」
出たのは律歌さんだった。
「清? どうかしたの? ええ、…………え? ……………………は?」
今まで律歌さん会話していた中で一番低い声を聞いてしまった気がする。
「まさか修羅場か? あの男のいない場所での女子同士の修羅場の方がもっと怖いような気がするんだが」
「っぶ」
「どうした、ユキコ?」
ひくひくと口角がしゃっくりでも起きた感覚がする。
口元に手を当てて噴出した幸子にルカは不思議そうに見る。
「それは噴出しますよ……っ、でもどうしましょうルカ。刺されたなんて事件になったら」
「ユキコ、アイツは倒れる前に一発かます奴だから大丈夫だ、どこぞの変態が保証してる」
「そうでしょうか……え、変態?」
「二人とも、今大事な話してるから茶々入れないで」
「「はい」」
律歌が苛立った声で睨んだため、二人は黙る。
幸子とルカから顔を背けて清と電話する律歌の後ろ姿を眺めた。
「わかったわ。ただしその後は分かってるわね。それじゃ」
大きなため息をついたのが、大体話を終えたと思っていいのだろうか。
「律歌さん……キヨくんはなんて」
「私と親友さんが服を選び終えたら休憩場で会おうと言っていたわ」
「そうですか、わかりました」
会計を終わらせた後、二人と一緒に私の服を選んでもらったりファッションの教えを請いながら歩く。
持っていたメモ帳じゃ書き切れないくらい律歌さんやルカから教えてもらって、律歌さんからメモ帳は常に常備しておくといいと言われ、勉強になった。