1.2-17 町での出来事8
ブォン、ブォン!
町に風が吹いていた。ただし普通の風ではない。およそ1秒の間隔で、左右へと吹き荒れる暴風である。その風は、街の中を歩く少女の尻尾の揺れに合わるかのように、方向へと変えていたようだ。
より具体的に言うなら、黄色い長い髪と、それと同じ色をした立派な尻尾を持つ少女――ルシアの、その尻尾の揺れに合わせるようにして……。
「……ねぇ、ルシア?貴女、もしかしてだけど……無意識の内に風魔法使ってない?(そんなに服屋に行くのが嬉しいのかしら?)」
「えっ……?」
姉の指摘を受けて初めて気づいたのか、ハッとした様子で辺りに視線を向けるルシア。
するとそこには、窓に掛けてあった洗濯物が空へと吹き飛び、家のドアが本来開くはずのない方向に開いて、そして、建物にしがみついて飛ばされまいと必死になっている人々の姿が……。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「飛ばされるーー!!」
「たっ、竜巻かっ?!」
「…………ひっく」ぶわっ
「まぁ……たまには突風ってあるわよね?」
その光景に気づいた途端、目尻に大粒の涙を浮かべ始めたルシアの姿を見て、彼女の肩に手を当てながらそう口にするワルツ。
それから彼女は、不意にルシアの手を掴むと――
「……おっと、これはセールの予感!」
――と謎の発言を口にして、そして走り始めた。
「ちょっ……」
「(に、逃げるわよ!ルシア!)」
「えっ……」
どこか戸惑うような表情を見せつつも、先に行く姉に引っ張られて、街の中を走り始めるルシア。そんな彼女の表情からは、いつの間にか涙が消えて、笑みが戻ってきていたようである。
◇
「ぜぇはぁぜぇはぁ……は、走った……」ぷるぷる
「……お姉ちゃん、実は全然疲れてないよね?」
「えっ?分かった?」しれっ
そう言って、まるで、何事もなかったかのような表情を浮かべるワルツ。そんな彼女は、重力制御システムを使い、ルシアのことを半ば空中に浮かべるようにして走っていたのだが、ワルツ自身はホログラムの姿だったので、疲れようが無かったようだ。彼女に正体を明かされたルシアは、そのことに気づいていたらしい。
「お姉ちゃんって、本当、理不尽……」
「そうかしらね?ルシアも似たようなものだと思うけど?」
「そんなこと……」
そこまで口にして、不意に沈黙するルシア。そんな彼女は、先程起った出来事のことを思い出したようだ。
結果、彼女は、再び口を開いて、心配そうに話し始めた。
「さっきの人たち……大丈夫かなぁ?」
「私が見る限り、問題は無かったわよ?まぁ、あれ以上やってたら、本当に大変なことになってたかもしれないけどね?(だから止めたんだけど……)」
「…………ひっく」ぶわっ
「ま、まぁ、これまで魔法を使ってこなかった分、これからはたくさん魔法を使って、使い方をマスターするしか無いんじゃないかしら?」
「うん……がんばる……」ぐすっ
「……でもまず、ルシアの場合は、泣き虫をどうにかしなくちゃいけないかもしれないわね……」
そう言って、苦笑するワルツ。とはいえ、泣き虫を追い払う方法など、現代世界の科学を粋を集めて作られた彼女でも、そう思いつくものではなかったようだが。
そんなやり取りを交わす彼女たちの前には、木製の建物があった。その入口の上には、針と糸、そして布の絵が描かれた看板が飾られていたようである。
それに気づいたのか、つい今しがたがまで泣きそうな顔になっていたルシアは、眼を大きく開いて、キラキラと輝く表情を浮かべると、大きく溜息を付いてから、感慨深げにこう口にした。
「ここが……お洋服屋さんかぁ……」
「古着屋だけどねー。オーダーメイドで服を作ると、一瞬でお金が吹き飛んでいくと思うし、ルシアの年齢を考えるなら、これから頻繁にサイズを変えていかなきゃならないと思うから……古着で我慢してもらえる?」
