1.3-04 アルクの村の工房4
2019/10/2 大修正
「アンドロイド?ホムンクルス?なにそれ……」
「アンドロイドっていうのは、人型の機械ね。で、ホムンクルスっていうのは人造人間。違いがあるとすれば……生きてるか生きてないか、ってところかしら?」
ワルツは首を傾げるルシアに対し説明した。ルシアにとっては、アンドロイドも、ホムンクルスも、初めて聞く単語だったらしい。
一方、カタリナは、ワルツの発言に表情を青くする。
「ホムンクルスって……あの、沢山の人間を犠牲にして作る極悪非道の人工生命体のことですよね?」
「あ、極悪非道なのね……」
どうやらホムンクルスを作ることは、この世界では忌避されていることらしい。
「えっとね、カタリナ。そんなに心配しなくても良いわよ?多分、大量殺戮的な事をするんじゃないか、って考えるかも知れないけど、人を犠牲にしてまで作るなんて頭のおかしいことしないから。私が考えているアンドロイドっていうのは、人の構造に限りなく近い……まぁ、人形みたいなものよ」
「人形……ですか?」
「そ、お人形さん。身体の骨格や筋肉、頭脳とかは、機械で作るつもりだから、人形と違って動くけどね。カタリナが協力してくれるなら、一部を生体部品にして、人と見分けが付かないくらい綺麗に作れるはずよ?」
「ちょっと想像が付きません……」
「そりゃそうでしょうね。でも、そんなに複雑な話じゃないわ?難しくて重要な部分は私が作って、一部、2人に手伝って貰うって感じ。上手くいけば、ルシアは私から科学——じゃなくて魔法について学べるし、カタリナも人の構造や働きについて学べるはずよ?(それに、半導体部品の生産設備を作らなきゃならないから私のためにもなるし……一石三鳥ね)」
と、深くは考えずに脳裏でほくそ笑むワルツ。なお、言うまでも無いことかも知れないが、これがまた、とんでもない厄介事を引き寄せることになる。
「ただし、簡単、というわけでもないわね。それなりには努力しなければならないと思うわよ?それでも作りたい?今ならまだ、拒否できるわよ?」
ワルツは笑みを浮かべながら最後の確認をした。
それに対する2人の返答は——、
「うん!お姉ちゃんといっしょなら何でも出来る気がする!」
「はい。それで救える命があるのなら」
——文字通りに即答。2人に悩んだ様子はまったくなかったようだ。
「おっけー。じゃぁ、やりましょっか」
こうして、ワルツパーティーの今後の方針が決定した。……そう、彼女たちは、アンドロイド——もといホムンクルスを作ることになったのである。
……そのはずだった。
「じゃぁ、まず、工房を作るところから始めましょっか。欲しかったのよ、工房」
「えっ……工房を作る?」
「ここではダメなのですか?」
いま暮らしている家があるというのに、いったい急に何を言い出すのか……。ルシアもカタリナも、顔に疑問が浮かんでいた。ホムンクルスを作ると言っておきながら、次の言葉は工房作りだったのだから、2人とも訳が分からず混乱してしまったようである。
「えぇ、ダメね。場所が狭いっていうのもあるけど、2人以外に情報を漏らしたくないっていうのあるし、それに何より……ここ埃だらけで汚いから細かい作業は出来ないと思うのよ」
「汚いって……そうかなぁ?拭き掃除をしたから、そんなに汚れないと思うけど……(もしかしてお姉ちゃん、そのへん厳しい?)」
「……何か考えがあるんですね?」
それぞれに首を傾げる狐娘たちを前に、ワルツは口元を小さく上げると……。重力制御を駆使して、目の前の空間を歪ませた。
それは重力レンズ。透明度の高いガラス玉が簡単に用意できない現状、すぐには虫眼鏡を作れなかったので、彼女は虫眼鏡の代わりができる超重力フィールドを作り出したのだ。
彼女が作り出したレンズは、合計5枚。手のひらサイズのそのレンズは、軸線を重ねながら、空中でゆらゆらと揺れ……。間もなくしてピタッと停止する。
「これに触れないでね?すごく危ないから」
重力レンズは、光を曲げるほどの超重力を空間に掛けることによって作られていた。そのために、少しでも触れれば、体ごと引き寄せられ、見えない力によって潰されてしまうのである。尤も、最悪の事態を考えたワルツによって、レンズの表面に斥力場が張られていたので、触れようとしても簡単に触れられないはずだが。
「あの……これって何ですか?」
「なんか水が浮いてるみたい……」
