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05.幸子の高校生デビュー前日 口調編

「天使ちゃん、口にトマトついてるよ、とってあげる」

「いいですよキヨくん、自分で取れます」

「今日はそういう気分だからダーメ、はい! イタダキマース」


 スカジャンのポケットからティッシュを取り出す清は幸子の口元についたトマトを取った。

 まるで子供にするような拭き方で、少し幸子は恥ずかしくなる。


「ありがとう、ございます」

「どういたしまして」


 恋人ならその行為はよくあるワンシーンな印象がある。

 だが、今のは普通の恋人って言うよりも、どっちかって言うと母親や父親が自分のこどもにハンカチで拭う……そんなイメージの行為だ。


「お前なら指でトマトを食べるのかと思ったのに……違うのか」


 ……これは、どっちだ?

 金髪の王子様は私たちの行動をじっと観察するように眺めている。

 視線に気づいた恋人はティッシュをくるんだ後に苦笑いした。


「あれリリィちゃん、必ずしも指で食べるからいいわけじゃないでしょ。実はそういうの期待してた? 俺と天使ちゃん恋人だから」

「な、何を言っている!? オレはユキコが昔読んでた漫画なら、そのまま食べる印象だと……」

「へー潔癖症な恋人にはそういうの実は嫌だったりするのを知らない? まあ、恋人なら別って人もいるかもだけど、前付き合ってた子は気にしてたし……もしかして幼馴染様としては何かご不満が?」

「高校生になる今だから言えることだと思うが、言ってもいいか?」

「内容次第じゃない? ねえ、天使ちゃん」

「……そうですね、もしかして三年の頃の時の私とキヨくんのことで聞きたいことがある、という話ですか? あの時は、あまり会話できてなかったのをよくルカは気にしていたと思いましたが」

「それだ」

「え、ソレ? 受験シーズン中は集中したいこともあるでしょ。推薦で外国の専門学校に行くとかだったら、猛勉強しなきゃダメなんだからさ」

「それは確かにそうだが……オレとしては」

「ゴミ箱ここだっけ、リリィちゃん」

「っ、ああ」


 今日はルカの家で、口調に関しての勉強をする日だ。

 お昼の時間に約束していたため、今日の昼食はルカが作ってくれたピザが数種類並んでいる。

 早く食べ終わったのはルカで、その次に終わったのはキヨくん、最後の私がまだ食べきれていない、という状況だ。今日はルカからキヨくんに激しい罵倒があるんじゃないかと思ったが予想と違ったことに安堵すればいいのか、喧嘩が起きてないことに感謝すべきなのか素直に迷うのは恋人のフリをしているから、ということに直結する。

 話題を変えるために幸子は、いったんピザに口を持っていくことを止める。


「ルカ、ごめんなさい。本題よりもピザばかり食べ続けてて……」

「いや、ユキコはいい。気にせずに食べるといい」

「まったく、ツンとデレが激しいリリィたんだなー」

「うるさいぞ、この色魔王」


 あ、予想通り。


「何その新たなあだ名!? アンリマユだけでお腹いっぱいデス! もー王子様ってば、冷たいんだから―! ……そっち系統に路線変更する気はあるので?」

「なんの話だ」

「ルカは知らなくてもいいことです」

「そうか?」

「後キヨくんもわざと言わないでください」

「はーい」


 幸子はさりげなく清に注意の視線を送る。

 それに気づいているのか気づいてないのか、彼はいつも通りの笑みなため判断がしづらい。

 ルカは苦手と言っていたはずのコーラを一口飲んでからこう告げた。


「で、口調に関しての話をするんじゃなかったのか」

「そうですよ、キヨくんがルカをいじろうと始めるから悪いんです」

「えー、まさかの俺のせい?」

「全部とは言いません。きっかけはそうだったかもしれない、というだけです」

「アハハー、天使ちゃん厳しー! そういうところ、リリィちゃんも見習ったほうがいいよ」

「なんのことだ、この淫魔王」

「俺がインキュバスだとでも言いたいのかな、百合王子くーん」

「それやめろ。あながち間違ってないだろう、色欲無限大悪魔と評されているお前には」

「どこから付いたのソレ!?」

「キヨくん、私の口調で問題があるところはどこですか? ルカの分も挙げてもらえると嬉しいかと」

「……えー、二人で教え合いながらの流れじゃないの? そういう展開だとばかり思ってたんだけどまあいいや。じゃあ二人で三つ挙げてってよ、それで俺が考えてるヤツがなかったら言うから」

