1.2-05 町への旅5
ゴォッ……!!
それは強風だった。
いや、凶風と表現したほうがいいかもしれない。
なにしろ、ワルツたちの方へと飛んできたのは、空気の塊などではなく……。
“聖剣”と呼ばれる類の大剣を手にした、勇者本人だったのだから。
彼は、地を這うように地面スレスレを駆け、ワルツたちとの距離を一瞬で埋めた。
そんな彼の標的は、ワルツたち3人の先頭に立っていた狩人で……。
彼は容赦なく、狩人のことを斬ろうとしていたようである。
――油断すれば、次の瞬間に殺られるのは、自分たちのはず……。
狩人のことを斬ろうとしていた勇者は、どこからともなく自分たちに向けられていた殺意を前に、その場の誰よりも危機感を抱いていたようだ。
そんな電光石火のような勇者の凶刃を、眼ではなく、気配で感じ取った狩人は、その両手に持ったダガーを反射的に前へと突き出した。
結果――
ガァァァァァン!!
彼女は自分の胸を狙っていた勇者の刃を、どうにか受け止めることに成功したようである。
ただ――
「かはっ?!」
体重差まではどうならず……。
勇者が持つ運動エネルギーを全身で受け止めることになった彼女は、そのまま一直線に、後ろへと吹き飛ばされることになってしまう。
それを――
ぽふっ……
「か、狩人さん!?」
と、驚いた表情を見せながらも、事も無げに受け止めるワルツ。
すると今度は――
「でりゃぁぁぁぁ!!」
と、速度を失った勇者の陰から1人の男性が飛び出して、自身の身の丈よりも随分と長い大剣を手に、ワルツへと斬りかかってきた。
“ビクトール”と名を呼ばれていた、フルプレートアーマー姿の剣士である。
そんな彼は、獰猛な視線をワルツへと向けながら、自身の重そうな剣を縦に振りかざすと、その顔面から――
ゴォォォォォン……
――と、透明な姿の機動装甲の脚部に衝突して……。
それっきり動かなくなってしまったようである。
「んー……普段、ぶつけっぱなしだけど、こういうときは悪くないわね?」
地面にズルズルと沈み込んでいく剣士の姿を眺めながら、そんな感想を呟くワルツ。
それから彼女は、受け止めた狩人のことを、その場の地面に優しく寝かせると……。
自身の隣で、事態が飲み込めずに固まっていたルシアに対して、こう口にした。
「ルシア?狩人さんに回復魔法をかけてもらえる?多分、全身にショックを受けて気絶してるだけだと思うけど、念のためお願い。……もしかして、あの人たちが怖い?大丈夫。後は全部、私がやるから」
「えっ……う、うん……!分かった!」
ルシアは、ワルツに対し、どこか信頼したような視線を向けて、そう口にすると――
ドゴォォォォォ!!
――まるで治療をする気があるとは思えないような、煌々とした光の柱を上げながら、意識のない狩人に対して、超強力な回復魔法を行使し始めた。
その際、彼女の魔法を見た、勇者の他、意識のある全員が、戸惑いや畏れを含んだ表情を浮かべていたのは、やはりルシアの魔法に驚いてしまったためか。
それからワルツは、ルシアのその姿に眼を細めると……。
そこに転がっていた意識のない剣士を――
ズドォォォォォン!!
ドシャ、ドシャ、ドシャァァァァァ!!
と、何度も地面でバウンドしてしまうくらいの強さで、勇者たちの方へと、片手で跳ね飛ばした。
そして、彼女は、付いたホコリを払うように手をパンパンと叩いて、勇者たちの方に向き直ると……。
彼らに向かって、何も言わずに、小さく笑みを送ったようだ。
あたかも――これで終わりか、と言わんばかりの様子で。
それを見て――
「っ!り、リア!!」
ワルツの視線から逃げるように身体を動かしながら、仲間に向かって指示を出す勇者。
すると、勇者よりも30mほど後ろにいた”魔法使い”としか言えない格好をした少女が、更に後方にいる仲間たちから補助魔法(?)を受けながら――
「退けてよ、レオ!……メガファイヤ!!」
ドゴォォォォォ!!
と、巨大な火球を放つ。
それはルシアの放つ火魔法とは違い、魔法使いの手から放たれると、直線を描きながら、ワルツたちへと向かって襲い掛かってきたようである。
ワルツはその様子を見て、恐れ慄くどころか、どこか残念そうな表情を浮かべると――
ズドォォォォォン!!
と、飛んできた魔法を防御することなく、実態のあるホログラムの身体で受け止めてしまった。
どうやら、魔法の火球程度の温度では、彼女の身体を傷つけることどころか、加熱することすらできないらしい。
「……拍子抜けね」
燃え盛る魔法の炎の中で、そんな言葉を呟くワルツ。
しかし……。
その魔法使いの攻撃は、どうやらフェイクだったようだ。
「……うぉぉぉぉぉぉ!!」
炎の中を、自分の身が傷付くことも厭わずに、勇者が聖剣を振りかざして突撃してきたのだ。
そんな彼が身に付けていた服からは、白い煙が上がっていて……。
すぐには燃え上がらないものの、かなりの高温の状態にあることが見て取れた。
ただ、彼の金色の髪にそういった変化がないところを見ると……。
もしかすると、勇者の身体には、何かしらの保護魔法のようなものが効いているのかもしれない。
そんな彼は、爆炎の中にワルツの姿を認めると――
「……エンドオブライフ!!」
その手にあった聖剣を、ワルツの頭の上から振り下ろしたのである。
――それも、先程、狩人に斬りかかった際とは比べ物にならないほどの速度で。




