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1.3-05 アルクの村の工房5

2019/10/4 大修正

 顕微鏡を使って、この世界の真実(?)について説明した後、ワルツはカタリナが使える魔法について教えて貰った。その結果は、以前見せて貰った通り。元僧侶だったカタリナは、回復魔法の使い手だった。


 ただし、彼女が使える回復魔法は、万病や大怪我にもに効く超魔法というわけではなく、傷口を塞ぐ程度のことしかできないのだという。それも、"怪我"という事象を無かったことにするのではなく、体細胞の活性化と分裂を促すことで、生物学的に傷を修復するという補助的な魔法らしい。ゆえに、既に死んでしまった細胞を元に戻すことは出来ず、一旦、生命活動を停止してしまった対象に回復魔法を掛けても効果は無いのだとか。なお、古傷については、一旦傷を付け直す事で、綺麗に修復できるそうだ。


 そしてもう一つ、カタリナには使える魔法があった。——結界魔法である。


 この世界の一般的な結界魔法は、透明なガラスの"壁"のように働くいわゆるバリアのようなものではないようだ。魔法で固い革の鎧を作って、対象の表面を覆うようなものなのだという。そのせいか、限界を超えて力を加えると、本物の革の鎧のようにメリメリとめり込んで、最後には術者の身体を傷づけることになるのだとか。柔軟性を持っているためか、バリアのように割れることはないらしい。


 ちなみに、この結界魔法が掛けられる対象は、人だけに限らず、何にでも掛けられるという話だった。もちろん、サイズが大きくなればなるほど、消費する魔力の量は増えて、術者に負担が掛かるものの、莫大な魔力があれば原理的には惑星全体を覆うことも可能なようだ。なお、魔力の供給を止めるとすぐに効果が無くなるので、ガラス瓶などの脆い物体の保存には使わず、専ら輸送中などで壊れる危険がある場合にのみ使われるのだとか。


 そんなやり取りをしている内に、あっという間に日が暮れる。その夜の食事はもちろん、酒場の賄い料理。この日もジューシーな肉料理が振る舞われた。


 そして、次の日の朝。


「うん、最高の工房建築日和ね」


 青空に浮かぶ太陽のように、ワルツの表情は輝いていた。自身のシステムを修復するためにも半導体製造設備は欠かせなかったので、やる気満々だったのだ。


 朝食を取り終えた後、ワルツはルシアとカタリナを連れて、3人で外へと出かけた。行き先はいつもの裏山(?)。そこでいつも通りに採掘をする気のようだ。


「工房の素材、何で作ろうかしら?」


「木じゃないの?」


「木はすぐに腐っちゃうし、虫に食べられちゃうし、隙間が多いから今回は無しよ?いやね?今の家の地下に作ろうと思うのよ。そこなら誰かに見られる心配も無いし、好き勝手出来るかな、って思って」


「そっかぁ。じゃぁ……鉄?」


「そうね……今回の場合だと、鉄しか無いと思うわ?」


 というワルツとルシアの会話を聞いて、何故かカタリナが驚いた。


「鉄で工房を作るんですか?工房を作れるくらいの量の鉄って……すごく高く付きますよね?」


 どうやら彼女は鉄の金額を気にしているらしい。


「買ったら高いけど、自分たちで作るからタダよ?タダ」


「自分たちで……作る?鉄をですか?」


「そ。カタリナにも作り方を教えるわ?本当はセメントとかがあれば良かったんだろうけど、石灰を取りに行くのがちょっと面倒なのよね……。海に行けば大量にあるでしょうけど、かなりの量が必要になるし、品質だってそんなに良くはないだろうし……。だからといって化学的に調整するにも、廃液の処理とか現状じゃ無理だし……」


 この際、海の近くに工房を構えても良いのではないか……。ワルツは一瞬そんなことを考えたようだが、酒場の店主に用意される食事の価値と、海の近くに工房を構えるメリットとを天秤に掛けた結果、アルクの村に工房を構えることにしたようである。


「ま、面倒くさいから鉄で作りましょ?」


「お姉ちゃんの面倒の基準って、なんかよく分かんない……」

「えぇ……」


「ん?何か言った?」


「「…………」」ふるふる


「そう……。まぁ、いいけど……」


 そんな会話を交わしている内に、一行は、以前鉄を採掘したことのあるポイントに到着する。


「カタリナ?いまからここで鉄鉱石を掘って精錬するから見ててね?そんな難しいことはしないから、見ているだけでも分かるはずよ?」


「本当に作るんですね……」


「だって買ったら高いし、純度も低いくず鉄だし……」


「くず鉄って……分かりました。では是非、作り方を教えてください」


「えぇ、良いわよ?……じゃぁ、ルシア?手伝って貰えるかしら?」


「うん、任せて!」


 そしてワルツとルシアは、これまで通りに、重力制御システムと土魔法を使い、鉄の採掘を始めた。山に穴を開け、鉱脈を削り、赤い鉱石を次々と穴の外へと運び出していく……。