「これはねー、顕微鏡ってやつよ?目には見えないくらい小さなものを観察するための道具ね。ま、詳しい説明は追々するわ?じゃぁ、とりあえずカタリナから。ここに立って、このレンズの向こうを覗いてもらえるかしら?ほら、ここからこんな風に」
「これ、レンズなんですね……。ガラスでも水晶でもなくて……なんというか不思議です」
「まぁ、そういう魔法だと思って貰えると助かるわ?……さて、カタリナ。この世の真実を見る準備はできた?神さまにお祈りは?部屋の隅でガタガタ……まぁ、それはいっか」
「えっと……そんな大それたものが見えるんですか?」
ワルツの言い回しがあまりに怪しかったためか、怪訝な表情を浮かべるカタリナ。
対するワルツは、どこか遠い視線を窓の外へと向けながら、意味深げな発言を口にする。
「そうね……。世の中には知らなければ幸せだったのに、って思うことがいっぱいあるのよ。あー、あれよあれ。深淵を覗くと、深淵もこちらを覗いてる、ってやつ」
「はあ……」
「通じなかったか……。まぁ良いわ。さぁ、カタリナ?覗いてみて?」
「…………」
カタリナはワルツに言われた通り、元僧侶らしく祈りを捧げた。なお、祈っていた対象がワルツだった理由は不明である。
「(やっぱこれ、更生プランを考えた方が良さそうね。早くなんとかしないと……)」
ワルツは内心で溜息を吐いた後、あらかじめ寝室から持ってきていたシーツを手に取った。ちなみに、自分とルシアが寝ていた方ではなく、カタリナが寝ていた方である。
その間、カタリナは、ワルツに言われた通り、レンズ越しに何も無い空間を覗き込んでいたようである。彼女の表情にクエスチョンマークが浮かんでいたのは、歪んだ景色以外に何も見えなかったからだろう。
その様子に目を細めてから——、
「じゃぁ行くわよ?」
——ワルツはカタリナが使っていたベッドのシーツを、レンズの下に置いてピントを合わせた。
「あっ、これからだったんですね。……へぇ……。すごいですね?糸のようなものがたくさん見えます。これが布……」
「えぇ、そうよ?ちなみに、今やってるように魔法(?)で空間を歪めてレンズを作らなくても、ガラスで作ったレンズを組み合わせても同じようなことができるわよ?」
と、顕微鏡についてワルツが説明していると……。ここまで大人しくしていたルシアも、カタリナの言葉に触発されたのか——、
「ねぇ、お姉ちゃん?私も覗きたい」
——と言い始める。
「あのね?ルシア。今から多分、すごく嫌な思いをしなければならないと思うのよ。だから、貴女は今のうちに心の準備をしておいてもらえる?理由はすぐに分かるわ?カタリナが今から良いリアクションを見せてくれるはずだから」
「えっ?」
ルシアが怪訝な表情を浮かべたところで……。いよいよ、カタリナが深淵を覗く時間がやってきた。このとき顕微鏡の倍率は虫眼鏡程度。それほど高くはない。
ワルツは巧みにレンズを操り、顕微鏡の倍率を上げながら、同時にピントの調整を行っていった。その結果、今まで見えなかった者たちの姿が段々と見えてくる。
「へぇ……糸自体も細かい糸で出来て……ひっ!な、な、な、なんですか、この生き物は?!虫ぃ?!」
遂に見てはならないものを見てしまったらしく、カタリナは全身の毛を逆立てた。
彼女の視線の先にいたのは、8本足の虫のような生き物。それがシーツの繊維の隙間で蠢いていたようだ。それも何匹も。
「これはダニ。いわゆるイエダニってやつね(まぁ、この世界のダニの名前なんて知らないけど……)」
「ダニ……。私……こんな虫と一緒に寝ていたんですか?」げっそり
「まぁ、ね。定期的に天日干ししていれば、そのうちいなくなるわよ?……きっと」
煮え切らない発言を口にした後。ワルツは、次なるターゲットに視点を移した。
「じゃぁ、ルシア?覚悟は良いかしら?さっき見たいって……言ってたわよね?」
「……見なきゃダメ?」
「いいえ?もちろん、無理に、とは言わないわ?」
「……分かった。見る」
「じゃぁ、はい」
ワルツはそう言ってルシアに重力顕微鏡(?)を覗き込ませた。
「……うわぁ」
最初の内は、虫眼鏡程度の倍率だったためか、先ほどのカタリナと同じく、ルシアも感嘆の声を上げた。
しかしそれもここまでの話。重力顕微鏡の倍率が段々上がっていく。
「…………?…………?!?!」びくぅ
ルシアの尻尾が、竹箒のごとく、パンパンに膨れ上がる。どうやら彼女も、見てはいけないものを見てしまったらしい。
結果、揃ってゲッソリとした表情を浮かべていた狐娘たちを前に、ワルツは満足げに説明を始めた。
