1.2-16 町での出来事7
カランコロン……
ガリガリッ……!
「……うん?何の音?」
「なんか……扉の建て付けが悪かったみたいよ?」しれっ
錬金術ギルドの大きな扉を開けて、その建物の中へと入るワルツとルシア。その際、彼女たちの頭上の天井に、何かを引っ掛けたような跡が生じたようだが、ワルツ曰く扉が歪んでいて、その角で引っ掛けただけらしい……。
「お姉ちゃん、もしかして……」じとぉ
「……さてと」
ワルツはそう口にすると、ルシアから向けられる鋭い視線を華麗に避けて、建物の中を見渡した。幸い、そこに、人は殆どおらず、カウンターの奥の方にギルド職員の女性が1人いるだけで、ワルツが機動装甲を入り口にぶつけたことに気づいた者は、ルシア以外にいなかったようである。
そんな彼女たちがやってきた建物の中は、ワルツの想像していた”ギルド”と、大きく異なっていたようだ。天井近くまで伸びる高い棚が、何列もひしめき合い、そこにビッシリと物が積まれていて……。その他に、事務机が数卓置かれているという、倉庫兼事務所のような見た目だったのである。いや、実際、錬金術に使う品々を保管しておく倉庫を兼ねているのだろう。
「(ギルドって、こんなもんかしらね?)」
ギルドに所属する者たちが頻繁に出入りし、そこにあった掲示板から依頼書を剥がしては、受付へと持っていく――という、異世界にありがちなギルドの光景を期待していたワルツ。しかし、その期待とは対照的に、閑散としていたその光景を見て、ワルツは少し残念に感じていたようである。
なお、このギルドに出入りする者たちは、鍛冶屋などのごく限られた業者だけである。その上、魔法が発達しているこの世界においては、科学が蔑ろにされる傾向があったので、ここに人がいなくても仕方のないことだったようだ。ちなみに、一般人にも間口が広い”冒険者ギルド”の方は、例にもれなく、今日も大盛況だったりする。
それを知らなかったためか、ワルツは怪訝そうな表情を浮かべて、こう呟いた。
「場所、間違えてないわよね……?」
「えっ?」
「ううん、なんでもない……」しゅん
ワルツはルシアに対して首を振った後で、ションボリとしながら、カウンターへと向かった。人が多くて雑踏とした場所が苦手な彼女だったが、逆に、人が少なすぎても、不安にかられてしまうらしい。
「あのー……すみませーん」
ルシアがいる手前、いつまでも凹んでいられない、と思ったのか、カウンターに立つと、奥にいた女性に向かって声を投げるワルツ。
すると、自身の事務机の上で書類整理をしていた様子の女性が、一旦その手を止めて、ワルツとルシアが待つカウンターの方へとやってきた。そして彼女は、営業スマイルを浮かべて、こう口にする。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと……金属の鑑定と買い取りって、してもらえます?」
「はい、もちろんできます。鑑定には費用がかかりますが、よろしいですか?」
「あ、はい。もちろんそれは構いません。ちなみにコレを鑑定してもらいたいと思っているんですけど、費用っていくらくらいかかるものなんですか?」
そう言って、カウンターの上に、拳大の金属を、そっと置くワルツ。その際、木製のカウンターが、ミシミシと音を立てていたのは、やはり建て付けが悪かったためか。
「こちらですか……ちなみに何処でどのようにして手に入れられたものなのかをお教えくださいますか?それよって、分析の金額が変わりますので……」
「えっと……主様に頼まれて、ただ持ってきただけなので、”何処で”という質問には答えられないです。”どのようにして”という質問については、鉄の精錬の際に出来た副産物、という回答で良いですか?」
「そうですね……分かりました。分析の金額は、概算で1万ゴールドほどになりそうです」
それを聞いて――
「い、1万……?」
――と、想像していたよりも金額が高かったためか、耳を疑ってしまった様子のルシア。
対して、ワルツの方に驚いている様子はなく、その金額で鑑定してもらうことにしたようだ。自身のセンサーでは解析不能だったので、多少お金を払っても、専門家に任せる価値があると判断したらしい。
「えぇ、じゃぁ、それでお願いします」
「かしこまりました。ではこちらの品をお借りいたしますね?」
そう口にしてカウンターの上においてあった物体を、白い手袋を身に着けて、持ち上げようとする受付の女性。
だが――
「…………?」
――彼女はまるでパントマイムをするかのように、拳大の金属を持ち上げる素振りを見せるだけで、金属がその場から動く気配は、一向に無かったようである。
「…………ぐぬぬぬ!!」ぷるぷる
「あの……無理しない方がいいですよ?これ、1つで、20kgくらいあるので……」
「…………はい?」
「いや、ですから、これ1つで20kgです。変な持ち方したら、腰、悪くなりますよ?」
「…………」
そして固まる受付の女性。彼女がなぜ固まってしまったのかについては、あえて言うまでもないだろう。
それから自身の力で運ぶことを諦めた女性は、別の部屋からギルド職員の男性を連れてきて、どうにか2人掛かりでその謎の金属を、事務所の奥の方へと運んでいったようである。彼女の話によると、今日いっぱいは、鑑定のために時間が掛かるらしく、分析の結果が出るのは明日になるのだとか。
それを聞いたワルツたちは、鑑定のための1万ゴールドを払うと、次なる目的地へと向かうために、ギルドを後にした。




