3-17 事故
昼食では、ルシアとカタリナがいつものように稲荷寿司を食べていた。
それはいい。
問題は狩人だ。
猫耳が付いているからといって、魚が好きだろう、という先入観を持ってはいけない。
では、肉か?、ということになるのだが、それも違った。
パンと牛乳
特に変哲もない一般的な食事。
一口にパン、とは言っても、スライス玉ねぎと青菜そして青魚のフライを挟んだ、所謂フライサンドだ。
一応、魚は入っているが、メインは飽くまでもパン、だ。
狩人が食べているものがパンなのか魚なのか、それ自体はこの際、どちらでも問題はない。
問題は、猫なら、玉ねぎ、牛乳は忌避すべき食べ物であることだ。
そもそも、猫に食べさせてはいけない物、という考え方自体が先入観なのかもしれないが。
(狩人はコスプレをした人間・・・なのかしら?)
伯爵家の夕食でも、玉ねぎらしき物は見かけなかった。
ということは、やはり食べてはいけない物なのではないのか。
「いつも気になってたんだよなー」
そう言って、シャクシャクとパンを頬張る狩人。
口の周りにソースをつけながら咀嚼するという姿は、お嬢様というよりもその辺にいる町娘そのものだ。
「狩人さん、玉ねぎとか食べても平気なんですか?」
口の中に残っている食べ物を牛乳で流し込んでから、答える狩人。
「・・・あぁ、大丈夫じゃないか?だが、初めて食べる食感だな」
(何かあった時に回復魔法は有効かしら・・・)
ワルツの中では、嫌な予感が渦巻いていた。
だが、結局は何も起こらなかったので、どうやら獣人なら玉ねぎを食べても問題は無いようだ。
動物と人は違う、ということだろうか。
こうして、ワルツの中では、狩人=「コスプレをしたお嬢様」疑惑が浮上するのだった。
この後、狩人はしきりに腕や足を掻いていたのだが、虫にでも刺されたのだろうか。
さて、昼食を摂った後は腹ごなしだ。
戦闘準備万端の一同は、町を出て西側の開け《・》た《・》大地へと足を進ませていた。
どうして開けているか、言うまでもない。
ふと狩人が口を開く。
「ワルツ達は、冒険者登録しないのか?」
「端的に言えば、冒険者ギルドが苦手で行ってないんですよ・・・。まぁ、お金にも困ってないし、わざわざ冒険者になる必要は無いかなって」
「そうか・・・冒険者になっても、ワルツ達にはメリットは無いだろうな」
そう、メリットがない。
Q. 金策は?
A. 鉄かオリハルコンを売ります。
Q. 宿が特価で泊まれるよ?
A. お金に困ってません。
Q. 魔物の情報が得られるよ?
A. 見つけ次第、皆殺しです。
Q. 受付嬢との出会いは?
A. ちょっと質問の意図が分かりません。
Q. ギルドカードが身分証代わりだよ?
A. 全力でお断りします。
といった感じで、冒険者になる必要が無いのだ。
利点が有るとすれば、ギルドカードが身分証として全世界で使えるくらいか。
だが、ワルツにとって、そういった自分たちの行動の記録が残る代物はメリットにはなりえなかった。
「カタリナ?貴女、冒険者だと思うのだけど、冒険者になって良い事って何かある?」
カタリナは勇者パーティーの一員として冒険者をしていた。
ならば、冒険者しか知らない利点を知っているのではないだろうか。
「そうですね。ワルツさんの場合だと、冒険者にならない方が楽でしょう。戦争が多い世の中なので、徴兵される可能性もありますし。ただ、女性はなかなか徴兵されることはないですけどね」
期待を持って待っていたら、帰ってきた答えはデメリットだった。
どうやら、冒険者も戦争で戦うことになるらしい。
「それ以外にも、ランクの高い冒険者は、貴族の晩餐会などに招待されますね」
(うわ、晩餐会とか面倒くさ・・・)
ワルツは、冒険者には絶対にならない、と心に決めたのだった。
ところで、カタリナの言葉にふと疑問が浮かんだ。
「カタリナは徴兵されないの?」
「えぇ。女性は滅多に徴兵されませんね。余程、目をつけられるようなことでもしない限りは・・・」
「例えば、勇者パーティーにいたとか?」
「・・・可能性は低くないんですよね・・・」
否定出来ないらしい。
確かに、勇者パーティーに居たというだけで目を付けられるのは当然だろう。
「でも、冒険者と名乗らなければ、問題ないんじゃないの?」
「えぇ、その通りです。その分、初めての町に入るときなんかに身分証発行で手間が増えるんですが・・・それは、皆さん同じですね」