「そういう方向性か……じゃあ、ユキコにレディファーストと言いたいところだが、こういう機会がある時に言っておかないと、後々後悔するのはお互いだろうからな。オレから早めに言わせてもらえると嬉しい」

「ホイきた! じゃあ、先攻はリリィちゃんね」

「どんとこいです、メモ取りたいので少し待ってください」


 ルカは私を見つめながら、準備が終わったのを確認すると一呼吸終えてから語り始めた。


「じゃあ、言わせてもらう。ユキコに直してほしい口調、言い回しの一つ目は……相手の意見に、うんでもはいでもどっちでもいいんだが、たまに『はぁ……』とか、『そうですか……』って間を置くようなことを言うところだ。ダメとはっきり言わないが、気にする奴がいると思うぞ」

「そうですか……」

「天使ちゃん天使ちゃん、今言われてるのそういうところってことだからね」

「ぜ、善処します」

「2つ目は相手に期待させてるような遠回しの言葉をよく使うことだ。はっきり断る時は断ったっていいと思う、オレはアメリカに行くんだし守ってあげられないからな」

「……私、断っている時、断りきれてませんでしたか?」

「ユキコが後々後悔しないならいいが、どこぞの馬の骨ともわからない男に言い寄られた時に否定して逃げることも大事だ。今のユキコの周りにそうやって守ってくれるのはアサトくらいだろうから心配なんだ」

「……ルカ」

「はいそこー! 恋人の俺よりもラブラブな空気作らなーい! 次は何リリィちゃん」

「ユキコが望むなら、オレは構わない。3つ目は敬語を無理して直せとは言わないが使う相手を分けたほうがいいと思うこと……くらいだな」

「……気になる発言があったけど、もう終わり? 俺からは特にないデース」

「じゃあ次ユキコの番だ。オレの直すべきところはどこだ?」


 私はちらっとキヨくんを見てから、思い切って口に出す。


「そうですね、私としては……一つ目は、キヨくんと無理して仲良くしろとは言いませんがあまり誰かを罵るのはあまりしすぎないほうが美徳かと」

「ジョークのつもりなんだが……それくらいいだろ?」

「ルカがジョークのつもりなのは知ってます。でも、アメリカはルカのことを知っている方が多くいるわけでもないはずです。ジョークのつもりでも向こうの人は色々なタイプの方がいらっしゃると聞きます。なおのこと、親しくなった相手でも、言い過ぎないように注意をするべきかと」

「ユキコ自身は特にそういうことを気にしていたりしたのか?」

「そういうわけじゃないです。ただ、アメリカにはどういう人がいるかわからないからこそ……そう思って言いました」

「天使ちゃんなりの心配だよなー……まあ、天使ちゃんの言った意味を説明するとリリィちゃん的には問題なくても、敵を多く作る可能性もあるって意味でしょ。向こうに行ったらやっぱりリリィちゃんみたいに自分の夢に向かってる系のタイプが多いんだろうし、そういうのも心掛けることも大事かもって意味じゃない?」

「そういうことか……じゃあ、二つ目はなんだ」

「……私から言えるのは、もうこの一つで最後です。英語はまだいいですがこれからは私の前でも日本語で男っぽい口調にならないよう意識することかと……」

「……オレの口調がこうなのはユキコは知っているだろう?」

「知っていますよ。でも……その、ルカが信頼できる相手ができる前ではそういう態度をとっておいたほうがいいって、こと……ですかね」

「……じゃあ猫を被れと? アサトみたいな八方美人になるのは嫌だ」

「そこまでは言いませんし言うつもりもありません。でも親友が外国に行くんですから、できる限りのことは尽くさないといけないと思ったんです。ルカにとっては、重要なことかと思ったので」