 2人の作業風景は、カタリナにとって、やはり驚愕に値するものだったようだ。そんな彼女の表情は、時間が経つにつれて深刻なものへと変わり……。ついには眉間にしわが寄り始めていた。


「(こんなにもすごいことが出来る人たちのパーティーの中で、私が出来る事って、一体何があるのでしょう……)」


 強力な魔法を駆使して、一瞬で地表に大穴を開けるルシア。そして、見えないベルトコンベアのごとく、重力制御システムを使い穴底から鉄鉱石を運び出すワルツ。そんな2人の行動は、まさに非常識。カタリナの予想を大きく超えたものだったためか、彼女は不安に駆られてしまったようだ。


 そんなカタリナの心配を知ってか知らずか。ワルツたちは次の段階へと作業を進める。


「それじゃぁ、木炭を作って、精錬するわよ?」


 ワルツが周囲の木々を伐り取って宙に浮かべ……。それをルシアが火魔法で加熱する。すると、木々は、白煙を吹き出しながら、みるみるうちに黒く変色し、木炭へと変わっていった。


 出来上がった木炭を粉々にすると、それを採掘した鉄鉱石と混ぜ合わせ……。ワルツとルシアの2人で精錬を行う。


 その瞬間、周囲を圧倒的な熱量が包み込んだ。誓うの地面にあった草木は焦げ、飛んでいた虫は背中の羽を失い地面へと落下する。


 すこし離れた場所で見学していたカタリナも、突然の熱量に眉間のしわを深くするが……。ワルツとルシアはいつものことだったので、途中で作業を中断すること無く、精錬作業を進めていった。


 そして——、


「はい、完成」

「ふぅ……。この前よりは暑くなかったかなぁ(多分、腕輪のおかげだね)」


——先日の精錬作業のように、ドロドロに溶けて真っ白に輝く鉱石が、縞模様を見せながらオベリスクのようにそびえ立つ。ワルツが掛けた超重力によって、鉱石に含まれていた成分が分離されたのだ。


 その柱に向かって、ワルツは指をさした。


「この辺が鉄で、この辺がオリハルコン。そしてここは銅と……あとこっちはシリコンだったわね」


「よく見ると他にも所々に縞模様があるけど、ここにも何かの成分があるんだよね?」


「えぇ、そうよ?でも、殆ど量は含まれてないから、たくさん切り出して集めない限りは使えないけれどね。私としては、クロムが欲しかったんだけど……この中には殆ど無さそうね」


「クロム?」


「鉄に少し混ぜておくと全体が錆びにくくなる金属よ?今回の場合、精錬した鉄は、地下の外壁に使うつもりだから、地下水とかで錆びる可能性があるのよ。それを防ぐために、クロムが必要になるの」


「ふーん。私にはよく分かんないけど、確かに錆びるのは嫌かな?」


「えぇ、錆びちゃうと困るのよ。だから、近いうちに、クロムを探しに火山に行こうと思うわ?火山がある場所の地層になら、多少なりとも含まれてるはずだから」


 ワルツはルシアに対してそう言ってから……。今度はカタリナに向き直る。


「って所までが、精錬の一連の作業よ?カタリナ。あとはこんな感じで——」


ブチブチッ


「——っと、成分ごとに切り分けてインゴットにしたら、冷やして完成よ?」


「…………」あぜん


「……カタリナ?大丈夫?生きてる?」


「……すみません。ちょっと夢を見ていたみたいです」


「いや、夢じゃなくて現実だからね?」


「……正直、信じられません。機材も何も無いのに、魔法だけで精錬してしまうなんて……」


「私たちの所ではこれが日常よ?むしろ、これから悪化……じゃなくてより高度になっていくんだから」


 どうやらワルツにも、自分たちの行動がこの世界の常識から外れている、という自覚はあるらしい。尤も、それを知っていても、ブレーキを掛けるつもりは無いようだが。


「今日一日はこんな感じで精錬作業を続けようと思うのよ。ルシアは大丈夫?」


「うん、全然平気。このまえ買った腕輪のおかげだと思うんだけど、全然熱くないし……それにまだまだ魔力は残ってるから」


「そう。じゃぁ、引き続きお願いね?カタリナはどうする?」


「……精錬の作業には加われそうにないので、この溶けた金属を観察していても良いですか?」


「えぇ、良いわよ?火傷しないように気を付けてね?」


「分かりました」


 カタリナが首肯したことを確認した後、ワルツとルシアは精錬作業に戻って行った。2人は、再び山を削り始める。


 その間、カタリナは、未だ熱を持っていた金属に近寄り、じっくりと観察することにしたようだ。彼女の目に留まったのは、長さ30cm程度の長さに成形されたインゴット。それも、その場に置かれていた金属の中で最も高価なオリハルコンだった。


「…………」


 なぜ、彼女の目がオリハルコンに留まったのかは分からない。魔道具と関連が深かった金属だったので自ずと引き寄せられたのかも知れないし、あるいは、そこにあった金属の内、最も熱そうに見えたからかも知れない。


