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1.2-17 町での出来事8

ブォン、ブォン!


 町に風が吹いていた。ただし普通の風ではない。およそ1秒の間隔で、左右へと吹き荒れる暴風である。その風は、街の中を歩く少女の尻尾の揺れに合わるかのように、方向へと変えていたようだ。

 より具体的に言うなら、黄色い長い髪と、それと同じ色をした立派な尻尾を持つ少女――ルシアの、その尻尾の揺れに合わせるようにして……。


「……ねぇ、ルシア?貴女、もしかしてだけど……無意識の内に風魔法使ってない?(そんなに服屋に行くのが嬉しいのかしら?)」


「えっ……?」


 姉の指摘を受けて初めて気づいたのか、ハッとした様子で辺りに視線を向けるルシア。

 するとそこには、窓に掛けてあった洗濯物が空へと吹き飛び、家のドアが本来開くはずのない方向に開いて、そして、建物にしがみついて飛ばされまいと必死になっている人々の姿が……。


「うわぁぁぁぁぁ!!」

「飛ばされるーー!!」

「たっ、竜巻かっ?!」


「…………ひっく」ぶわっ


「まぁ……たまには突風ってあるわよね?」


 その光景に気づいた途端、目尻に大粒の涙を浮かべ始めたルシアの姿を見て、彼女の肩に手を当てながらそう口にするワルツ。

 それから彼女は、不意にルシアの手を掴むと――


「……おっと、これはセールの予感!」


――と謎の発言を口にして、そして走り始めた。


「ちょっ……」


「(に、逃げるわよ!ルシア!)」


「えっ……」


 どこか戸惑うような表情を見せつつも、先に行く姉に引っ張られて、街の中を走り始めるルシア。そんな彼女の表情からは、いつの間にか涙が消えて、笑みが戻ってきていたようである。



「ぜぇはぁぜぇはぁ……は、走った……」ぷるぷる


「……お姉ちゃん、実は全然疲れてないよね?」


「えっ?分かった?」しれっ


 そう言って、まるで、何事もなかったかのような表情を浮かべるワルツ。そんな彼女は、重力制御システムを使い、ルシアのことを半ば空中に浮かべるようにして走っていたのだが、ワルツ自身はホログラムの姿だったので、疲れようが無かったようだ。彼女に正体を明かされたルシアは、そのことに気づいていたらしい。


「お姉ちゃんって、本当、理不尽……」


「そうかしらね?ルシアも似たようなものだと思うけど?」


「そんなこと……」


 そこまで口にして、不意に沈黙するルシア。そんな彼女は、先程起った出来事のことを思い出したようだ。

 結果、彼女は、再び口を開いて、心配そうに話し始めた。


「さっきの人たち……大丈夫かなぁ?」


「私が見る限り、問題は無かったわよ?まぁ、あれ以上やってたら、本当に大変なことになってたかもしれないけどね?(だから止めたんだけど……)」


「…………ひっく」ぶわっ


「ま、まぁ、これまで魔法を使ってこなかった分、これからはたくさん魔法を使って、使い方をマスターするしか無いんじゃないかしら?」


「うん……がんばる……」ぐすっ


「……でもまず、ルシアの場合は、泣き虫をどうにかしなくちゃいけないかもしれないわね……」


 そう言って、苦笑するワルツ。とはいえ、泣き虫を追い払う方法など、現代世界の科学を粋を集めて作られた彼女でも、そう思いつくものではなかったようだが。


 そんなやり取りを交わす彼女たちの前には、木製の建物があった。その入口の上には、針と糸、そして布の絵が描かれた看板が飾られていたようである。

 それに気づいたのか、つい今しがたがまで泣きそうな顔になっていたルシアは、眼を大きく開いて、キラキラと輝く表情を浮かべると、大きく溜息を付いてから、感慨深げにこう口にした。


「ここが……お洋服屋さんかぁ……」


「古着屋だけどねー。オーダーメイドで服を作ると、一瞬でお金が吹き飛んでいくと思うし、ルシアの年齢を考えるなら、これから頻繁にサイズを変えていかなきゃならないと思うから……古着で我慢してもらえる?」


