4前-04 脱走
初夏を思わせるような気温の中、丘を駆けていく風が心地よい、そんな日の夕方。
「貴様らには、魔女の疑いが掛けられている!」
『!』
ワルツ一行は、極寒のシベリアに居たほうがマシなんじゃないだろうか、と思うような一言を浴びせられていた。
その言葉が意味する所、即ち、魔女狩り。
魔法使いがいるのだから、魔女くらい許容しても良いじゃない、と思うところだが、世の中そんなに甘くなかったようだ。
告げられた言葉を理解したのか、仲間たちの顔色も良くはない。
「そう・・・。まぁ、いいわ。みんな、従いましょう?」
どうやらワルツには思惑があるらしい。
「じゃぁ、私達を連行する馬車を紹介して?」
すると、
「貴様!何だその態度は!」
小太りの騎士が、突如として鞭でワルツを打ってくる。
バシンッ!
「っ!!」
ワルツが叩かれたことに反応したのはルシアだ。
だが、ワルツは手を上げて静止した。
それに気づかずに鞭で打ち続けるメタボ騎士。
「生意気な女は、これで黙らせるに限るぜっ!」
バシンッ!
バシンッ!
と、何度も打ち付けてくる。
苦悶の表情を浮かべるワルツ。
傍から見ると、痛みに必至に耐える少女(?)に見えなくもないその姿に、メタボ騎士はご満悦のようだ。
一方、内心では、
(痛い!って言ったほうがいいのかしら・・・それとも、威圧しておいた方が、仲間たちに手を出されなくて済む?)
んー・・・、と眉間にしわを寄せて、鞭に打たれながら考えこむワルツ。
仲間達も、メタボ騎士がいつ肉塊にされるだろうか、とスプラッタな光景を想像して戦々恐々としていた。
ワルツがしばらく痛め付けられていると、隊員の一人から声が掛かる。
「隊長」
「・・・なんだ?」
「その・・・異端審問官の方が、裁判も終わっていないのに手を上げるのはどうなのか、と仰っているのですが」
そこから少し離れた場所にある馬車に、灰色の僧侶服を着た30代位の細身の男性が立っていた。
恐らく、彼が異端審問官だろう。
彼の言葉を翻訳するなら「躾はそんなところで十分だ」だろうか。
「・・・ふん!」
そう言うと、鞭を仕舞うメタボ騎士。
「・・・この馬車に乗れ!」
そう言って、台車に檻が載っただけの馬車を指した。
「あ、はい」
考え事をしていたので、反応が遅れてしまうワルツ。
その言葉を挑発と受け取ったのか、メタボ騎士が鞭を握りしめるが・・・我慢できたようだ。
「では、皆さん、荷物はこの袋の中に入れて下さい」
そういうのは、先ほど隊長に話しかけた青年騎士だ。
自分で入れろ、と言うところ見ると、身体検査は無いようだ。
相手が女性なので、小さな武器程度なら許容できるとでも考えているのだろうか。
「(テンポ、アイテムボックスだけ私が預かるわ)」
「(分かりました)」
アイテムボックスの指輪だけ、ワルツが光学迷彩を使って回収した。
アイテムボックスを奪われた場合、無事に帰ってくる保証はない。
それに、カタリナのバングルや狩人の得物を除いて、殆どの道具はアイテムボックスの中に収納してある。
なので、この指輪だけは預けるわけにいかなかったのだ。
「貴女は何も持っていないのですか?」
「全部、そこに出しちゃったからね」
そういって、野営の準備をしていた場所を指す。
そもそも、ワルツは装備品も所持品も無いので、渡すものなど何も無いのだが。
「そうですか。では、次の方!」
こうして、仲間たちの装備を回収していく。
途中、青年騎士がテンポに何やら怪しい視線を送っているようだったので、ワルツはロックオンをお見舞いしておいた。
馬車に乗るときに、皆、首に鍵のついたチョーカーのようなものを付けられた。
どうやら、魔法を使えなくするための物だとか。
ワルツは付けられないので、ホログラムでごまかしたが。
そして今、ワルツ達は馬車に揺られている。
ところで、先ほどのメタボ騎士が馬の上で痙攣しているようだが、誰も気づいてない。
原因は、ワルツのパラメトリックスピーカーによる音の指向性爆撃だ。
人が耐えられる限界以上の音圧を浴びせかけられているので、少々、グロテスクなことになっているのだが、説明は省略しよう。
一応、死んでは居ないということだけ明記しておく。
そんなことは露知らずといった感じで、ワルツは歌っていた。
「ど○どなど〜○〜どぉな〜♪」
余談だが、騎士に浴びせられた音の爆撃とは、この歌を増幅したものである。
「ワルツさんの故郷の歌ですか?」
「えぇ、子牛がどうにかなる歌よ?」
「ええと、市場で無双でもするんですか?」
「うん、それは無い」
「そうですか」
カタリナの頭のなかでは、子牛がワルツになっているらしい。
「おねえちゃん、逃げないの?」
「うん。逃げても面倒なことになりそうだから、今は様子見ね。大丈夫よ?ちゃんと守ってあげるわ」
そう言って、不安そうなルシアの手を握る。
「うーん、お尻が痛いんだが・・・」
「そうですね。では、狩人さんも一緒に檻を使って筋トレでもいかがですか?」
「筋トレか・・・悪くないな」
すると立ち上がって、檻にぶら下がり懸垂を始める狩人とテンポ。
