1.2-01 町への旅1
そして町へと出発する日の朝がやって来た。
そう、朝がやって来たのである。
……たとえ、空が真っ暗だったとしても、未だ空に星が輝いていたとしても……。
朝は朝なのだ。
「……まだ……眠い…………zzz」
現在時刻は、地球の時間に換算して、だいたい午前4時。
朝が余り得意では無いルシアにとっては、未だ深夜も同然な時刻で……。
彼女は、眠そうに、うつらうつらと身体を揺らしていたようである。
その反面――
「んー!気持ちのいい朝だ!」
テンションが高めの狩人にとっては、正真正銘、朝がやって来たように感じられていたらしい。
実際、毎日、早朝に、狩りに出かけていく彼女にとっては、いつもどおりの朝だったのだろう。
そしてもう一人。
睡眠と無縁のワルツにとっては、今が早朝なのか深夜なのかは、どうでも良い話だったようである。
とはいえ、眠そうにしていたルシアのことまでは無視できなかったようだが。
「ルシア?大丈夫?」
「う、うん……大丈夫…………zzz」
「なかなかに器用ね……」
自身に掴まりながら眼を瞑って歩くルシアの様子を眺めながら、どこか感心したような表情を見せるワルツ。
そんな彼女の視線の先にいたルシアは、本来、暗い夜道には不慣れのはずだったのだが……。
どうやら彼女は、眠りながらだと、暗くても足を取られずに歩けるらしい。
なお、理由は不明である。
それからワルツは顔を上げ、街道を先行して歩いていた狩人の方に視線を向けると……。
彼女の後ろから、こんな質問を投げかけた。
「あの……狩人さん?別に、こんな朝早くから出発しなくても良かったんじゃないですか?」
それに対し、狩人は、真っ暗な中でクルッと踵を返すと……。
そのまま後ろ向きに歩きながら、ワルツに対して、こう返答する。
「気持ち良くないか?この朝の空気。皆がまだ寝ている中で、私たちだけ新しい一日を迎えたんだ。太陽が登る前から活動すると、一日をすっごく有効に使える……ワルツもそんな気がしないか?」
「まぁ……一日をグダグダと過ごすとか、後悔しかしないですから、その真逆と考えれば、気持ちが良い……かもしれないですね。でも……ちょっと早すぎると思うんですよ。ルシアがすっごく眠そうにしてるし……」
そう言って、目を瞑りながら歩いていたルシアに対し、再び視線を向けるワルツ。
そんなルシアの姿ついては、狩人も気づいていたらしく……。
彼女は、間が悪そうに頬をポリポリと掻きながら、ワルツに対しこう言った。
「まぁ、朝が早いと気持ちいい、っていうのは二の次の理由だ。本当の理由は……この先、通過しなきゃならない森にある」
「……森ですか?」
「あぁ、森だ。この先の森で、ちょっと治安の悪い場所があってな?この時間から歩いていけば、日が暮れる前には、森を抜けられるんだ。……ワルツも嫌だろ?盗賊に出くわして、奴らを処理することになるとか……」
「えぇ、そうで…………え?処理する?」
「ん?まさか、ワルツたちは、盗賊に襲われたら逃げ出すと?またまたー……」
「あの……狩人さん?私たちのこと、なんか誤解してません?ムキムキな筋肉達磨じゃなくて、一応か弱い乙女(?)なんですよ?」
「そうかそうか。もしもの時は、期待してるぞ?」
「私の話、聞いてないですね……」
言いたいことだけ言って、再び背を向けた狩人に対し、不機嫌そうなジト目を向けるワルツ。
その瞬間、狩人が――
「…………っ!殺気?!」びくぅ
と、全身の毛を逆立てながら、ワルツたちの方を振り向くのだが……。
何故、狩人がそんな行動に出たのか……。
その理由が明らかになるのは、もう少し先の話である。
◇
それから街道をしばらく歩き、アルクの村を取り囲んでいた森を抜けて、そして空が白くなり始めた頃。
その頃には、さすがのルシアも、完全に目が覚めていたようで……。
彼女は前を歩く狩人に対し、こんな質問を投げかけた。
「ねぇ、狩人さん?狩人さんの荷物はそれだけなの?」
どうやら彼女は、狩人の背中にあった頭陀袋のサイズを見て、これから数日に渡って移動をするには、荷物として少なすぎるのではないか、と疑問に思ったらしい。
それに対し狩人は、首を縦に振りながら、こう返答する。
「あぁ。実はな?この袋。空間拡張の魔法が掛かってるんだ。まぁ、正確に言えば、魔法とは違うらしいけどな?」
「ふーん……」
「(空間拡張……?なにそのファンタジー……)」
「ほら?」