「うん!全然かまわないよ?」ブォンブォン


「なら良いけど……(でもホント、ずいぶんな喜び様ね……)」


 千切れんばかりに尻尾をブンブンと振っていたルシアへと、微妙そうな視線を向けるワルツ。ただし、今回は、妹から暴風が生じることは無かったので、ワルツはすぐに表情を和らげたようだ。


「じゃぁ、早速行きましょっか?」


「うん!」


 そして、店の中へと足を踏み入れるワルツ。

 こうして彼女たちは、今回の旅における、最終的な目的地へとたどり着いたのであった。


 ……ただし。ワルツにとっての本当の困難は、これからだったようだが。



「…………」げっそり


「気に入ったお洋服が見つかってよかったね?お姉ちゃん!」


「……まだ、中に着るシャツだけだけどね……」


 店に入ってから、はや3時間。その間にルシアが決めた服は、たったの1着だけだったようである。それほどまでに彼女は、悩みに悩んだらしい。


「昼食を食べたら……今度は下のお洋服と、この上から着るお洋服を探さなくちゃね!」


「う、うん……そうね……」げっそり


「それを3セット!」


「……えっ?」ぴたっ


「えっ?も、もしかして……この1着だけしか……買っちゃいけないの?」ぼうぜん


「う、ううん?そ、そんなこと無いのよ?好きなだけ選んでもらってかまわないわ……?」


 1着辺り3時間。なら、1セット3着あるとして、3セット9着を選ぶのに一体何時間――いや何日かかるのか……。ワルツには皆目見当が付かなかったようである。


「はあ……びっくりした。まさか、お洋服を1着だけしか買っちゃいけないのかと思っちゃった。じゃぁ……お姉ちゃんの言葉に甘えて、午後は()()()()()お洋服を選ばせてもらうね?」にっこり


「えっ……」


「〜〜〜♪」


 ワルツが何気なく口にした言葉を聞き漏らさなかったのか、至極嬉しそうな表情を浮かべながら、尻尾を振りつつワルツの前を歩くルシア。そんな彼女は、まさに、幸せいっぱいだった、と言えるだろう。


 ちなみに、ルシアが服を選んでいる間、ワルツはずっと待たされているだけだったようである。たまに、ルシアから服の感想を求められることはあるものの、ワルツの身体はホログラムだったので、服を買う必要も選ぶ必要も無かったのである。それが、午後も続くことになりそうだ、というのだから、彼女の頭は重くて仕方なかったに違いない。とはいえ、妹の嬉しそうな後ろ姿を眺めている内に、段々とどうでも良くなっていったようだが。


 そんな中。ルシアが何かを思い出したのか、後ろにいた姉の方を不意に振り向いて、こう口にする。


「そういえば、お姉ちゃんは、お洋服を買わないの?」


「えっ?」


「だって……いつも同じ服を着てるみたいだし……」


「……そんな風に見えてた?」


「えっ……い、いや……失礼なこととかは考えてないよ?着替えてるところ見たことないとか、そのままの格好で寝てるとか……でもいい匂いしかしないよ?」あたふた


「……うん。そう見えても、当然かもしれないわね……。まぁ匂いについてはちょっと分かんないけど……」


 そう言って、どこか微妙そうな表情を浮かべながら、小さく溜息を吐くワルツ。

 それを見たルシアが、何となく、ばつの悪さを感じたのか、次に口にする言葉を探そうと、姉から視線を逸した――その一瞬の出来事だった。


「……なら今日はこの格好で、ルシアと一緒にデートしようかしら?」


 ワルツが何を思ったのか、そんな言葉を口にしたのである。


「うん?」


 ワルツが何を言ってるのか分からず、思わず彼女の方を振り向くルシア。

 するとそこには、どういうわけか――


「……お嬢さん。お手を拝借してもよろしいですか?」


――そう口にしながら、自身に向かって(ひざまず)く、ワルツの姿があったようだ。

 それも、燕尾服姿の。



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