テンポは全く持ち上がらずに、ただぶら下がっているだけだった。
どうやら、捕まってから皆のテンションがおかしいようだ。
「ちょっと、みんな、少しは落ち着きましょう?」
「ふむ、だが、何か、こう、ワクワクというか、なんというか・・・」
そんな、小学生のようなことを言っている狩人。
「いいではないですか、お姉さま。人生、最後の時くらい好きしても」
すると、場の空気が凍りつく。
「いや、これが最後になるわけじゃないと思うけど・・・」
すかさずフォローしたつもりだが、どんどんと、檻の中の空気が凍りついていく。
「もう、だめか・・・」
「うぅ・・・」
「あぁ・・・お父さん・・・」
どんよりとした空気が馬車の中を支配していく。
「身体を動かしたら、お腹減りました」
どうやら、テンポだけは、いつも通りらしい。
はぁ・・・、と溜息をつくワルツ。
こうして、テンションの低いまま、王都へと連行される一行だった。
馬車での移動ということもあり、その日の夜更け頃、王都に到着した。
そして今、ワルツ達は王都内の牢獄にいる。
ここは魔女裁判が開かれる「教会」の地下だ。
裁判は明日に教会で行われるらしい。
随分と急ぎのようだ。
牢屋に入る際、仲間たちは別々の部屋の牢屋に囚われてしまったため、話しかけられる距離にはいない。
では独房か、と言われればそうではなく、他に見知らぬ女性が二名ほど先客が居た。
「あら、はじめまして。ワルツと言います」
いつもならコミュ障のワルツだが、捕まったせいでテンションが高いのか、フランクな挨拶をする。
「・・・貴女も捕まったの?」
妙にテンションの高いワルツに対し、怪訝な表情で問いかけたのは狩人くらいの年齢の女性だ。
「えぇ。なぜだかよく分からないけど、捕まってしまったわ」
なんとなく自覚はあるが、あえて理由が分からないと答えたワルツ。
「そう・・・。でも、どうして捕まったんだろう・・・」
もう一人の女性(20代後半?)も口を開いた。
どうやら二人共、どうして捕まったのか分からないらしい。
「ちなみになんだけど、この後、どうなるか分かる?」
「それは・・・」
そこまで言って女性は涙を流した。
「・・・なるほど」
つまり、処刑される、だ。
「裁判が終わったら、直ぐに・・・」
「なら、その前に逃げないとね」
「でも無理よ」
この牢屋は頑丈な鉄格子で囲われている。
魔法が使えればどうにかなるかもしれないが、皆、首にチョーカーを着けられているのでそれも叶わない。
もちろん、人の力でどうこうできるものでもなかった。
(どことなく、アルクの村にある工房に近いかもね)
鉄の壁を思い出しながら、ワルツは鉄格子に手をかけ・・・こじ開けた。
『!』
その反応は、同じ牢屋に居た女性からだけのものではない。
「貴さ・・・」
ま、と言おうとしていた看守を重力制御で黙らせる。
所謂ブラックアウトだ。
「あ、逃げたほうがいいって言ったけど、今は牢屋からは出ないほうがいいわよ?見つかったら、裁判が始まる前に殺される可能性もあるし」
そう彼女らに言い残して、ワルツは牢屋を出て行った。
その頃ルシアは、ワルツの牢屋から離れた場所に囚われていた。
部屋の中には誰もおらず、事実上、独房だ。
まだ10歳のルシアは、誰もない冷たい独房の中で一人、寂しがって・・・はいなかった。
「どうしよう・・・」
彼女の悩みは、牢屋を抜け出すか否か、だ。
手に魔力を集中させるルシア。
普通なら、魔法が全く発動しないところなのだが・・・。
「すごい、普通に魔法が使える」
この普通というのは、世間一般的な魔法使いが使えるレベルの強さで魔法が使えるということだ。
つまり、首のチョーカーによって程良く魔法の出力が抑えられ、使い勝手のいい強さで魔法が使えるようになっていたのだ。
しばらく悩んだ後にルシアは決める。
「・・・うん、おねえちゃんを迎えに行こう!」
そう言って、ルシアは目の前の檻を火魔法で融解させ、檻を出ていくのだった。
狩人。
彼女は本来、捕まるような立場にはない。
伯爵の令嬢という時点で、魔女狩りの対象から外れるのだ。
だが、何故か捕まってしまった。
理由は簡単で、捕まえた側が、伯爵の娘が旅をしている、とは思わなかったからだ。
そして、狩人自身も自分の正体を話さなかった。
そもそも取り調べを受けていないので話す機会も無かったのだが。
「(さて、どうしたものか)」
狩人は牢屋の中で一人、考える。
牢屋の中には、他に老女が一人いたのだが、どうやら寝ているようなので話しかけてはいない。
「(とりあえず、牢屋の外に出るか。よし!)」
すると狩人は、少し準備してから、牢から少し離れた場所にいる看守に叫んだ。
「おい!来てくれ!お婆さんの様子がおかしいんだ!」
「なに?」
すると、牢の外から中を確認する看守。
「何か血のようなものを吐いて、意識が無いんだ」
よく見ると、老婆の頭の周囲に赤い液体が広がっていた。
「おいおい、マジかよ。裁判は明日だっていうのに・・・。面倒だぜ」
面倒くさそうに、牢の鍵を開ける看守。
ドン!
