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4前-01 旅の始まりに

昨日、狩人は家に帰らず、工房に泊まっていった。

そして、テンポが()()してからベッドを増やしてはいない。

つまり、二人分、ベッドが足りないわけだ。


というわけで、皆、ベッドで寝ないという選択を取った。

では、どうしたのか?

そこは、ワルツの重力制御の出番だ。


皆、自分の寝袋に入って、空中に浮いている。

無重力、ではなく、床に反発力が働いているので、空気のベッドの上で寝ている感じだ。

雰囲気としては、空に浮かぶ雲の上で寝てみたい、というある種の夢を実現してみた、といったところか。




皆が寝静まった後、ワルツはあることに気づいた。

実はこの反重力ベッド、体重が丸分かりなのだ。

要は、重いほど沈む。


(・・・どうして)


ルシアが一番軽いことは明白だ。

次に軽かったのは狩人。

一方、カタリナは発育がいいので狩人より少し沈んでいる。


(あとで報復が必要ね)


だが、問題はテンポだ。

見た目以上に重い。

いや、重すぎると言うべきか。

恐らく、普通の人の3倍くらいはあるだろう。


アンドロイド、ホムンクルス、人造人間・・・色々言い方はある。

作る過程で、骨格に多量の金属を使用しているので、重くても仕方がない。

だが、合金の発泡材を使用したので、それほど重くなっていないはずだ。


(重くても、普通の人と比べて40%増し位かな、って思ってたんだけど・・・)


ワルツは設計者であるにもかかわらず、全く理解できなかった。




朝が来た。

最初に目を覚ましたのは、狩人だ。

流石に朝が早いだけのことはある。

というより、次の日の遠足が楽しみで寝られなかった小学生的な感じだろうか。


浮いたままでは起きられないので、地面に下ろす。


「おはようございます。狩人さん」


「ん?おはよう。ワルツは起きていたのか?」


「まぁ、そんなところです」


(まさか、寝てないとは言えない)