カタリナは、このパーティーに自分以外、冒険者が居ないことに苦笑するのだった。
しばらく歩いていると、ようやく目的地に到着した。
周りには岩も、森も、草も無い、赤茶けた広大な大地が広がっていた。
ここは以前、ルシアがメシマズで暴走して水魔法を使った場所だ。
辺りには丘の凹凸以外、障害物は何もない。
「さて、装備のテストを始めるわよ!・・・っと、ちょっと待った。何か居るわね」
生体反応センサーに反応があった。
どうやら、魔物か人か分からないが、近くに動物がいるようだ。
このまま装備のテストを始めると、巻き込んでしまうのは必須だろう。
魔物なら的代わりに使えるかもしれないが、人なら厄介だ。
「ちょっと様子見ね」
「よし、任せてくれ!」
「いえ、せっかくなので、皆で行きましょう」
もしも魔物なら、そのまま倒してしまえばいいだけなので演習の意味を込めて皆で一緒に行くことにする。
完全に一方的な虐殺のような気もしなくもないが、町の周囲に居る魔物の討伐は国やギルドが主導で推進しているので、問題ではない。
そう、この世界には動物愛護団体はいないのだ。
もしも、相手が魔物ではなくて人だったなら、挨拶でもすればいい。
主に対人スキルの低い、ワルツ以外が、だ。
太陽がたまに雲に隠れる昼下がりの丘を、ワルツ一行は堂々と歩いていく。
以前、狩人を尾行した時のように、隠れたりはしない。
周囲が見渡せる丘の上迄来ると、100m程先に4人組のパーティーがいた。
剣士が2人に、魔法使い?が2人だろうか。
どうやら、相当疲弊しているらしい。
岩に腰掛けている姿から、哀愁ただよう、なんとも言えない空気が漏れだしていた。
目の前が真っ白になったらこんな感じなるだろうか。
相手が魔物じゃなかったからなのか、少し残念そうな顔をするルシアと狩人。
「っ!」
一方、身体をビクッと反応させたのはカタリナだ。
直ぐに、ワルツの影に隠れる。
「・・・ふーん。なるほどね」
そうワルツが呟いた時だった。
相手側もこちらの存在に気づいたのか、顔を上げて立ち上がり、そして、剣を取った。
目の前のパーティーは勇者達だった。
「さて、どうしようかしら?」
こちらにはその気はないのだが、何故か向こうはやる気満々のようで、陣形を組みつつこちらに向かってくる。
何か、因縁を付けられるようなことをしたかしら・・・、と記憶を辿るワルツだったが、自覚はないようだ。
「みんな、何かあっても、取り乱しちゃダメよ?特にルシア。貴女はどれだけ強くなっているか分からないから、魔法の扱いには注意して」
エンチャントを施したチートバングル付きのルシアだ。
ヘタをすると、町を巻き込んで大惨事になりかねない。
「うん。でも、危なかったら使うよ?」
「えぇ、構わないわ。でも、できるだけ抑えてね」
「ワルツ。私が前衛を務める」
狩人が前に出る。
「・・・大丈夫ですか?」
「あぁ、前回は不覚を取られたが、万全の状態なら問題は無いだろう。バングルもあるしな」
「・・・分かりました。気をつけて下さい」
「では、私達が後衛ですね?」
「えぇ・・・」
テンポとカタリナは後衛に周るようだ。
カタリナの調子が気になるところであるが、回復専門の後衛なら問題はないだろう。
やはり、勇者達との関係にしこりが残っているのだろうか。
「じゃぁ、私とルシアが中衛を。相手が勇者パーティーだから何か言われるかもしれないけど、頑張って、カタリナ」
「・・・はい」
するとテンポがいつもの眠そうな表情のままでカタリナの手をとる。
「一緒に付いています」
「・・・ありがとう」
テンポには意外と気が利くところがあるらしい。
ワルツは自分たちのパーティーの陣形が整ったところで、あることに気づいた。
(あれ?戦う気は無いんだけど・・・)
気がついたら、向こうだけでなく、こちらのパーティーもヤる気を出している。
どうやら、ワルツパーティーのメンバーは血の気が多いらしい。
全く、女性ばかりのパーティーだなんて思えないわね、と苦笑するワルツ。
こうして、両方の布陣が整い、双方のパーティーは対峙する。
「貴様ら・・・」
最初に声を発したのは勇者だ。
「こんにちわ。勇者さん達」
(戦闘にならないのが一番よね。なら、できるだけ挑発しないようにやり過そう・・・)
そう思い、ニコッと微笑んで挨拶をする。
