1.2-38 町での出来事29
「やばっ……」
草むらの上に、青白い顔色をして、力なく横たわる狩人。そんな彼女の様子を目の当たりにして、ワルツは思わず頭を抱えてしまった。遠くから眺めていないで、すぐに戦いに参戦していれば、こうはならなかったのではないか……。彼女はそんな後悔の念に苛まれていたようである。
「これ……このままだと、間違いなく死ぬわ……」
「うん……」
「そうですね……」
と、ワルツの判断に同意見だったためか、重々しく頷くルシアとカタリナ。
そんな2人の前で、ワルツは一歩進み、狩人の側にしゃがみ込むと……。彼女の首に手を当てて、今なお流れ出ていた血がこれ以上流れないように押さえ始めた。
そしてそのままの状態を維持したまま、ワルツは回復魔法が使える2人に対して問いかけた。
「失った血って……回復魔法でどうにかなるの?」
それに対し、これまで同じ状況に陥った者を看てきただろうカタリナが返答する。
「血まではどうにもなりません。切り傷とか擦り傷とか……あるいは火傷とかなら、まだ治せるんですが……」
「そう……。ということは、切れた血管をつなぐとかはできるのね?」
「え?え、えぇ。一応、切り傷の部類に入ると思いますので……」
「それだけでもかなり便利ね。後で回復魔法のこと、詳しく教えてもらえるかしら?」
ワルツはそう言いながら、今度はその場に飛び散っていた狩人の血の一部を、重力の力場を操作して空中に浮かべて——
「……うおっ?!」ズサーッ
——どういうわけか、その場にいた騎士の一人を、自分の側へと引き寄せた。
そして彼女は、彼の手首に、自身の指を当てると——
ブシュッ!
——と小さく切り込みを入れたのである。
「?!」
「ちょっと、血をもらうわよ?」
そう言って、彼から血液を採取すると、浮かべていた狩人の血液と混ぜ始めるワルツ。
しかし——
「んー、ダメ。ルシアでもカタリナでも良いから、この人の手に回復魔法を掛けてくれる?」
——どうやらワルツの思った通りの結果にならなかったらしい。
それからも彼女は、2人、3人と、同じように腕を傷つけて、彼らから血液を採取していった。
そして4人目。
ブシュッ!
「っ!な、何をする?!」
「……うん。あなたならいけるわ。というわけで、血、頂戴?まぁ、あげないって言っても貰うけど」
ワルツはそう言って、傷つけた騎士の男性の腕に、細いストロー状の重力の力場を構築すると、そこから真っ赤な液体——血液の採取を始めた。
それをそのまま、狩人の首へと持ってきて……。そして彼女の首にできた大きな傷口から、彼女の中へと流し込み……。合計600mL程度の血液を移動させたようである。
ワルツは一体何をしていたのか……。
「んー、まだまだ足りないわね。この人、もう用済みだから、また回復魔法掛けてもらえるかしら?」
「あの……ワルツさん?」
「ん?何してるかって?」
「あの……はい……」
「輸血」
「「……ゆけつ?」」
「そ、輸血よ?この世界では一般的ではないかもしれないけどね……」
と、険しそうな表情を浮かべて首を傾げていた2人へと返答しながら、次なる騎士を選別していくワルツ。
それから彼女は、ルシアとカタリナに対して、その手を止めることなく、説明を始めた。
「人って血をいっぺんに失うと死ぬって、知ってるでしょ?」
「うん……」
「はい……」
「でも、一度、外に流れ出ちゃった血は元には戻せないじゃない?雑菌がいっぱいだし、凝固作用を起こして、すぐに固まっちゃうし……」
「だから……他の人から分け与えたというのですか?」
「そういうこと。これを輸血って言うんだけど、血には血液型っていうのがあって、混ぜたら危険な相性みたいなのがあるのよ。今、混ぜて確かめてたのは、その相性のチェックね。……神様をあがめる僧侶としては、納得できないかしら?」
「い、いえ……。それによって狩人様が助かるのでしたら、口を挟むようなことはしません。それに……僧侶と言っても私のこれは格好だけですから……」
「そう……。柔軟な考えを持つって、嫌いじゃないわよ?……おっと、この人も良さそうね」
そう言ってカタリナに笑みを見せてから、再び輸血を進めるワルツ。
対してカタリナの方は、戸惑い半分、驚き半分、といった様子で、ワルツの行動を眺めていたようだ。もちろん、ルシアもまた然り。
ただ……。為す術無く、血を抜かれるだけだった騎士たちの方は、納得できなさそうな様子だった。
中には武器を取って、ワルツたちから狩人を奪還しようとする者もいたようだが、超兵器の重力制御システムに勝てるはずもなく……。彼らは見えない壁にぶつかって、一人相撲のようなことをしていたようである。そんな彼らには、ワルツの行動が、悪魔的な所業のように見えていたことだろう。
とはいえ、それは全員、というわけではなかったようである。
ワルツが敢えて最後まで残していた一人の人物が自ら立ち上がると、彼は自身の腕を差し出しながら、こう口にしたのだ。
「……貴殿ら。血が必要なのであろう?私の血を使うが良い」
狩人に命を救われたアレクサンドロス氏である。
その申し出を聞いたワルツは、一瞬考えてしまったようである。一応、現状において狩人の血圧は、多少低いとは言え安定しており、時間は掛かるものの、彼女が自力で治癒できなくはない状況だったのだ。
そして何より、氏は、この領地を治める人物。そんな彼のことを、ほいそれと傷つけていいものではないことについては、言うまでも無いだろう
だが、彼女は、氏の次の一言を聞いて、決断することになる。何しろ彼は——
「私の名前はアレクサンドロス……ベルツ=アレクサンドロス。彼女の父だ」
——狩人の父親だったのだから。