「うん!全然かまわないよ?」ブォンブォン
「なら良いけど……(でもホント、ずいぶんな喜び様ね……)」
千切れんばかりに尻尾をブンブンと振っていたルシアへと、微妙そうな視線を向けるワルツ。ただし、今回は、妹から暴風が生じることは無かったので、ワルツはすぐに表情を和らげたようだ。
「じゃぁ、早速行きましょっか?」
「うん!」
そして、店の中へと足を踏み入れるワルツ。
こうして彼女たちは、今回の旅における、最終的な目的地へとたどり着いたのであった。
……ただし。ワルツにとっての本当の困難は、これからだったようだが。
◇
「…………」げっそり
「気に入ったお洋服が見つかってよかったね?お姉ちゃん!」
「……まだ、中に着るシャツだけだけどね……」
店に入ってから、はや3時間。その間にルシアが決めた服は、たったの1着だけだったようである。それほどまでに彼女は、悩みに悩んだらしい。
「昼食を食べたら……今度は下のお洋服と、この上から着るお洋服を探さなくちゃね!」
「う、うん……そうね……」げっそり
「それを3セット!」
「……えっ?」ぴたっ
「えっ?も、もしかして……この1着だけしか……買っちゃいけないの?」ぼうぜん
「う、ううん?そ、そんなこと無いのよ?好きなだけ選んでもらってかまわないわ……?」
1着辺り3時間。なら、1セット3着あるとして、3セット9着を選ぶのに一体何時間――いや何日かかるのか……。ワルツには皆目見当が付かなかったようである。
「はあ……びっくりした。まさか、お洋服を1着だけしか買っちゃいけないのかと思っちゃった。じゃぁ……お姉ちゃんの言葉に甘えて、午後は好きなだけお洋服を選ばせてもらうね?」にっこり
「えっ……」
「〜〜〜♪」
ワルツが何気なく口にした言葉を聞き漏らさなかったのか、至極嬉しそうな表情を浮かべながら、尻尾を振りつつワルツの前を歩くルシア。そんな彼女は、まさに、幸せいっぱいだった、と言えるだろう。
ちなみに、ルシアが服を選んでいる間、ワルツはずっと待たされているだけだったようである。たまに、ルシアから服の感想を求められることはあるものの、ワルツの身体はホログラムだったので、服を買う必要も選ぶ必要も無かったのである。それが、午後も続くことになりそうだ、というのだから、彼女の頭は重くて仕方なかったに違いない。とはいえ、妹の嬉しそうな後ろ姿を眺めている内に、段々とどうでも良くなっていったようだが。
そんな中。ルシアが何かを思い出したのか、後ろにいた姉の方を不意に振り向いて、こう口にする。
「そういえば、お姉ちゃんは、お洋服を買わないの?」
「えっ?」
「だって……いつも同じ服を着てるみたいだし……」
「……そんな風に見えてた?」
「えっ……い、いや……失礼なこととかは考えてないよ?着替えてるところ見たことないとか、そのままの格好で寝てるとか……でもいい匂いしかしないよ?」あたふた
「……うん。そう見えても、当然かもしれないわね……。まぁ匂いについてはちょっと分かんないけど……」
そう言って、どこか微妙そうな表情を浮かべながら、小さく溜息を吐くワルツ。
それを見たルシアが、何となく、ばつの悪さを感じたのか、次に口にする言葉を探そうと、姉から視線を逸した――その一瞬の出来事だった。
「……なら今日はこの格好で、ルシアと一緒にデートしようかしら?」
ワルツが何を思ったのか、そんな言葉を口にしたのである。
「うん?」
ワルツが何を言ってるのか分からず、思わず彼女の方を振り向くルシア。
するとそこには、どういうわけか――
「……お嬢さん。お手を拝借してもよろしいですか?」
――そう口にしながら、自身に向かって跪く、ワルツの姿があったようだ。
それも、燕尾服姿の。




