1.2-09 町への旅9
昼を過ぎてしばらく経った頃。ワルツたちは町へとたどり着いた。
そこあった壁の切れ目には、大きな門が造られていて、それに隣接する形で設置されていた検問所らしき場所に、町へと入るための検査を待つ人々の姿があったようだ。結果、その最後尾に並ぶワルツたち3人組。
そこから、列の先の方へと向かって、チラッチラッと戸惑い気味に視線を向けていたワルツとルシアに対して、狩人が目を細めながら、その口を開いてこう言った。
「ここが町に入るための検問所だ。なーに、検問って言ったって、ただ単に、町に来た目的を聞かれるだけさ?買い物とか、狩りとか、適当なことを言っておけばいい」
その言葉を聞いたワルツは、少しだけ納得したような表情を浮かべると、狩人に対しこんな質問を投げかけた。
「検問所ですか……。ちなみにですけど、予め用意しておく必要があるものとかあります?」
「冒険者ギルドや商業ギルドの登録メンバーなら、ギルドカードを提示すれば、それ自体が身分証代わりみたいなものだから、そのまま検問を素通り出来るが……何も持っていないなら、新規に発行してもらわなきゃならない。ワルツたちは持ってるか?こんな感じの身分証」
そう言って、何やら透明なカードのようなものを見せる狩人。
それを見たワルツは首を横に振ってから、隣りにいたルシアに対し問いかけた。
「いえ、私は持っていないですね……ルシアは持ってる?」
「ううん?持ってないよ?」
「そうか……。なら、2人とも、新しく身分証を発行してもらう時に、多少、お金が掛かるかもしれないな。まぁ、ワルツたちなら大したことのない金額だろう」
「……ちなみにいくら位ですか?」
「…………忘れた!」キラッ
「「あ、はい……」」
まさに、テヘペロ、といった表情を浮かべていた狩人に対して、微妙そうな表情を浮かべるワルツとルシア。それから彼女たちは前を向き直ると、再び周囲を見渡し始めたようだ。
そこにはおよそ30名ほどの人々が、礼儀正しく列を成して並んでいた。ルシアや狩人のように獣耳が生えた獣人たちだけでなく、一見するとワルツのように普通の人間に見える者たち、あるいは背中から翼が生えた翼人らしき者たちまでいたようである。
そんな中でワルツの興味を一際引いたのは、こんな種族の人物(?)だった。
「(あ!あれ、オークじゃん……!)」
緑色の肌と、がっしりとした図体、それに普通の人々よりも高い身長……。その見た目は、ワルツの記憶にあるオークそのものだったようである。
ただ、まぁ――
「……あ、あれ?よく見ると、実はただのおじさん……?」
――その鼻は豚のように潰れてはおらず、服装もしっかりとしていて、ただ肌の色が緑色をしているだけの人間だったようだが。
「どうした?ワルツ。並んでる人の中に、誰か知り合いでもいたか?」
「え?い、いえ……。ちょっと、世界って不思議だなー、って考えてただけですよ?」
「ん?そ、そうか……。不思議、か……。私も、ワルツやルシアのことを見てると、いつも不思議に思うよ」
「「えっ?」」
「えっ?」
3人がそんなやり取りを交わしながら、混沌とした雰囲気を醸し出していると――
「次っ!」
――いつの間にか、ワルツたちの前から人が消えていて、彼女たちの順番が回ってきていたようである。
結果、3人は、窓口の奥に座っていた検問官(?)の前まで歩いていって、さっそく手続きをすることにしたのだが……。そこへと向かう途中、ワルツがこんな質問を狩人へと投げかけた。
「……ちなみにですけど、この町って、言葉通じます?」
「……すまんワルツ。逆に聞きたいんだが……言葉が通じないってどういう状況なんだ?」
「えっと……例えば、異なる国で、異なる種類の言葉を使ってたりすると、相手が何を行ってるのか分からないと思うんですけど……」
「異なる国……いや、ここもアルクの村も、同じ国内だから、それはないぞ?それに、この”ミッドエデン”の周辺諸国は、どこも同じ言葉を使ってるから、まず言葉が通じないってことは無い。そもそもこの近くの国で、言葉が通じない国があるなんて、聞いたことも無いしな」
「そういうものですか……(ということは……この世界ではどこでも共通して、日本語が使えるってことかしら?)」
と、現代世界なら、絶対にありえない状況を考えて、首を傾げるワルツ。
それから彼女たちは、いよいよ、門番の前へと立つことになった。――その瞬間である。
「それじゃぁ、お嬢ちゃんたち、身分証を見せ……うひゃっ?!」びくぅ
書類から顔を上げた門番が、何故か奇声を上げたのだ。まるで、見てはならないものを見たかのように。
その様子を見て、ワルツは機動装甲の光学迷彩が展開されていることを確認しようとするのだが……。その前に狩人が話し始めた。
