1.2-25 町での出来事16
ワルツたちが町に来てから今日で3日目。
この日も狩人は、朝から姿を消していた。2人は、狩人が何をしているのか、薄々感じ取っていたようだが、どこで何をしているのかを問いかけることは無かったようである。
「……やっぱり狩人さん、彼氏さんに会いに行ってるのかなぁ?」
「……毎朝、すっごく気合いを入れて出かけて行ってるから……多分ね」
「そっかぁ……でも、町から出て森に出かけてる可能性もあるんじゃないかなぁ?それで、狩りをする前に気合いを入れてるだけとか……」
「いや、でも、まさか、ここまで来て、わざわざ狩りをするとか、そんなわけ……ありそうよねー」
ルシアの指摘を聞いて、否定できなかった様子のワルツ。対してルシアの方は、ほぼ確信していたようである。
そんなやりとりをしながら彼女たちが歩いていたのは、町の中でも、ギルドが立ち並ぶ、人の多い一角。向かう先は、昨日、未知の金属の鑑定を依頼した、錬金術ギルドである。
そこでワルツは、鑑定の金額によっては、そのまま売ろうか、と考えていたようである。というのも、昨日、ルシアの装備を揃えた際、ワルツの所持金だけでなく、ルシアの分まで、ほぼすべて使ってしまったので、2人には軽食を摂る程度の手持ちしか残っていなかったのだ。
あと数千ゴールドだけでいいからほしい——。今日と明日の2日間、まだ町に滞在しなくてはならなかったワルツは、そんなことを考えていたようである。
「……ごめんね?ルシア……。昨日はルシアの分のお金も全部使っちゃって……」
「ううん?謝ることなんてないよ、お姉ちゃん。だって、あれは、私の杖を買おうとして払ったお金だから、むしろ感謝しなきゃならないのは私の方だよ?お姉ちゃんの分のお金まで使って、あんなに高い杖を買ってもらったんだから……」
「そう?なら、あとで、試し撃ちに行きましょう?小さな魔法が使えるようになるといいわね?」
「う、うん……(小さな魔法の試し撃ちをするなら、町の中で撃ってもいいと思うんだけど……)」
試し撃ちをした結果、どうなるのか……。なんとなく、小さな魔法で終わる気がしなかった様子のルシア。それはワルツも同じで、町の中で試し撃ちをするのは、2人ともが敢えて避けることにしていたようである。
それから彼女たちが、しばらく道を歩いて行くと、目の前に白と黒と赤と金の目に痛い看板が見えてきた。昨日もやってきた錬金術ギルドである。
「さーて、藪から何が出るかしら?」
「……ドラゴン?」
「せめて、コモドオオトカゲみたいな、小さなドラゴンだったら対処のしようもあるんだけど……」
「えっ?」
「ううん。なんでもない。それじゃぁ、いきましょうか」
そう言って、昨日よりも重い気がする扉に手をかけるワルツ。その際、雲行きが怪しくなってきた町の空を一瞥してから、彼女は妹を連れて、建物の中へと入っていった。
◇
「すみませーん」
機動装甲をぶつけることなく、建物の中へと入って……。それからワルツは、すぐに、店の奥にいた女性の店員へと話しかけた。可能なら結果だけを手短に聞いて、その場をさっさと退散しよう、と彼女は考えていたようである。もちろん、売れるものなら、売って……。
しかしである。
彼女の目論見は、この段階から、音を立てて崩れ始めてしまったようだ。
「あ、いらっしゃいませ、ワルツ様。少々お待ちください。ギルドマスターを呼んできます」
「え゛っ……」
ギルドマスター。その言葉を聞いた瞬間、ワルツは耳を疑って狼狽えた。
鉄の精錬の際に副次的に生じた、ただ重いだけの金属の塊。タングステンでも、ウラン鉱でも、オスミウムでもない、黒く輝くその塊は、どうやらワルツの想像を超えた物質だったようだ。尤も、彼女の身体に内蔵された検出器で判別できない以上、想像できるできない以前の話なのだが……。
「ど、どうしよう?ルシア……」
「えっ?鑑定の結果を聞いて、高いものだったら売るんじゃなかったの?」
「い、いや、そうだったんだけど、まさかギルマスが出てくるとは思ってなかったのよ……。ちょっと小銭稼ぎ程度に考えてた……的な?」
「そっかぁ……。でも、鑑定の結果を聞くだけなら、なんてことはないと思うけどなぁ?」
「多分……あんまりいいことにはならないと思うのよ……」
「えっ……」
ワルツのネガティブな言葉を聞いて、ルシアが考えを改めようとした——そんなときである。
「お待たせしました。私がこのギルドで長を務めさせております、ジーンと申します。あなた様が……ワルツ様ですね?」
「いえ、違います」
「「えっ……」」
「もう帰っていいですか?」
ギルドマスターが出てくることが分かってからというもの、ほぼ全力で撤退することにした様子のワルツ。そんな彼女は、ルシアが思っているよりも、遙かに現状を深刻に考えていたらしく、可能な限り速やかに、その場から立ち去りたかったようである。
しかし、そこは、錬金術ギルドのトップであるジーンの方が上手だったようだ。
「そうですか……用事があるようでしたら、仕方ありません。後ほど、アルクの村に直接伺わせてもらいます」
「え゛っ……(バレてるぅ?!)」
「行商の方から、アルクの村に変わった姉妹がいると伺っておりますので、すぐに分かりました」
「ぐっ……(アイツらっ……!)」
内心で毒づきながらも、行商の青年の足に鉄インゴットを落としたことを思い出し、今になってそのことを後悔するワルツ。それがすべての始まりだったことを、彼女はこの瞬間確信したようだ。
こうして退路を塞がれたワルツたちは、結局、ジーンと”鑑定を依頼した金属”についての話を交わすことになったのであった。