「二人とも分かった?この世界には、目では見えないほど小さな生き物とか埃とか塵とか、すっごく沢山あるのよ。その辺にいる魔物や人間なんかよりも、さっきみたいな小さな生き物の方が圧倒的に多いんだから。今はシーツを拡大したけど、その辺の机や椅子にも、目には見えないけど埃とかが沢山付いてるはずよ?」
と、ダニが付いているとは言わずに、目には見えない世界の姿を説明するワルツ。
それから彼女は、何やらハッとした表情を浮かべると……。次の瞬間にはニヤリと怪しげな笑みを浮かべて、カタリナに向かってこう口にする。
「ねぇ、カタリナ?人間って言う生き物は、1つの生命体なのかしら?」
「えっと……ワルツさんの質問の意図が掴めないのですが、そのような言い方をするということは……つまり人は……いえ、まさか……」
「気付いた?まぁ、そういうことよ?ちょっと血を貰うわね?」
ワルツはそう口にすると、カタリナの手を取り、プチッと小さく針のようなものを突き立てる。すると、カタリナの指から、小さく血が滲み出てきた。
「っ!」
「ごめんごめん。痛かった?」
「い、いえ、驚いただけです。えっと……もしかして血を観察するんですか?」
「そうよ?あ、だけど、気持ち悪い、とか思っちゃダメよ?生き物っていうのは、すべてが同じように出来てるんだから」
そう言ってワルツはカタリナの指の先に、重力顕微鏡の焦点を合わせた。その内側をカタリナが覗き込む。
「……なんですか?この粒……」
拡大していくに従い、赤いはずの血が透明に変わり……。その中に浮かんでいる赤い粒子の姿が、カタリナの目に映る。
「それは赤血球。他にも血小板や白血球、マクロファージとか、色々な種類の粒が集まって血が構成されているわ?そしてその一つ一つの粒が生きてるの。つまり人間っていうのは、生命の集合体。この世界にいるかどうか分からないけど、ものすごく小さなスライムが集まって、人の形をしている、って考えて貰えれば良いわ?」
「スライム?魔物のスライムですか?」
「(あ、いるのね……)そうよ?で、病気になるっていうのは、身体の外から小さな細菌やウイルス……まぁ、小さな魔物が身体の中に入り込むからよ?身体が外から入ってきた異物と戦うから、熱が上がったり、咳が出たり、色々な症状がでるのよ」
「……よく分かりました。なんというか……この数分で、見える世界が変わったような気がします」
「そう。それは良かったわ?というわけで、この世の大半の生物が、こんな小さな細胞の集合体でできているのよ。人間も、魔物も、昆虫も、植物も……」
「えっ?植物もですか?」
動物だけが細胞の集合体だと思っていたのか、カタリナは植物も同じだと聞いて目を見開く。殆ど動くことのない植物も小さな生命の集合体で出来ているとは思えなかったらしい。
そんなカタリナの反応にワルツは思わず苦笑する。
「今度、いつでも観察できるように、顕微鏡を作っておくわ?試しに色々なものを覗いてみると良いわよ?勉強にもなるし……。ルシアもね?」
「えっと……ありがとうございます」
「う、うん……ありがと……(さっきみたいに虫が見えるのかなぁ……)」
「2人とも弟子入りしたんだし、そのくらい何てことは無いわ?あ、だけど、明るいものは絶対に覗いちゃダメよ?レンズを太陽とか明るいものに向けると——」
ジュッ……
「——こうなるから」
ワルツが重力レンズを使い太陽光を集めると、その場にあった机の表面が焦げた。その現象を初めて見たためか、ダニを見てからと言うもの、表情が芳しくなったルシアの目に輝きが戻る。
「今の魔法?」
「魔法……ではないわね。私は科学って言ってるけど、この世界では錬金術って言うはずよ?とにかく、こんな感じで危ないから、間違っても太陽を覗いたりしないようにしてね?」
「分かりました。注意します」
「うん。私も注意する」
「お願いね。……ってわけで、顕微鏡を使った説明は終わりよ?こんな感じで、世の中には、見えない埃とか小さな生物とかがいるから、ちゃんとした工房を作って作業をしなきゃならないのよ。私たちがこれからやろうとしていることは、そんな小さな存在が邪魔になって失敗するかも知れないくらい、高度でデリケートなことなんだから」
ワルツはそう言って説明を締めくくった。そんな彼女の言葉を聞いていたルシアとカタリナは、ワルツの言葉の重さに気付いたらしく、真面目な表情を浮かべて頷いていたようである。
こうして3人の工房製作が始まった。