次の瞬間、狩人の踵が看守の後頭部に刺さり、看守の意識を狩った。
「人って後頭部を強打すると、本当に意識が無くなるんだな。カタリナの言うとおりだ」
そう呟いて、狩人は牢の外へ出て行った。
余談だが、老婆の頭の周りに撒かれていた液体は、かつてワルツが大失態を犯した際に使った、ヘルチェリーの絞り汁だ。
野営の準備をしていた際に採集したもので、持ち物没収の際に「これを袋の中に入れたら拙いよな」と思い、結局隠し持っていたのだ。
今回は、それが功を奏した。
因みに、看守は死んでいない。
カタリナは、悩んでいた。
「(皆さん、自力で脱出出来そうですが、私は魔法が使えないと何も出来ないですからね・・・)」
カタリナの魔力は普通の人間並みである。
つまり、首にチョーカーが付いている限り、魔法が使えないのだ。
「(チョーカーさえ取れれば・・・)」
そこで、このチョーカーの特性について調べてみることにしたカタリナ。
まず、普通に魔法を使おうとしたが使えなかった。
どうやら、魔力が手から外に出た時点で霧散してしまうらしい。
次に、指を少し噛み、故意に怪我をする。
そして怪我をした場所に魔力を集中し、回復魔法を使う。
今度はうまくいったようだ。
「(つまり、体外への魔法の出力は出来ないですが、体内での魔法の行使はできる、ということですね。なら)」
カタリナは、再び、指を噛み、怪我をする。
そして、牢屋の隅に生えていた今にも枯れそうな雑草を千切り、チョーカーの鍵穴に挿した。
更に、千切った雑草の断面に、血の滴る自分の指を押し付け、回復魔法を発動した。
すると、カタリナの思惑通り、雑草が急激に成長を始める。
その間、自分の指と雑草が癒着してしまったのだが、気にはしない。
凄い勢いで成長していく雑草は、チョーカーの鍵穴をこじ開け、終いには、
パキン
といって、破壊するのだった。
そうして、チョーカーを外すカタリナ。
「(指から草が生えてますね。これで私も地属性?)」
などと思いながらも、自分の指から雑草を引きちぎるカタリナ。
そして、自分の指に回復魔法を掛ける。
これで怪我は元通りだ。
だが、まだカタリナの戦いは終わらない。
次は、引きちぎった雑草を牢屋の鍵穴に差し込む。
そして、再び回復魔法を発動した。
パキン!
こうして、牢屋の鍵を破壊したカタリナだったが・・・。
「あら、遅かったじゃない?」
「えっ?」
牢屋を出たところで仲間たちが待っていたのだ。
なお、カタリナと同じ部屋に他にも2人ほど先客がいたようだが、カタリナのグロテスクな魔法に、嘔吐や目眩を感じてダウンしたのだった。
ワルツは、まさか仲間全員が脱走すると思っていなかった。
特にカタリナとテンポは攻撃手段を持っていないはずで、助けに行かなきゃね・・・、などと思っていたくらいだ。
カタリナに関しては、脱出の瞬間を見ていたのでやり方は理解できたが、問題はテンポである。
牢屋から出て、最初に会ったのはテンポだったが、彼女がどうやって檻から出てきたのか、ワルツには全く理解できなかった。
「ねぇ、テンポ?どうやって檻から出てきたのか、教えてくれない?」
「いえ、大したことではありませんでしたね」
「それはそうかもしれないけど、方法が気になるのよ・・・」
「力づくです」
(力づくって・・・)
ワルツの脳裏には、筋骨隆々としたテンポが檻をこじ開けている様子が浮かび上がっていて、中々にシュールな光景だ。
・・・懸垂すら出来ないが。
どうやら、彼女は教えてくれないようだ。
何か理由でもあるのだろうか。
「まぁいいわ」
そう言って、本題を切り出す。
「とりあえず、この魔女狩りをどうにかしようと思うのだけど、どうかしら?」
こうして、ワルツ達と魔女狩りとの戦い火蓋が切って落とされるのだった。