だが、ワルツの笑顔に顔をしかめる4人。
どうやら、思った通りに物事は進んでいきそうにないようだ。
「一応、言っておくけど、私達は戦う気は無いわよ?」
「そちらには戦う理由はないかもしれない・・・だが」
勇者の言葉に勇者パーティー全員が身構える。
どうやら、こちらが意思表示をしても、相手は戦う気らしい。
いったい自分達が何をしたというのか。
ふと、中世の時代に行われていた魔女裁判を思い出すワルツ。
(謂れ無き罪で私達も断罪されるのね・・・)
笑顔を顔に浮かべたまま遠くの方を見るワルツに、苛立ちのようなものを隠せない勇者パーティー。
だが、勇者自身は冷静だったようだ。
「・・・まずは、貴様らに聞きたいことが2つ、いや3つある」
血走った目でこちらを凝視してくる勇者だったが、どうやら会話できる余裕はあるらしい。
前回は問答無用で戦闘になったのだが、対話が可能ならば、戦闘を回避する方法もあるだろう。
ワルツに交渉できるほどの会話力があれば、だが。
「まず、お前たちは、一体何者だ?何でカタリナがそっちのメンバーに居る?」
疑問が2つあったようだが、1つ分なのだろう。
ワルツが答える。
「えーと、私達は、旅の仲間ですかね。保護者だったり、師弟関係を結んでいたり、友達だったり、姉妹だったり。特にどこかの国や組織に属している訳ではないです。なので、何者かと問われれば、ただの旅人、と答えるのが正解かと。決して冒険者ではないですよ?それと、カタリナですが、私の弟子で、私達の仲間です。・・・これでいいですか?」
淡々と答えるワルツ。
その声に、勇者と対峙しているという緊張感は全くない。
そして、対話しようと思う気持ちも全く感じられない。
「バカなっ!!」
勇者を筆頭に、メンバー全員が同様の反応を示す。
伝説的な存在である勇者と、国の中から選抜される猛者たち。
そんな彼らよりも、その辺を歩いているだけの旅人のほうが強かったら、何のための勇者パーティーなのか。
彼らの頭のなかではそんな疑問が渦巻いていた。
一方、ワルツは
(でも、旅人が勇者よりも強くてもいいじゃない?)
などと思っていた。
故に、
「ダメですか?」
と口にしたのだ。
それも、あえての上目遣いで。
その行動に青筋を立てる勇者達。
「くっ!なら次だ!」
どうやら、納得したらしい(?)、とワルツは安堵した。
何故か、魔法使いの顔が特に怖かった気もするが、気のせいね、と方付ける。
「・・・俺達の飛行艇を破壊したのは、お前らだな?」
(ほう?飛行艇?飛行船とか飛空艇とか、RPGの終盤に出てくるアレね。でも、破壊したとか言われても・・・)
そういえば、と、数日前にUFOを見たことを思い出す。
あのUFOはどうなったのだったか・・・。
(街に来る前に何か飛んでいたものを破壊したような・・・いや、何を撃墜したとか見てないし。うん、余計なことは言うべきではないわね)
というわけで、
「・・・いや、記憶に無いわ」
と答えたワルツ。
これで、虚偽罪には問われまい。
なんたって、政治家が使う便利な言葉なのだから。
そんな言葉に唖然とする勇者たち。
ワルツの言葉に何か思うところがあったのだろうか。
むしろ、ワルツにとっては、目の前の勇者達より、自分の仲間たちがどんな表情を浮かべているかのほうが気になって仕方がなかった。
「・・・では、最後の質問だ」
どうやら気を取り直したらしい勇者が、口を開いた。
勇者の顔が赤から黒っぽい色に変わっていく気がするが、気のせいだろう。
「・・・落ちた飛行艇ごと水魔法で押し流したのは、お前ら、だな?」
(水魔法?飛行艇を撃墜した時は、ルシアのビーム魔法だったはず。水魔法は使って・・・)
そう言って、辺りを見渡す。
「・・・」
流石に言い逃れできない気がしてくる。
更には、ルシアが隣でビクンと反応したのが分かった。
ワルツは、もう、全てを打ち明けてしまえば楽になるのではないか、とさえ思え始めた。
だが、思い留まる。
(落ち着け私!ここで取り乱しては奴らの思う壺かもしれないわ。ここは至ってクールに行くべき。そう、まずは落ち着いて、そして答えましょう)
目を瞑り、心のなかで深呼吸をする。
ゆっくり目を明けて、そして一言。
「ふっ、事故よ」
これが開戦の合図となった。
ちなみに「ふっ」は、深呼吸の後に息を止めていたため、出てきた空気だ。
決して笑ったわけではない。