そういえばもう一人起きている奴がいたわね・・・、と思い出し、テンポも下ろす。


「おはようございます。お姉さま」


「えぇ、おはよう」


眠そうな顔のテンポ。

いつもの表情だ。


「どうでしたか、狩人さん。エアベッドの寝心地は?」


おそらく、これからの旅でお世話になるだろう、反重力ベッドの寝心地を聞いてみる。


「あぁ、まさに夢見心地ってやつだな。強いて言うなら、寝返りにコツがいるというところか」


「なるほど・・・善処します」


「いやいや、大したことじゃないんだが」


宙に浮いているので、掴むものがない。

つまり、寝返りの際に自分を支えてくれるものが無いので、()()()()()()()でしか寝られなかったようだ。


ところで、この方法だとうつ伏せで寝ても息ができる。

実際、ルシアはうつ伏せで寝ている・・・が、どうやら涎が垂れるようだ。

床が凄いことに・・・いや、本人の名誉のためにこれ以上の解説はやめよう。


こうして旅の始まりの朝を迎えた。




村での最後の食事を酒場の店主にご馳走になる。


「そうか・・・テンポさんに会えるのも、今日で最後か・・・」


そう話すのは酒場の店主だ。

私達はどうした?、と思うワルツだったが、口に出すのをグッと堪える。

代わりに、


「はい」


とテンポが即答した。

それだと、酒場の店主が傷つくんじゃないかしら?、と心配になったので、ワルツがフォローする。


「多分、頻繁に帰ってくるので、あまり気にしないでください」


「・・・しゃぁねぇ、これは俺からの餞別品だ」


といって、酒場の店主は、野営用調理器具を渡してきた。

以前、狩人が貸してくれた調理器具は、ルシアの水魔法に流されて紛失してしまっている。

なので、ワルツ達にとってこのプレゼントは素直に嬉しいものだった。


「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」


「ったりめえだ!無くしたら承知しねぇからな?」


口調とは裏腹に、笑みを浮かべる店主だった。




「では、行ってきます」


個別の挨拶を済ませた後、狩人が出迎えに来てくれた村の人達に別れの挨拶をする。

もちろん狩人だけでなく、ルシアやカタリナの見送りもあった。

ただ、テンポは日が浅いので仕方ないとして、ワルツの場合はお察しだ。


「あぁ、元気でな。いい旅を!」


答えるのは酒場の店主(村長)だ。


「じゃぁ、おみやげを楽しみにしていて下さい!」


こうして、ワルツ達は出発していくのだった。

酒場の店主以外にまともな知り合いの居ないワルツにとっては、実にシンプルな旅立ちと言えよう。




ワルツ達が出発した後。


「なぁ、村長。これから誰が狩りをするんだ?」


農家の男性が村長に問う。


「そりゃ、昔みたいに、みんなでやるしかねぇだろ?」


「だよなぁ・・・随分と楽をさせてもらったよ」


「あぁ・・・」


「騎士さまだけでなく、あの、ワルツって娘も、相当頑張ってたって話じゃないかい?」


他の村人も会話に加わってくる。


「そうだな。あの嬢ちゃんは人見知りが激しいようだが、もしかしたら、一番頑張ってたのは、あの嬢ちゃんかもな・・・」


「そうかもねぇ・・・」


意外にも、ワルツに対する村人の評価は悪くはないようだ。

本人は知る由もないが。




村を出た時、ワルツ達は各々が荷物を持って歩いていた。

これは、最初から機動装甲のカーゴコンテナを使って荷物を輸送すると、「お前ら、荷物はどうした?」と酒場の店主に突っ込まれて面倒よ?、というワルツからの提案によるものだ。

ツッコミが有るかどうかは、あくまでもワルツの想像だが。


ところで、ワルツはとある重大なことを忘れていた。


「じゃぁ、みんな。荷物を預かるわよ?」


「・・・あぁ、そうだったな」


どうやら、狩人は自分で荷物を持っていくつもりだったらしい。


(鍛錬という名目で、自分で持たせる・・・という意地悪はやめときましょ)


