1.2-26 町での出来事17
チックタックチックタック……
「「…………」」
「(すごい……部屋に時計がある……!)」
重苦しい雰囲気が漂う応接間。そこにワルツ、ルシア、それに錬金術ギルドのトップであるジーンの姿があった。3人はそこで、ワルツが鑑定を依頼していた黒い金属の塊の件について、話し合うつもりでいたようである。
低い机の上に件の金属塊を置き、それを取り囲むように、窓側にワルツとルシアが、そして入口側にジーンが座っていて……。まるで金蔓たちを逃がさない、といったような雰囲気が立ちこめていたようだ。
その際、ルシアは、ギルド側の意図が分からなかったのか、滅多に見たことがない時計が置いてあるのを見て目を輝かせていたようだが、ジーンの向かい側に座っていたワルツの目が、どんな見た目になっていたかについては——どうか察していただきたい。
すると、今にも死にそうな顔になっていたワルツに対し、ギルドマスターのジーンがこう切り出した。
「……それでは早速ですが、この金属がなんなのかについてご報告いたします」
「「…………」」ごくり
藪から出るのは、ドラゴンか、魔王か……。いずれにしても嫌な予感しかしなかったワルツ。
対してルシアの方は、姉のようにネガティブな思考をしていなかったものの、金属塊が何であるのか楽しみにしていたためか、ジーンの返答を緊張の面持ちで待ち構えていたようだ。
そんな彼女たちの前で、ジーンは短くこう口にした。
「オリハルコンです」
「……もしかして、永遠の命が与えられる、ってやつ?」
「はい?いえ、オリハルコンには、そんな超魔法的な効果はありませんよ?」
「あ、そう。なら……少し安心したわ……」
「そうですか……。ワルツ様がいったい何に対して身構えておられるのかは分かりませんが、今日ここでお話しする内容は、双方にとって明るい話になるはずです」
そう言って、にっこりと笑みを浮かべるジーン。対して、ワルツの方は、苦渋の表情を浮かべながら、目を瞑ってしまったようである。どうやら彼女は、ジーンの言葉の中に、受け入れがたい”何か”の気配を感じ取っていたらしい。
そんな彼女の様子を見ても、ジーンは口を閉じることはなく、そのまま言葉を続けた。
「お二人は、このオリハルコンがどういった金属なのか、ご存知でしょうか?」
「えっとー……私は知らないかなぁ?」
「……私も知らないわね」
「そうですか。ではエンチャントというものはご存知ですか?」
「うん……」
「そうね……。昨日まで武具に行って買い物してたから、知ってるわ?」
「そうでしたか。実は、オリハルコンというものは、エンチャントをするために必要不可欠な触媒……言い換えるなら、すべての魔道具の根源とも言うべき材料なのです」
「ふーん……」
「…………」
ジーンの説明を聞いて、納得げな表情を浮かべるルシアと、いよいよ、顔色が優れなくなってきた様子のワルツ。
それが分かっていても——いや、分かっていたからこそ、ジーンは次の言葉を口にすることにしたようだ。
「……このオリハルコン、キロ2万ゴールドで買い取りましょう」
「……へ?」
「…………」
「……お気に召しませんか?なら……」
と、ジーンが買い取り価格を上げようとしたときのことだった。
「……気に入るとか、気に入らないとか、そういう話じゃないのよ……」
今までほぼ黙っていたワルツが、話し始める。
「これが価値のあるものだということは、よーく分かったわ。売ってほしいって言うなら、売ってもいいわよ?だけどね?絶対に譲れないモノもあるのよ」
そう言って目を見開いて、そしてまっすぐにジーンへと視線を向けるワルツ。
その視線には、ワルツたちの間で話題になっていた(?)プレッシャー、あるいは殺意のようなものが込められており、それを受けたジーンの方は、額に隠すことのできない冷や汗を掻いていたようである。
それでも彼は、表情を変えることなくその口を開き、ワルツに対して問いかけた。
「……それは何ですか?」
「情報の隠避と、私たちの安全の保証。誰か邪な考えを持つ人に、私たちがオリハルコンや鉄を持っていることを知られたら、どうなるか……分かるでしょ?だから、不用意に情報を漏らさないようにして、私たちに危害が加わらないように配慮してほしいのよ。それが守れるなら……オリハルコンを売っても良いわよ?」
「……そういうことですか」
最初から分かっていたのか、あるいは指摘されてから理解したのか……。顔色が悪いながらも、ポーカーフェースを保ちつつ、納得げな反応を見せるジーン。そんな彼の表情からは、何を考えているのかは読み取れず、相当な切れ者であることを伺わせていたようだ。
その結果、ワルツは、ジーンが何を考えているのかはとりあえず置いておき、ここまで進んだ話を、勢いでそのまま押し切ることにしたようである。
「で、どうすんの?私たちは別に買い取ってもらわなくてもいいのよ?ここで売れなくても、別の場所で売ればいいし、最悪、アルクの村からだって——」
「……いえ。私たちのところで買い取らせていただきましょう。もちろん、今、ワルツ様がおっしゃられた要求につきましては、その通りに飲ませていただきます。その上で、一つご提案があるのですが……定期的に鉄やオリハルコンを買い取らせていただくというのは、可能でしょうか?」
「それは、まぁ……他言無用って条件が維持されるなら、かまわないわよ?でも、この町まで持ってくるのは、ちょっと面倒だけどね?」
「そこは、当方で、ワルツ様方だけのために、キャラバンを手配させていただきます。もちろん、口が堅い者たちを集めますので、情報が漏れるかもしれない、という懸念についてはご安心ください」
「……そう(あれ……?なんか逆に、信用ならない気がしてこなくもないんだけど……)」
と、口の堅い運送業者というものが、どんな存在なのかを想像して、嫌な予感しかしなかったワルツ。とはいえ、最悪の場合は、ルシアと共に村から立ち去ればいいだけの話だったので、それもすぐに霧散してしまったようだが。




