3-08 テンポとワルツ
ワルツ達は、生体魔法研究施設にいた。
そしてそこに横たわるのは一人の少女。
他人がこの部屋の中にある道具を見れば、これからどんな凄惨な事件が起こるのだろうか、と真っ青になってしまうことだろう。
あるいは、少女が既に死んでしまっている、と思うかもしれない。
そんな状況の中、ワルツ達の表情は嬉々としていた。
アンドロイド(ホムンクルス?)が完成したのだ。
骨格はチタン、ニッケルなどで作られた生体に対して拒否反応の少ない合金製。
筋肉と皮膚と血液はカタリナの体細胞から回復魔法の応用で培養されたものを採用。
内臓にはワルツの体内にあるものと同じ電力変換触媒と、カタリナの体組織を培養して作られた簡易的な消化器官のハイブリッド。
眼球はズーム機能と暗視機能だけのシンプルな機能を内蔵したカメラ。
髪の毛には、耐熱性を考えたニッケルとクロムの合金。
心臓はV型2気筒エンジンのような形をした2ピストン型のポンプ。
そして頭脳には、ワルツが破損した場合などに用いられるバックアップ用の設計図から、余計な機能を取り除いて作られたニューロチップを搭載した。
つまりは、3分の1がカタリナの体細胞から出来ており、3分の1がワルツの知識から出来ているということだ。
そして、ルシアの魔力があったからこそ完成にこぎつけられたので、残りの3分の1がルシアの魔力で出来ていると言っても過言ではないだろう。
ワルツは、よくぞ1ヶ月の間にここまで来れたなと実感する。
何よりも、弟子たちの成長が凄かった。
ルシアは魔法を使うだけでなく、簡単な物理現象を理解して、魔力式粒子ビーム(荷電粒子砲?)を習得したのだが、ワルツには一体どういう原理なのか理解できない。
(金属イオンでも加速しているのかしら・・・既に応用物理や量子力学の世界ね)
カタリナはカタリナで、自身の体組織を培養して、肝臓や腎臓といった臓器を作ってしまった。
流石に老化まではコントロール出来ないみたいがだ、欠損部位の修復位なら出来るのではないだろうか。
村でも、1ヶ月の間、色々なことがあった。
村の近くにダンジョンができていると騒ぎになって、町から調査団が来たものの、誰も帰ってこなかったとか。
獲物を保管しておく倉庫の保存機能は働いていたのに、結界機能が壊れていて、アンデッドが湧いたとか。
そのせいで、倉庫の中身がダメになったので狩りに出かけたら、何故か狩人が魔法を使えるようになっていて、無双してたら今度こそ倉庫が破裂したとか・・・。
挙句の果てに、その狩人が魔力切れを起こし、2日間くらい寝込んだとか・・・それはどうでもいい話か。
なお、狩人が魔法を使えるようになったのは、死にかけた時に騎士団の魔法使いから輸血を受けたためだ。
あと二週間もすれば、また魔法を使えなくなるのではないだろうか。
それはさておき、問題は目下のアンドロイドだ。
そもそも、アンドロイドなのか、ホムンクルスなのか、判断が別れるところだが、収拾がつかないので名前で呼ぶことしたメンバー達。
まだ、起動してもいないのに、名前を付けるとは・・・相当に自信があるようだ。
「名前は何にしようか?」
「テンポ!」
ルシアが即答する。
「え?何で?」
「ワルツお姉ちゃんって、踊りの名前でしょ?だから、テンポって大事かなと思って」
(あぁ、なるほど。自分の名前から考えてくれたのね)
「テンポ。テンポとワルツ。あぁ、いいですね」
とカタリナが同意する。
すると、ワルツには拒否権は無いわけで、
「じゃぁ、テンポで」
ということに決まった。
「みんな、準備はいい?」
「うん」
「はい」
この1ヶ月の成果が遂に試される。
「では、起動します」
そう言ってワルツは起動用シグナルをテンポの頭脳に送信した。
・・・
沈黙が流れる。
・・・
5分が経過した。
「もしかして、失敗した?」
ルシアが、少し泣きそうな顔をして言う。
「いえ、テストもチェックも完璧だったはず」
そう言うのはカタリナだ。
となると、原因はワルツにある気がするのだが、
「今のところ、機能に問題はなさそうね。私も初めてだから何が起こるかは分からないけど・・・まぁしばらく様子を見ましょう?」
と皆を宥める。
だが内心では、
(ヤバい!機能を削ぎ落したのが拙かったかしら?!)
などと考えていた。
しばらく経っても起動しないので、今日は一日様子を見て、ダメだったら分解チェックということになった。
その日の夜、皆が寝静まったのを見計らって一人、工房に戻る。
目の前には未だ動かないテンポ。
ワルツはテンポの頬を愛おしそうに撫で・・・そして、千切れない程度に強引に引っ張った。
「わたたたたぁぁぁぁ!!!」
痛みに耐え切れなくなったのか、飛び起きるテンポ。
そう、彼女は既に起動していたのだ。
どうして分かったのか?