「……重要?」


 親友である私が今まで一度ったりとも彼女の言い回しで何も言ってこなかったのだから、そう思うのは仕方ないだろう。だが、今回だからこそ言わなくてはいけないと決断した。


「ルカの英語は丁寧ですから、そんなに雑なイメージは持たれがたいと思うんです。でも、日本語でアメリカで出来た友人に日本語が知らない方がいた時に、相手に男っぽい口調で教えたらそのまま移っちゃうかもしれないでしょう? それを通してルカの評価をそれで下げる人がいるかもと思うと……嫌で」

「そんなの周りの評価がというだけだろう? プロはそう言うのもよしとするものだ、そういうこともあったな、だけで済むだろ」

「……ですが、ルカのような世界では品をどこかで落としてしまったら、いけない階段のような気がするんです。口が悪くなるのは、後から友人や仕事仲間の人が評価していくモノじゃないですか……そういう意味で、言ってるんです」

「だから!! プロはそんなもので簡単に落ちるわけないんだって言ってるだろ!?」

「そうかもしれないですが、どこに落とし穴があって歌手を止めることになるかわからないと言っているんです」

「ストーップ! 喧嘩は無しだぞ、そういう話をするために来たんじゃないでしょうが。落ち着きなって二人ともー」


 気がつけば、今日はルカとケンカをするために話していたわけじゃないのに自然と口論になってしまった。私が言いたいことをちゃんと伝えきれてないのに。


「キヨくん……私はルカと話してるんです。邪魔しないでください」

「アサト、これはオレとユキコの問題だ」

「ヒートアップしていくのはいいけど、でも喧嘩をするためにお互い呼んだわけわけじゃないだろ……ハイ! さっきのお互いのダメなとこアピール言い合いの最初のターンはリリィちゃんだったけど今度は天使ちゃんの言い分をまず聞こーう! それからスタートね、はいリリィちゃん座って座って」

「………………わかった。ユキコ先に言ってくれるか?」


 いつのまにか私とルカはイスから立ち上がって話をしていたようだ。

 私とルカは座って、気まずくなりながらもお互いの顔を見る。

 

「はい……その、ルカが専門学校に行くのも歌手を目指しているからじゃないですか」

「ああ」

「でも、ルカが初めから何か悪いところばかり見せていたら、評価する人も評価する人で苦労してしまうのではないかと……」

「だから、評価するのは後々ついてくるんだ、それでいいだろ」

「要は天使ちゃんが言いたいのは、リリィちゃんが灰被りだろうが、誠実な姿勢のシンデレラであればあるほど周囲は変なことを言い出さないってこと! そういう意味でしょ?」

「……はい」

「……今のオレは誠実じゃないと言いたいのか?」

「もっとわかりやすく作家で例えるとしよう。メジャーな出版社に自分の作品出すのに他の人も理解ができない内容なら、編集者だって作品にしたくても文庫化したくても難しいって思わない?」

「……売れる内容でも、そういうタイプなら難しいかもしれないな」

「主人公とかヒロインの内面のセリフが数十ページ以上ずっとあるとか、多分読者である俺らは飽きるでしょ? リリィちゃんが見たことある漫画とかの作品で、これはつらいなーって思ったの想像してみてよ……なんか、どんなに内容がすごくても読む気失せてこない? ファンだって、あまりついてこない気がしない?」

「……まあ、それはあるかもな」

「そういうこと! 愛想尽かされたくないなら、やっぱり自分からいろいろあれこれしたりして変わらないとダメ! ……って、言いたかったんだと思うよ? 天使ちゃんは」

「ありがとうございます、キヨくん。でも、やっぱりそれは私の口から言いたかったです」

「天使ちゃん冷静のつもりかもしれないけど、落ち着いてないじゃん。だから、お互いにセーブしないとダメだって、ケンカしたくてお互いの悪いところ言ってるわけじゃないでしょ?」

「そうですが……」

「いい、アサト。ユキコの意見も聞きたい」


 静かに息を吸い込み切ったその直後、私はテーブルに力強く手を置く。


「本音全開で行かせてもらいますよ、ルカ……この際ですからはっきり言わせてもらいます」

「ああ」

「ルカは日本のヤクザ物やプロレス物の話が好きだからあまり変えたくないって言ってたことがあったんでしょう?」

「それはそうだが……それがどうかしたのか?」

「ルカは好きな物に一直線です。それは一途な人と見えるので美点です。いいことです、が! 好きな物ばかり見て他のことが(おろそ)かになっていませんか? 本当に夢を掴みたいなら、そういう姿勢も大切だと思うんです」