「おう、おつかれさん!じゃぁ、いつも通りにチェックしてくれ。そう……いつもどおりに、な?」ニッコリ
「は、はひぃっ?!」
門番の男性は、なぜか酷く怯えた様子でそう口にすると、狩人が差し出した身分証に手をやって、それを確認してから――
「り、リーゼ様ですね……?!」
――と、舌を噛みながら、そこに記入されていただろう狩人の名前を読み上げた。どうやら狩人の名前は”リーゼ”という名前らしい。
すると、挙動がおかしかった門番に対し、狩人は目を眉を顰めて、こんな言葉を口にした。
「”様”は余計だな。まぁ、いい。今日は友人たちを連れてきているんだが……ただ、彼女たちは身分証を持っていないから、新規の登録をお願いしたい」
「か、かしこまりました……。で、では、お二人は、こちらの紙の必要項目を埋めてください。分かる限りで結構です……」
門番は丁寧にそう口にすると、震える手で、2枚の和紙のような紙を、窓口の前へと差し出した。
ワルツとルシアは、それを受け取ると、そこに自身の名前を書く前に、2人揃って狩人に対し問いかける。
「……狩人さんって……本当は何をされてる方なんですか?」
「門番のおじさん……すっごい怯えてる?」
「いや、私は正真正銘の狩人だ。……だろ?」ジロッ
「は、はひぃっ!」
「……な?」どや
「無理やり言わせてる感が半端いないですけど……まぁ、弱みを握ってる、ってことにしておきます」
「あとでちゃんと教えてね?狩人さん」
「しかたないなー」
そう言って笑みを返す狩人。
そんな彼女の何かを誤魔化すような表情を見てから、ワルツたちはそこにあった机とペンを使って、もらった紙に、自分たちの名前を書き始めた。
そこでワルツは、とある事実に気づくことになる。
「(ふーん……硬貨に書いてあった数字から大体の予想はしてたけど、この世界って、言葉だけじゃなくて、文字も日本語なのね)」
名前、年齢、職業、現在の居住地などなど……。そのすべての項目が、日本語で書かれていたのだ。
そしてもう一つ、彼女が驚いたことがある。
「……はい!書けたよ?」
ルシアが文字を書けたことだ。
というのも、現代世界の、特に中世の頃の歴史に照らし合わせるなら、ルシアくらいの年齢の少女が文字を書ける確率は、ほぼ0%のはずで……。それを知っていたワルツは、ルシアが文字を書けるとは思っていなかったのである。
それについては、狩人も同じように考えていたようだ。
「すごいな?ルシア。どうして文字が書けるんだ?」
「んとねー……家に本がたくさんあったから?」
「ほう?家に本がたくさん……」
その言葉を聞いて、意味深気げな表情を浮かべる狩人。その様子から察するに、この世界で家に本を大量に所持している家庭は、そうそうあるものではないらしい。となると、ルシアの家は、普通の家庭ではなかったことになるだろうか。
ワルツが2人のやり取りに耳を傾けていると、それに気づいた狩人が話しかける対象を変えて、こんな質問を口にした。
「どうだ?ワルツ。書けたか?もしも文字が書けなかったら、私が代わりに書くが……」
「いえいえ、私も書き終わりましたよ?ほら」
それを見て――
「え゛っ……ワ、ワルツも文字が書けたのか!?しかも、私より綺麗……」
――と、唖然としたような表情を浮かべながら、固まる狩人。
そんな彼女の反応を見て、ワルツがこんなことを口にする。
「もしかして、私が文字が書けない、とか思ってました?実は……私の家も、本がたくさんあったんですよ」
「えっ?お姉ちゃん家も?」
「えぇ。ルシアも同じみたいね?」
「ふーん、そっかぁ……」
そう言って、ワルツに向かって嬉しそうな表情を見せるルシア。その先では、ワルツも笑みを向けていて……。2人の間には、明るい空気が漂っていたようである。
ただ――
「……私の取り柄って……なんだろう……」
――ごく一部に、何かしらのアテが外れて、暗い雰囲気を纏っていた者もいたようだが、まぁ、些細な事なので説明は省略する。
こうしてワルツたちは、無事に書類の提出を済ませ。その結果、2人は――
「で、では、身分証ができましたので、お渡しいたします。ルシアさんはこちら、ワルツさんはこちらです。発行手数料として、1人あたり500ゴー……いえ、タダで結構です。そのままお持ちください……」
「これが身分証かぁ……何も書いてないね?」
「魔道具みたいなものかしら?」
――狩人が持っているものと同じような、透明なガラス板のような身分証を受け取ることに成功したようだ。それも、狩人の顔利き(?)があったためか、発行手数料は0ゴールドで……。
そして3人は、いよいよ、3日間かけて辿り着いた町の中へと、足を進めることになったのである。