なぜなら、ガーディアンは寝ないのだから。
つまり、起動した時点で「壊れている」か「寝たふりをしている」かのどちらかしか無いのだ。
その上、システムチェックに問題は無かった。
ならば「寝たふりをしている」しかあり得ない。
「いつまで寝てるのよ!」
そう突っ込まざるをえない。
「おへぇはわひほひへふ!(お姉さま、酷いです!)」
「貴女がいつまでも寝てるからよ!ルシアが泣きそうになってたじゃない!」
とりあえず、文句を言っておく。
あと、何を言っているかわからないので、とりあえず手を離した。
テンポは寝起きのような眠そうな半眼、所謂魔法使い面(?)をして抗議する。
「だ、だって、知らない人ではないですか。ガーディアンの存在を知られてもいいのですか?」
などと言うのテンポ。
そう、彼女はワルツの頭脳の複製故に、思考はガーディアンだ。
それも、個人の記憶が全く無いの状態の、だ。
一応、認知機能、言語機能、運動機能、基本的な知識程度など普段の生活に困らない程度のデータのコピーは行われている。
そのデータの元となったのはワルツの頭脳なので、テンポはワルツのことを認識できるのだ。
だが、ルシアやカタリナの記憶はコピーしなかった。
なぜなら、すべての情報をコピーしてしまうと、出来上がるのはワルツの完全なコピーだからだ。
新しい個を持った別人を作るために、不完全なコピーを行ったのだが、どうやら、ガーディアンとしての知識が枷になって、起動できていても態度を示せなかったようだ。
そもそも、ガーディアンはその存在自体が隠蔽されるべきものとして作られているので、他の人間とは極力関わりを持とうとしない。
故に、人間から見ると、コミュニケーションを積極的に取ろうとしない所謂コミュ障に見えるわけだ。
起動したばかりの彼女も、おそらくはルシアとカタリナという人間を見て、自身の正体を隠そうとしたのだろう。
だが、何を隠していいのか分からなくなり、結果、何もできなくなってしまったのだ。
(それにしても、私と二人きりなのだから起きてもよさそうだけど・・・)
思っても口にしないワルツだった。
まずは異世界に転移してしまったことから説明すべきだろう。
「まず、ここは地球じゃないわよ?」
異世界転移した現代人に説明するように、テンポに今までのことを説明していく。
しばらくして、
「つまり、私は彼らの教材として作られたわけですね」
と、すこし刺があるが、自分の立場を理解したテンポ。
「要約すると、そういうこと」
ワルツのその言葉に、明らかに嫌そうな表情をするテンポ。
「はぁ、分かりました」
随分態度が悪いな、本当に私のコピーかしら?と思うワルツだった。
こうして、次の日の朝、ルシアとカタリナ、そしてテンポの顔合わせが実現した。
「はじめまして、テンポです」
「はあ・・・」
少し引き気味のルシア。
朝が弱いということもあるが、
「(えーと、いきなり挨拶されるっていうのも・・・確かに名前をつけたのはわたしだけど・・・そういうものかな・・・)」
名づけたことを言ってもないないのに、向こうから名乗られると何か違和感があるが、そういうものだと納得しようとしているルシア。
それとは対称的に、
「よろしくお願いします。私はカタリナです」
と礼儀正しく挨拶をするのはカタリナだ。
「ルシアです。よろしくお願いします」
ルシアも慌てて挨拶をした。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
素直に挨拶を返すテンポ。
どうやら、3人とも仲良くやっていけそうだ。
ところで、現時点で二つほど問題が生じている。
一点目は、テンポの服が無いこと。
今はカタリナの服を借りているのだが、絶対的に足りない。
なので、近々、町に買いに行く必要がありそうだ。
二点目の問題。
これは直近の問題だ。
朝食をどうするか。
(「もう一人増えちゃった!」、と酒場の店主にねだってもいいのかしら・・・。というか、そろそろ、自炊しないと色々と拙い気がする・・・。それに、ルシアにしても、カタリナにしても、花嫁修業は必要よね・・・。って、そんなことはどうでもいいんだけど、とりあえず、直近の食事の問題よ!)
と、悩む事が多いワルツ。
そもそも、選択肢など無いのだが。
というわけで、もう一人分の食事の追加を酒場の店主にお願いしに来た。
ついでに、店主(村長)にテンポを紹介する。
「はじめまして、テンポです」
すると、酒場の店主がフリーズする。
(ん?)
どうやら何かスイッチが入ったらしい。
酒場の店主の顔が赤くなる。
「お、おう。酒場の店主兼村長をやっているニコラだ。よろしく頼む」
何やらいつもの覇気がない。
(というか、自分たちが来た時は村長だとかニコラだとか紹介しなかったじゃない・・・。まぁいいわ)
「ん?変な人ですね。風邪でしょうか?」
とテンポが言葉を発する。
(いや、変な人ですね、は拙いでしょ?)
テンポの発言に、あたふたするワルツ。
「あぁ、悪いな、心配してくれて」
そう言って、更に顔を赤くする店主。
これから繰り出されるだろう容赦の無いテンポの言葉で、このままだと、店主の心が魔法でも修復不可能な大やけどを負いそうだったので、ワルツは話題を切り替えることにした。
「というわけで、もう一人増えちゃったんですけど、一人分の食事を追加してもらえますか?」
「もちろん。一人や二人増えたくらいじゃ何も問題ないぜ」
本来ならこの辺で「ガハッハッハ」などと笑うはずなのだが、今日は笑わない。
むしろ、ダンディーフェイスでニヤリとほほ笑み、歯が輝いている。
(これは・・・もう手遅れね・・・)
こうしてワルツは自分とテンポの扱いの違いにもどかしさを感じつつも、もう一人分の食事の確保に成功した。
ついでに厄介事も増えたのだが、果たしてどうなることやら。
タイトルナンバー入れるの忘れてた・・・
分離コンバート済み