「……まあ、俺の知り合い周辺でも、リリィちゃんは周囲の男子にも女子にも興味なかったって感じだから、そういうところはあんまり表に出さないようにしないとダメかもだよねー……丸わかりだったし」

「そういうつもりは、オレはなかったぞ」

「『周囲がただ言ってることなんて……』なんて無視しすぎてたらろくなことがないと私は思うんです。ルカは情報収集が得意なのに、自分のことに関しては放置しすぎですよ……人脈が狭いよりも広い方が、有利になるかもしれないじゃないですか」

「そ、それはアサトが話す付き合った彼女の話が出る度そう思ったりはするが……それとこれとは別だ。仲良くしたい相手と付き合っていけばいいだろう。そういうタイプの人間はいくらでもいるだろう」

「他の人からあまり言わないままにしてるかもしれないけど、それは周囲から逃げているのと一緒です」

「! ……別に逃げてない。オレは好きなものに没頭したいだけだ、他の物にはあまり興味を持てないだけだから、これからゆっくり変わっていけばいいだけだろ?」


 いつもそうやって口だけは達者なんだから……!!


「だから……!!」

「まぁまぁ落ち着いて天使ちゃん、いったんリリィちゃんの意見も聞こ? 天使ちゃんの言いたいこと、大体は言えただろうし……ね?」

「わ、わかりました……」

「確かにユキコの気持ちは解った。だがあまりよく理解できていない。有名な歌手になるには技術やセンスも大切だ、そのために他を意識しながら歌うなんてごめんだ。ただの純白なシンデレラなら王子様と結婚出来ればそれでいいだろう。オレは結婚なんてしないが」

「シンデレラ願望の話をしてるわけじゃないんですよ……!」

「……よーし。そんなリリィちゃんに天使ちゃんの言いたいことをさらに付け加えて教えましょう。歌手になった時の人間関係も構築していかないと後で苦労するってこと。纏めたらこんな感じだけど、天使ちゃん、リリィちゃんが遠回しに言う癖を直したほうがいい意味、こういうことかもよ?」

「……釈然としないが、なんとなくだが理解した」

「ルカ、解ってくれたんですか?」

「ああ、ケンカ一歩手前の会話になるとは思わなかったが、私の言いたいことも言えたからこれでいいが……まだユキコは言いたいことがあるんじゃないか?」

「そうですね、でもそれは仕草になってくるんですが……」

「あれ、天使ちゃん。もしかして口調に関しての話以外にもなんかあるの?」

「まあ……ルカに、今言ったこと以外のことに関してはあまり目立った問題点はない気がするので」

「教えてくれるかユキコ」

「はい、強いて挙げるなら……その……イケメン癖が多いこと、ですかね」

「ッブ!! ……今の流れでそれくるー? 普通」


 ルカは幸子が一呼吸おいて言い放ったその言葉に固まるよりも先に清は吹き出した。


「イケメン癖?」

「キヨくんの場合は同性から反感を持たれているんでしょうが、ルカの場合外国に行って男性からにも反感を持ってしまいそうな気がするんです」

「……まさか天使ちゃん、リリィちゃん自身が一番特に気にしてなかったことを挙げるのね。本人からしてもたぶん素でやってることだよ? ……ククっ」

「いいえ、キヨくん。これは口調に関しての話じゃないかもしれませんが、私としては人間関係構築で男性から妬まれる可能性大だからこそ重要なことなんです」

「なんでそこで笑うアサト……ちなみにユキコ、イケメン癖ってなんだ」

「カッコイイ人が相手の心をワシヅカミにする殺法のことです」

「殺法? ナルトとかみたいな忍者のするヤツか? 水戸黄門とかの時代劇系や忍者物はあまり手を出したことないんだが……」

「ふはは、ヒー! ッハッハッハッハ! あー腹痛い!」

「おい、アサト。つまりどういうことだ」

「イケメン癖、カッコイイと思うのはその人次第な行動なんだけどねー……いやーリリィちゃんは外見的に王子様ピッタリな所以なのそこなのに気づいてないとか……エロ本とかエロ小説で言うならニブチンな絶倫王子様だなーリリィちゃん。あ、失礼ー、絶倫姫様の間違いでしたね」

