1.2-12 町での出来事3
「「いっただっきまーす!」」
通りは狭かったものの、昼食時でも夕食時でもない半端な時間だったためか、噴水の縁に座る場所を確保することに成功した様子のワルツとルシア。そんな彼女たちが買ってきたのは、稲荷寿司と果実水、それに鶏の唐揚げやフライドポテト(?)など、いわゆるジャンクフードだったようだ。
その中で最初に2人が口にしたものは、やはり主食とも言うべき、稲荷寿司であった。
「んー……まぁこんなものかしらね?どちらかと言えば、美味しい部類……いや、かなり美味しい部類に入るかもしれないわね……。ルシアはどう?」
先に稲荷寿司の味を確かめた後で、ルシアに味を確認するワルツ。
そんな彼女の視線の先では、ルシアが両手で稲荷寿司を持ちながら、黙々と口を動かしている姿があって、初めて口にする食べ物の味を、何度も噛みながら確かめている、といった様子だった。それも顰め面を浮かべながら……。
それを見て――
「もしかして……美味しくなかった?口に合わなかったら、出してもいいのよ?」
――と、ワルツはルシアに対し問いかけるものの……。その懸念は、取り越し苦労だったようである。
「……何これ……?!」はむっ
「ん?」
「こ、こんな食べ物が……この世界にはあっただなんて……!」ぶわっ
「えっ……」
稲荷寿司に齧りつきながら泣き始めるルシアの姿を見て、思わず戸惑ってしまったワルツ。彼女も、まさか、そこまでルシアが稲荷寿司を気にいるとは思っていなかったらしく、この展開は想像していなかったようである。いや、正確に言えば、想像していなかったわけではなく、想像を越えていた、と言うべきかもしれない。
「そんなに気に入ったの?稲荷寿司……」
「……うん。でも、もう……無い……」ぐすっ
「……はい、お金」
「…………!」
「3日間、ずっと歩きっぱなしだったんだから、今日くらいは好きなものを好きなだけ食べても良いわよ?それに持ってるお金の半分は、元々ルシアのものなんだから」
「い、いいの?」
「えぇ、もちろん」
「……ちょっと行ってくる!」ずさっ
そう口にして、まっすぐに稲荷寿司屋へと走っていくルシア。
それからと言うもの、彼女は、ワルツのストップが掛かるまで、ひたすら稲荷寿司を食べ続けたのだとか……。
◇
その後で、パンパンに膨れたお腹を擦りながら、街の中を歩き回ったワルツとルシア。その際、2人は、服屋だけでなく、商店街やギルド街なども見つけて、次の日に回る場所の目星を付けたようである。
その他、見晴らしのいい高台や階段、兵士たちが忙しそうに行き交う訓練所、さらには、町の最も高い場所にあった高級そうな館まで見て回って……。その様子はまさに、観光客そのものだったと言えるだろう。
そして日が傾き。狩人の忠告を思い出して、早めに宿へと戻ることにした様子のワルツたち。そんな彼女たちは、帰り道の途中、とある十字路へと差し掛かった。右に曲がれば宿があって、そして、左に曲がれば小さな窓にスデンドグラスがはめ込まれた三角屋根の建物がある、そんな交差点である。
そこでワルツは、右に曲がること無く、交差点の真ん中で不意に立ち止まってしまう。
「……お姉ちゃん?」
交差点の左の先に、細めた視線を向けているワルツに気づき、自身もそれに習うようにして、その視線の先へと眼を向けるルシア。
そこでは、数人の子どもたちが、ボールのようなものを蹴りながら、楽しそうな表情を見せつつ、燥いでいる姿があった。そして、そんな子どもたちの姿を、建物の階段に腰掛けながら、優しげに見守る黒い服の老婆がいて……。どうやらそこは教会――それも、孤児院を兼ねている施設だったようだ。
それに気づいて――
「お姉ちゃん……」
――どこか心配そうに、ワルツの表情を伺うルシア。それが何を意味していたのかは、言うまでもないだろう。
すると、そんな彼女の様子に気づいたワルツが、こんな言葉を口にした。
「ルシアは……これからも私と一緒にいたいと思う?」
「えっ……う、うん!私、お姉ちゃんと絶対に離れたくないもん!」
「そう……。じゃぁ、私とルシアってどんな関係なのかしら?」
「んと……姉妹?」
「まぁ、親子ではないわね」
そう言って少しだけ目を細めるワルツ。それから彼女は、ルシアにとって、思いがけない一言を口にし始めた。
「例えば……例えばよ?家族の誰かが、すっごく大変な隠し事をしてるとするじゃない?ルシアは、そういうのって、やっぱり……嫌よね?」
「う、うん……でも、内容にもよるかなぁ……」
「そう?じゃぁ、もしも私が、ルシアに対して、ビックリしちゃうような隠し事をしてるとしたら?」
「…………」
ワルツのその言葉を聞いて、しかし、すぐには答えなかったルシア。ただ、それは、返答を迷っているのではなく、答えが決まっていて言葉を選んでいる、といった様子だった。
それから彼女は、黙って返答を待っていたワルツに対し、どこか決意を持った表情を浮かべながら、こう口にする。
「何を隠してても……私はお姉ちゃんのこと信じてる!もしもお姉ちゃんが、実は”お姉ちゃん”じゃなくて、”お兄ちゃん”だったとしても……私は構わないもん!」
「それ、衝撃的すぎる隠し事よね……。いや、もちろん、私は女だけど……でも、実は私、ルシアにすっごく大きな隠し事をしてるのよ……。それも、性別が云々ってレベルの話じゃない、大きな隠し事を、ね……」
「も、もしかして……どこかの国の……王子様?」
「んー、ちょっとかなり違う……っていうか、さっきから言ってるけど、私、女だからね?」
ワルツはそう口にすると、ルシアに背を向けて、1歩2歩と前に進み……。そして、そこで空を見上げながら、再び口を開いてこう言った。
「あのね?ルシア。私は……正直言って、貴女の保護者として合格とは言えないと思うの。人見知りは激しいし、面倒くさがり屋だし……そもそもからして人間ですらないしね……」
「……えっ?」
「そうね……。一言で言うなら――どこか遠くの空、ここではない遠い星から落ちてきた、バケモノ、ってところかしらね」
そう口にするワルツの周囲からは、彼女とルシア以外の人々がいつの間にか消えていて、街の中は、まるでその場所だけが切り取られたかのように静まり返っていた。先程まで聞こえていたはずの子どもたちの燥ぐ声も、街の喧騒も、さらには鳥のさえずりすらも聞こえず……。例えるなら、”バケモノ”の登場に相応しい雰囲気が漂っていた、と言えるかもしれない。
そんな中でワルツはルシアの方を振り返ると、どこか寂しげとも自嘲とも言える笑みを見せながら、言葉を続けたのである。