さてと、とワルツはカーゴコンテナの蓋を開けた。


「・・・あ」


「ん?どうしたんだ?忘れ物か?」


カーゴコンテナの中を見て固まっているワルツに問いかけたのは狩人だ。

するとワルツは、


「・・・ふっふっふ」


不気味に笑うのだった。


そしてテンポは悟る。

姉が壊れた、と。


「お姉さま!?」


普段、半眼のテンポが珍しく、目を開けて驚いている。

だが、そんな(テンポ)の心配をよそに口を開くワルツ。


「いやいや、君たち?」


どうやら、壊れてはいないが、様子がおかしい。

怪訝な顔をする一同。

だが、そんな仲間たちの反応に気づかないのか、怪しい笑みを浮かべながら、ワルツは一つの指輪を見せつけた。


「これを、どう思う?」


「・・・何?これ?」


「私は知らんな。カタリナは?」


「いいえ、分からないですが・・・勇者様が付けていた指輪に似ていますね・・・」


意外に細かいところまで見ているカタリナ。

指フェチだろうか。


「これ、すっごく高かったんだから・・・」


「いくら?」


「・・・1億8000万ゴールド」


『・・・は?』


仲間たちの声が重なった。


「おい、待て。たかが指輪に2億近い金を掛けたのか?!」


「えぇ、諸事情でね」


「もしかして、これを付けると・・・空を跳べるとか?」


「いいえ、ルシア。空を飛べるのに、わざわざ空飛ぶアイテムは買わないわ」


「では、鬼エンチャント指輪ですね?」


「鬼エンチャントって何よ・・・」


「そうですか。ついに、新手の宗教に手を・・・」


「なら教祖は私ね。たぶん」


どうやら、答えには近づきそうにないようだ。

一番近かったのはカタリナか。


「これは、アイテムボックスよ?」


『・・・は?』


再び、仲間たちの声がハモった。


「いやいや、ワルツはアイテムボックスを持ってるよな?」


「いや、だからこれは・・・・・・あ」


といって、アイテムボックス以上に重要な事を思い出す。


そして、ため息を付きながら、機動装甲を可視状態にするのだった。


「っ!?!!!?」


狩人は目を見開き、尻尾が膨らんで、威嚇する猫のようになった。

彼女は、まだ、機動装甲を見たことがなかったのだ。

目の前に立ち塞がる鉄の巨人に、放心を通り越して真っ白になって、地面にへたり込んでいる。


「いつも使ってる()()()()()()()()は、これのことで、別に沢山モノが入るわけじゃないのよ?」


といって、機動装甲の胸部にあるカーゴコンテナを開いてみせた。


「あ、ここだったんだ」


ルシアが興味深そうに見ていた。


「多分、ルシア位なら入るわよ?・・・冗談だけど」


ルシアが何故か悲しそうな顔をしたので誤魔化したが、


「お姉ちゃん、嫌い」


誤魔化しきれなかったようだ。

ダメージコントロールに失敗し、・・・ぐはっ!!、と地面に伏すワルツ。

どうやらルシアは、わたしは物じゃない!、と怒っているようだ。


「ごめん、もう言わないわ。だから許して・・・」


「本当?もう言わない?」


「絶対!」


「なら仕方ないね」


どうやら、許されたらしい。

狼狽えるワルツという普段見ない一面が見れて嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていた。


ところで、狩人はどうなったのかというと・・・まだ真っ白だった。


「狩人さん?気づいて下さい!」


ホログラム化したワルツの()ではなく、機動装甲の腕で狩人を掴んで揺する。


「かーりゅーうーどーさーーん?」


(この世界の人間って驚くと固まるみたいだけど、そういう生理現象なのかしら?)


むしろ、ワルツは地球でもほとんど人間と会ったことがないので比較しようが無いのだが。

本人はそれに気づいてはいないようだ。

しばらく、狩人を揺すっていると、


「はっ・・・こ、これは一体?!」


我に返ったようだ。

ワルツは、地面にへたり込んでいた狩人を掴んで、立たせた。


「これ?えぇと、私ですけど・・・」


そういって、ホログラムを消す。


「これが私、ワルツです」


「!!???!?!!」


再び混乱し始める狩人。

ワルツがいなくなって、代わりに鉄の巨人からワルツの声が聞こえてくる。


「もう、狩人さん、驚きすぎ!」


「そうですよ。あまり驚きすぎると失礼です」


さすがはルシアとカタリナである。

全く動じた様子もなく、フォローに回ってくる。


「・・・はっ、夢か・・・」


「いや、その展開はおかしい」


しばらくして、ようやく狩人が落ち着く。

そして口を開いた。


「つまり・・・ワルツは、変身できるんだな?」


(うーん、近い。限りなく正解に近いけど、間違いね)


「・・・まぁ、そんなところです」


正しく説明しても理解してもらえる可能性は低いと判断したワルツは、変身できる、ということで方付けたのだった。




「さて、随分と話がズレてしまったけど・・・」


そう言って、元の姿を表示して機動装甲を不可視化する。

そして、指輪を摘み、


「これが、アイテムボックスなのよ」


と、先程の話題に戻った。


「なるほど。これで、採掘や素材集めが楽になりますね!」


「えぇ、でも一つだけ問題があるのよ・・・」


と、切り出す。


「実はこれ、私は使えないの。指が入らない・・・」


そう言って、機動装甲の手だけ見せる。


「・・・あぁ、なるほど」


指一本が、カタリナの大腿くらいの太さである。

確かに入りそうもない。


「というわけで、誰か、アイテムボックス持って!というか、付けて!」


・・・


仲間からの返答はない。


「あのですね、ワルツさん。これって、相当な重責なのではないでしょうか?」


つまり、もしも貴重品いっぱいのアイテムボックスを持ったまま、捕まったり、殺されたりしたらどうするのか?、ということである。

それなら、仕方がない、で方付けられるからまだいい。

むしろ、本人の不注意などで無くしてしまったらどうするのか、という意味合いの方が強いかもしれない。


更には、アイテムボックスを持ったがために、誰かに狙われる可能性もある。

そう考えると、ルシア、カタリナ、狩人、その誰にも預けることは出来ない。

となると、指輪を持つべき人物は、自ずとテンポしかいなくなる。


「・・・じゃぁ、テンポね」


「はい?」


(テンポなら多少壊されても、直せばいいし・・・)