「本気でアイアンクロー決めるぞアサト、ユキコの前でそういう話をするな」

「リリィちゃんたら物騒! 要は女子からしても男子からしてもカッコイイと思わせる行動をよくする人で、それが癖になってる人物ってハーナーシ! わかった? だからグーは無しだからな!?」

「そういうことか……アサト、分かりやすく説明してくれて感謝する、いい案をくれてありがとう。後で思いっきり頭絞め潰してやる」

「いえいえ、別にいいです……? ちょっと待って。聞き捨てならない言葉を聞いたんですが!?」

「なんの話だ?」


 ……もう一つ、今まであまり特別気にしていなかったルカの問題点を見つけてしまった。


「や、やっぱり、ルカ。誰かに暴力を振るうことも、あまりお勧めしません」

「オレの場合、ユキコの周りにいる駄犬どもに鉄拳制裁をするのはいけないと?」

「ダメです。それも今度からしないようにしてください」

「……わかった、だがユキコにやましいことをしようとして、襲ってきたときは殴ってでも止めてみせるからな」

「ごまかされません、ダメですからね」

「……俺もリリィちゃんに言おうかなと思ってたのは言われたかも。それと、リリィちゃん。今回はどうして天使ちゃんじゃなく俺がアポ取ったら許可出たのか、天使ちゃんに説明するべきじゃない?」

「な、アサト……!!」

「気になっていたことを言ってくれてありがとうございます、キヨくん。私としてもそのことが一番気になってて……どうしてですか? ルカ」

「……そ、それは」


 実は、昨日キヨくんとゲームを止めてからラインであるメッセージをルカに送っていたのだ。

 「昨日ルカが忙しいならいいんですが、お互い口調に関しての話をしませんか? キヨくんも一緒なのですが……」という内容で。

 だがルカに断られたのにキヨくんからお願いされた時に許可が出たのは、今でも納得できていない。


「そ、それは…………!! アサト、お前が言え!!」

「どうしてそこでキヨくんなんですか?」

「そこは自分のお口からはっきり言わなきゃダメでしょ、リリィちゃん。親友なんだったら尚更(ナオサラ)ね」

「ぐっ」

「…………ルカ?」


 まさか、私が違う意味で恐れていたあの可能性があるのだろうか。

 一番、私が恐れていたことが陰で起こっていたのかもしれない。


「ルカ、親友の私にも言えないようなことなんですか?」

「…………っ」 


 ルカは顔を赤らめた。

 やはりだ、やはり、それしかありえない。

 実はルカはもうキヨくんの魔の手に落ちている、という展開がこの数年間であったのだと気づいていしまった。いや、キヨくんのことだから手を出してる可能性は無に等しいわけじゃない。等しいわけじゃない。めくるめく、キヨくんを巡る私とルカの愛憎劇が始まる、みたいな流れなんでしょうか。


「……や、やっぱり待ってください。心の準備が」

「そ、そうだよな!? や、やっぱりもう二人は帰ったほうが」

「そういう場合じゃないだろ、親友なのに変な誤解させてるかもしれないのは問題大アリだろ。それでもいいの? それと天使ちゃん、たぶん天使ちゃんが考えてる内容じゃないと思うよ俺ー」


 私の頭を撫でてくれるキヨくんはどういう意味で言っているのか、なんとなく私の予想から外れている期待が少しだけ上がった気がする。

 

「キヨくん……今私が何を考えてるかわかるんですか? 千里眼の持ち主だったんですか?」

「千里眼って相手の心まで見える能力だったっけ……ほーら! 言わないと天使ちゃんが精神的に病むのは嫌だろー? ね、姫様?」

「そのネタやめろ……!! ユ、ユキコ……話しても大丈夫か?」

「……解り、ました、どんと胸に飛び込んできてください」

「……その、だな」


 ルカは、私とキヨくんを交互に数回見た後、顔を(うつむ)かせながらも話してくれた。


「ユキコは高校受験の合格発表を見た後、アサトの家で遊んだそうじゃないか。ゲームしたり、髪型の件で話したりして……ユキコのラインで、からかわれたのがとっても悔しかったけど、恥ずかしくもあったと聞いた」