 ただ確実に言える事は、彼女はオリハルコンのインゴットに強い興味を持った事である。彼女は、何を思ったのか、その白い指先を、赤熱するインゴットへと伸ばして——


「あっ……まだ柔らかい……」


——なんと、普通に触れて、変形させてしまった。


 彼女は手に結界魔法を掛けて、インゴットから伝わってくる熱を遮断したようである。魔法で作り出した結界は、普通の物質と異なり加熱しても熱を伝導しないので、結界越しなら赤熱するインゴットに触れても火傷することはないようだ。


 結果、安全にインゴットを変形させることに気付いた彼女は、思い切ってインゴットを引き千切ると……。まるで粘土細工のように加工を始めた。


「(これ楽しい……)」


 初めての経験だったためか、カタリナの手は嬉しそうに動いていく。彼女が気付くと、色々なものが出来上がっていた。コップ、皿、花瓶、さらにはクマの人形などなど……。


 そして、彼女がバングルを作って、完成した辺りで——、


「えっと……カタリナ?それ、何やってるの?」


——ワルツがカタリナの行動に気付いて、声を掛けてきた。その際、ワルツが呆れたような表情を見せていたのは、彼女から見る限り、カタリナの行動が非常識極まりないものに見えたためだろう。


「っ!」


 ワルツに急に話しかけられたカタリナは、ピタリと固まってしまった。最初は興味本位で触っていたものの、気付くと粘土細工をするように遊んでいたのである。それを咎められても仕方が無い……。我に返ったカタリナは後悔した。


 しかし、ワルツは、カタリナの行動を咎めようとはしなかった。


「貴女のそれ、すごいわね?」


「えっ?」


「素手で金属を加工するとか、聞いたこと無いんだけど……もしかしてカタリナって鍛冶にも精通してたりするの?それとも、この辺だと当たり前のこと?」


 と、ワルツが口にすると、ルシアが全力で首を横に振る。やはり、赤熱する金属を素手で加工するのはカタリナだけの事らしい。


「えっと……ごめんなさい!気付いたら作っちゃってました」


「いえ、謝る必要なんて無いわよ?私たち、金属を精錬するまでは良いんだけど、細かい加工とは出来なくてさ?カタリナがその辺のことをやってくれるなら、すごく助かるかなって思って。だけど、その様子だと、鍛冶の仕事をしてた、ってわけじゃなさそうね?」


 ワルツの言葉を聞いたカタリナは、咎められなかったことに安堵して、小さく息を吐いてから……。自身の事情を話し始めた。


「……はい。小さい頃から、粘土細工や陶器づくりは好きだったんですよ。もちろん、実家が鍛冶屋だったりはしません。完全に趣味の範疇です。実は……この溶けた鉄を整形するというのは、今日が初めてで……」


「えっ……じゃぁ、火傷するかも知れないのに、溶けた金属に触ったってこと?多分、結界魔法を使ったんだと思うけど……溶けた金属を触るのって、相当、危なかったんじゃない?」


「……皆さんが作業をしているのを見ていて、自分にも何か出来ないか、って考えたんです。それで、思い付いたのが、結界魔法の使い方でした」


「結界魔法の使い方?」


「はい。結界の強度が足りなくて、打撃や斬撃、爆発といった攻撃を防げない事はあったんですが、威力の伴っていない攻撃で結界魔法を抜かれた事はありませんでした。なら、ゆっくりと触れる分には、結界が壊れることは無いんじゃないか、と気付きまして……」


「そう……(斬撃で切れるっていうのは分かるけど、打撃や爆発でも結界が壊れるって……どういうことなのかしら?斬撃の"線圧力"と、打撃の"面圧力"じゃ、受けるエネルギーの扱いって全然違うわよね?しかも、熱だってエネルギーを与えるという意味では、他の攻撃と違いは無いと思うし……なんか複雑なルールがありそうね)」


 と、カタリナの言葉から、結界魔法の特性を予想しようとするワルツ。しかし、現状では情報が不足していたためか、有意な結論が出るには至らなかったようだ。


「分かったわ。まぁ、でも、結界魔法で熱から身体を守れるからと言っても、絶対に"あいるびーばっく"ごっことかしたらダメよ?」


「えっ?あいるびー……」


「……溶けた鉄とか、溶岩の中で泳いじゃダメ、ってこと。まぁ、そんな恐ろしいこと、やらないとは思うけどさ?」


 ネタが伝わらなかったためか、ワルツの言葉を聞いたカタリナは怪訝そうな表情を浮かべたようである。それでも、ワルツが言いたいことは理解出来たのか——、


「……分かりました。気をつけます」


——カタリナはそう言って、首肯するのだった。


 なお、このときカタリナが作ったオリハルコン製の腕輪が、後に世界を巻き込むほどの騒動の中心になるのだが……。この時点でそのことを予想できていた者は、本人を含めて誰一人としていなかったようだ。


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