「・・・何か、失礼な事考えていませんか?お姉さま?」


「いや、テンポって、意外としっかりしたところがあるから、適任かなって」


「・・・色々と納得できませんが、いいでしょう。私が責任をもって、アイテムの管理を致します」


こうしてテンポが輸送係になった。




ところで、ワルツが強化装甲を見せた辺りから、ルシアは考えていた。

ワルツと一緒に寝たり、頭を撫でられたりしていたのだが、機械っぽさは全くなかった。

手を握った時だって普通に柔らかくて温かな感触だったのに、一体どうなっているんだろう、と。


その答えが分かる日は・・・。




それはそうと、もう一つ重大なことを忘れている一行。

旅を始める前に決めておかなければならない重要な事だ。


「私達って・・・何のために旅をするんだったっけ?」


街道を歩きながら思い出す。


『あ・・・』


テンポ以外のメンバーが反応する。

どうやら皆、忘れていたようだ。

おやつは300円と言われたのに、そもそも持ってくるのを忘れたパターン、だろうか。


「結局、町に買い出しに行っている間に決められなかったわね・・・」


「では、私からの提案です」


「ほう?」


どうやら、カタリナが旅の目的を提供してくれるらしい。


「魔王城の城下町に行きましょう!」


『・・・は?』


(どうしたのカタリナ。魔王でも倒すつもり?前にも言ったけど、職人(勇者)に任せておくべきよ?)


と、内心で思うワルツ。

カタリナが言葉を続ける。


「魔王城の城下町には世界でも屈指の地下ダンジョンがあるんです」


「ふーん、なるほど。魔法の練習(火力演習)にはぴったりな場所ね」


「ただ、そこまで行くのがまた大変なんですが、修練と考えれば、調度良いのではないでしょうか」


「ちなみに、カタリナは行った事あるの?」


すると、意外な答えが帰ってくる。


「えぇ。私の実家があります」


「・・・えーと、カタリナさんは、魔王の関係者で?」


「いえ、違います」


ワルツは、カタリナが魔王の関係者だと言ったらどうしようかと思っていた。

まぁ、面倒なことになりそうだったら逃げることを検討する程度だが。


「実は、勇者様方と一緒にいた理由は、実家に戻れるかな、と思ったからなんです」


「もしかして、帰れないくらい大変な道のりなの?」


どうして、実家から離れた場所にいるのか、とは聞かない。

転移系の能力を持っていないカタリナ、そして、意図しない自宅からの大移動。

そこから推測するに、おそらくは碌な理由ではないのだろう。


「はい。並の冒険者では、生きていくことすら儘ならない場所にありますし、距離が距離なので・・・そうですね、この国を北に抜けて、国を二つ超えた先といえばいいでしょうか」


歩いたら相当な距離だ。


「それなら、家まで送るけど?」


それが彼女が望むなら、だが。


「・・・賢者様に言った話を覚えてますか?」


「勇者パーティーの?」


「はい」


(あの時は確か、私と居ることで目的だったか夢だったかに一番近づける、的なことを言っていたわよね・・・)


「たしか、夢・・・?」


「はい。私は、これから救えないかもしれない数多くの命を救っていきたいのです」


(そういうことね・・・)


「僧侶であった私は、これまでに救えなかった魂を弔うことしかできなかった。でも、これからの私なら、普通なら救えないかもしれない命を救えるかもしれない。だから、ワルツさんと一緒にいて様々な知識を身に付ければ、夢に一番近づける、と思ったのです」


(だけど、それでも救えない命もあるのよ・・・それでもいいの?)


と、聞くのは無粋なのだろう。

それを聞いても、彼女は「はい」と真っ直ぐに返事をするに違いない。


「そう・・・」


ワルツは、自分の中のカタリナに返事を返した。


「みんなは、魔王城の城下町に向けて旅をする、そしてダンジョンを攻略する、ってことでいい?」


すると、皆、頷く。


どうやらこの旅の目的が決まったようだ。

全く、女子がする会話じゃないな、と溜息をつくワルツだった。


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