「へー……? そうなんだー天使ちゃん」

「キヨくんは少し黙っててください。それがどうかしたんですか?」

「大人の目もない二人っきりの家で……ランデブーしたそうじゃないか!」

「はい?」

「ん? ……ランデブー? ……それって」


 二人は落ち着いてルカの話を聞く。

 誰だか理解できていない幸子は頭の中で悩みつつ、清はあっさり誰だか特定したようだった。


「それなのにユキコは次の日自分の家にアサトを呼び、お姉さんと一緒に……あんなことや、そんなこともしたそうじゃないか! ワタシの相談もなく大人の階段を上ることはアサトの場合起こりえるとは思っていたが……だが、いつものユキコならそういうことだってラインしてくれるのに!!」

「ちょっと待って、リリィちゃん。天使ちゃんもさすがにあんなことやそんなことの内容は簡単に親友には言いきれないものがあると思うぞ? それと聞いてた話と違う。その情報誰からなの?」

「先輩から全部聞いた!! ま、まだ中学生なのは変わらないのに……私の許可もなくユキコに手を出すなんて、ワタシは絶対お前を許さないからなアサト……!! 後で覚悟しておけ!!」

「いや、覚悟することないから。というか、リリィちゃんの誤解だから間違いなく。シフォーセンパイでしょ、それ」

「キヨくんは誰だかわかったんですか? シフォー先輩って、あの獅子王先輩ですか?」

「うん、たぶん天使ちゃんも知ってるその人で合ってるよ、ほらー天使ちゃん、マジ泣き一歩手前だったって顔してるよー? 言わないと余計なこと考えさせてたかもじゃん、リリィ姫ー」


 獅子王先輩は私たちの2つ年上の先輩で、獅子王獅子丸(ししおうししまる)という、獅子の名前を二つ持つ官能小説とエロゲーが大好きな先輩だ。

 確か、間違いじゃなければ以前会ったことがある。

 だが、リリィと出会ったことがあったのは知らなった、私が出会った時は、あまり関わらないほうがいい、とだけ言ったはずなのに……どうしてその人からそんな話を。


「……すまなかった、だがなんで獅子王先輩だってわかったんだ?」

「リリィちゃんもしかして状況読み取れてない?」

「説明しろ、アサト」

「……なんとなく察しました。キヨくん、連れていく時は私も同行させてください。ルカのほうが天使という単語がピッタリな気がするのは気のせいですか」

「それは天使ちゃんの自由だと思うなー」

「……は?」

「要は王様はお姫様をからかったってわけ、意味分かった?」

「………………またなのかぁあああああああ!!」


 テーブルに突っ伏して頭を抱えるルカ。

 ランデブー……という意味だけでは何を楽しんだか、まではその人次第で変わる回答だ。

 だが、ルカ的にあらぬ誤解を与えたことに関しては幸子はしっかりとその獅子王先輩に説教しようと心の中で誓った。


「どうして獅子王先輩がからかってると言ってくれなかったんだ、アサト!!」

「えー……だって、色々言う前に昨日もう寝るって言ったのどこの誰ですか。そうそう! そんでもって、なんで一昨日と昨日のことリリィちゃんが知ってるって思う?」

「キヨくんが話したからじゃないですか」

「それは違うんだなー……昨日改めてリリィちゃんに話したらこの一点張りだったんだよねー、あ、後なんだかんだでリリィちゃんはぐらかしたけど、ちゃんと言わなきゃだめだからな」