そう言って頭陀袋の中身をワルツたちへと見せる狩人。
そんな袋の中は、その外見よりも4倍ほど大きく広がっていて……。
それなりに多くの荷物が詰まっていたようである。
ただ……。
その中身を見た2人が、最初に口にした感想は、頭陀袋に対するものではなかったようだ。
「「……武器ばっかり」」
「ん?あぁ……。いつも使うダガーと、予備のダガー。それに、予備のダガーがダメになった時のためのダガーと、愛用のダガーがそれぞれ2本ずつ入ってる」
「いや……旅に出ても、普通、そんなに使わないですよね?(っていうか、完全にデッドウェイトじゃん……)」
「そんなことはないぞ?魔物の骨を斬ったら、刃は直ぐに欠けてしまうし……もしかしたら盗賊たちと戦うことになるかもしれないだろ?嫌じゃないか?人を斬ったのと同じ刃物で、自分たちが食べるための魔物を狩るとか……」
「あっ……たしかに……」
「そう言われれば、そうですね……」
「だろ?」
と、納得したような反応を見せるワルツたちを前に、どこか満足げな表情を浮かべる狩人。
それから彼女はワルツたちに対し、逆にこんな質問を投げかけた。
「ところで……ワルツたちは、荷物をまったく持っていないようだが……もしかして、現地調達か?」
どうやら狩人は、完全に手ぶらなワルツたちの様子を見て、とある勘違いしてしまったようである。
すなわち――食料も、飲み物も、食器も、野営の道具もすべて、道端にある木々などを使い、ゼロから作り出してしまうのではないか、という勘違いを。
もちろんそれをやるのは、着の身着のままで異世界に転移したワルツにとって、造作も無いことだったのだが……。
しかし、どうやら、そういうわけではなかったようである。
「いえ、違いますよ?ちゃんと持ってきてます」
そう言って、自身の機動装甲に備え付けられていたカーゴコンテナの蓋だけ、光学迷彩用のホログラムを解除するワルツ。
そして彼女は、それを開けると……。
その中身を狩人へと見せながらこう言った。
「こんな感じです」
それを見た結果――
「…………」ぼかーん
と、口を開けたまま、固まる狩人。
どうやら彼女は、何か大きなショックを受けてしまったらしく……。
頭が完全にフリーズしてしまったようだ。
なお、その様子はルシアも見ていたのだが、これまでにも何度かカーゴコンテナを見たことがあったようで、今ではもう驚いている様子は無かったりする。
それから。
狩人が固まってしまった様子を見たワルツは、怪訝そうな表情を浮かべると……。
彼女の顔の前で手を振りながら、こう口にした。
「えっと?狩人さーん?ちゃんと息してます?」
「……はっ!」
「……本当に息、止まってたんですね……」
と口にしながら、微妙そうな表情を浮かべるワルツ。
一方で。
息を吹き返した(?)狩人は、驚いた様子で眼を見開きながら、こんな言葉を口にした。
「こ、これはまさか……アイテムボックスか?!」
「へっ?」
「……まさか、アイテムボックスじゃないのか?!」
「えっ……」
「なら何なんだ、これは……」
そう言って、興味深げに、カーゴコンテナを覗き込む狩人。
そんな彼女の反応を見ている内に、段々と誤魔化さなければいけない気がしてきたのか……。
ワルツが即興で適当な言い訳を考えて、狩人に対し、こう返答した。
「そうですね……似たようなものかもしれません。そんなに物は入らないですけど……たぶん、狩人さんの荷物くらいなら全然入ると思うので、一緒に持ちましょうか?」
すると――
「……いいのか?」
と、どこか恐る恐るといった様子で、自身の頭陀袋を差し出す狩人。
ワルツはそれを受取り、カーゴコンテナへと入れると――
ブゥン……
光学迷彩を展開し直したようである。
それを見て――
「おぉ……。いつかは私も欲しいな……アイテムボックス」
と言いながら、眼を輝かせて、感慨深げな表情を浮かべる狩人。
それから彼女は軽くなった肩を回すと。
前へと向き直って、再び歩き始めたようである。
その姿を後ろから眺めながら――
「(アイテムボックスなんてものが、この世界にはあるのね……っていうか、他の人には、あまり見せないほうが良いのかしら?カーゴコンテナ……)」
と、ワルツはそんな懸念で頭を悩ませたようだが……。
自身の隣でカーゴコンテナのことを見ていても、大した反応をしていなかったルシアのことを思い出している内に、段々と、どうでも良くなっていったとか、いかなかったとか……。