「……ああ」

「え? 今ので終わったのかとばかり……」

「それにまだ言いたいこと他にもあるんだろ? 昨日俺に話してくれた話はまだ言ってないし」

「な、ここでそれを振るのか!? お前……今こそ幸子とお前が一緒に帰る流れだと思っていたのに……」

「えー? もしかして、明日の天使ちゃんのデビュー勉強の時に話すつもりだったのー? もしかしたらあの人来るかもってラインしたじゃん」

「それは確かに不可能だな、今言うべきだ」

「あの人……?」

「あ、天使ちゃん。今は気にしなくていいよ。明日知ることだから」

「わ、わかりました」


 ルカは座り直し、幸子にまっすぐ視線を向ける。


「ユキコ……これに関しては引かないでくれるか」

「……? はい、大丈夫ですよ」

「……その、さっきアサトが話が違うと言った話が本題じゃないんだ……ユキコは、信頼できる人といろんなパーティをしたいと言っていただろう?」

「はい、そうですが……」

「だから、今日はユキコから誘いが来たのは嬉しかったが、びっくりさせたくてな。アサトにユキコの反応を教えてもらいながら、用意していたんだ」


 ルカはどこからか、オシャレに飾られた白い箱をテーブルに置く。

 箱のふたを外すと、中からは私たちの思い出の品がそこにあった。


「あ……」

「ワタシとユキコが作るのに意味があるんだが、中三の頃も今も難しいと思っていたんだが……アサトから連絡をもらって、まだにアメリカに行く日数に余裕があったから、ここ三日間練習してたんだ」 


 そこに置かれたのは、ケーキ。

 店によくあるようなタイプではなく、デコレーションが施されてないシンプルな(フルーツタルト)だ。

 それを見た私は、思わず口元に手を当てた。


「……イヤ、だったか?」

「……そんなことあるわけないじゃないですか。懐かしいです、本当に」


 私が友だちがなかなかできなかった小さい頃、親の友だちの家で預かることになっていた。

 その時に出会った男の子だと勘違いした女の子が、ルカ。

 お泊りしていた当時は、よくケンカをしていた。

 でも一緒にケーキ作りする時はお互いに役割分担を決めて、よくケーキの作り方で議論していたっけ。 一番最初に作ったケーキはルカのお母さんと一緒だったけど、少し焦がしてしまったこともあったな。

 今でもあの時のケーキの味が忘れられない……少し焦げてしまったのは残念だって思うのが普通なのかもしれない。けれどお互いの夢について語り合えるようになったのは、ルカと一緒に作ったこのケーキがあってこそだ。

 だが、幸子の中で違和感が胸に芽生える。


「でも、今までケーキは用意してもピザは用意したりしませんでしたよね? コーラだって、ルカは苦手だし……」

「よく言ってくれました、それなんだよ。ねえリリィちゃん」

「え……」

「その、一日目にアサトが作ったっていう揚げパンはオレには作れないし、ユキコにブドサイコーラなるものをまた飲ませるわけにもいかなかったから、この際だし、コーラも克服できればいいなと思ったんだが……」

「……そう、だったんですか」

「やっぱりシュワシュワは慣れないな。でも、やっぱり幸子が美味しそうに飲んでるものを、美味しいと一緒に笑えたらもっと楽しいだろう?」

「ルカ……!」


 お互い、夢のことで語り合える親友になる。

 ……そんな関係になるとは、あの頃は思ってもいなかったけれど。


「……………………じゃあ、今日はこのケーキをどうデコレーションするかも話しませんか? ルカも、わざとそのつもりでいたんでしょう?」

「……いい、のか? もっと、ユキコが口調のことで直したいことがあったんじゃないか?」

「ルカに色々言ってくれたのに、そのお礼ができないのも嫌ですし、ケーキを食べている時にその話をもう一度すればいいだけじゃないですか、それにお互い言いすぎるぐらい言い合ったでしょう? みんなで楽しみながら、ですよ」

「いいねー? じゃあ、俺は写真係を名乗り上げましょう。今日のことを祝して乾杯しながらとかさー」

「アサト、先にお前がユキコと勝手に遊んでいたことは許してないからな」

「独占欲強いなー、あんまり天使ちゃんのこと縛りすぎないであげなよー? いろんな彼女を作ってきた俺なりの助言デス」

「ありがたく受け取ろう。だがそれはそれ、これはこれだ……後でしっかり問いただしたいことができたからな、アサト。覚悟しろ」

「うわーん、リリィちゃんコワーイ!」

「……っふふ」


 その後は、3人で買い物に行って、色々な果物やお菓子などの材料を買って、三人で豪華にケーキをデコレーションした。

キヨくんと2人で味わったパーティも楽しかったが、3人で過ごす一日もまた格別でまるでデビュー勉強週間の1日目のように、仲良く楽しく終わった一日だった。

 ……だが、四日目のデビュー勉強会があんなことになるだなんて私は、予想すらしていなかったのだ。

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