1.1-21 村15
ワルツとルシアが狩人と雑談をしている内に、村人たちの買い物は一段落していたらしく……。
商隊を取り囲んでいた人だかりは、すでに疎らになっていた。
つまり――
「(さて……やりますか……!)」
ワルツが”とある行動”を実行に移すその瞬間がやって来た、ということである。
……もちろん、商隊を力ずくで襲って、身ぐるみを剥ぐ、というわけではない。
昨日、ルシアと共に作った鉄の売却だ。
「すみません、ちょっと良いですか?」
と、意を決した様子で、手に汗を握りながら(?)、声が裏返らないように注意しつつ、商隊の男性に話しかけるワルツ。
その言葉は、しっかりと相手に届いていたようで――
「いらっしゃい、娘さんたち。お使いかい?」
荷物の整理をしていた商人の男性が、ワルツの方を振り返って、気さくな様子で返答した。
「お使い……そうね。お使いです(自分たちで鉄を作った、って言わないほうが無難でしょ)」
ワルツは途中で言葉に詰まるものの、すぐに質問に対して首肯してから……。
今回の計画のステップを一つ進めることにしたようだ。
「あのー、金属の買い取りって……やってもらえます?実は主人に売却を命じられまして……」
そう言いながら、酒場の方に視線を向けるワルツ。
とはいえ、そこに、ワルツの主たる人物がいたわけではなく……。
彼女は、話を合わせるために、架空の主を作り出すことにしたようである。
なお、面倒なことになった場合に主人役を誰が務めるのかは、言うまでもないだろう。
そんなワルツの言葉を聞いた商人の男性は、彼女に向かって逆に質問した。
「ん?くず鉄かい?それとも……使い古しの鎧とかかな?最近はどこもかしこも戦争だらけで、金属の需要が高いから、よっぽど変なものじゃない限りは買い取るよ?」
「(おっけー。とりあえず、第一段階は突破したみたいね?ここで断られたら、どうしようかと思ったわ……)」
と、ワルツは内心で、安堵すると……。
酒場の店主に借りて肩にかけていた革製のバッグの中から、100tと書かれた鉄インゴットを取り出して、それを男性へと差し出した。
……ただし、片手で、とても軽そうに持ちながら。
「……これです。主人曰く、鉄だ、って言っていました」
「……何だこれ……」
ワルツが差し出してきた金属塊を見て、思わず固まってしまった様子の男性。
どうやら彼が考えていた”金属”とは、随分と大きな隔たりがあったようである。
「とりあえず、これ、どうぞ?あ、重いんで注意してくださいね?」
「え?あ、あぁ……」ひょい
ズドォォォォォン!!
男性が鉄インゴットを受け取ろうとした瞬間、彼の手から滑った鉄塊は、惑星の重力に引っ張られて、およそ100[J]のエネルギーを、男性の右足の上に放出した……。
ようするに、彼が受け取ろうとした鉄塊が、その角を下にして、彼の足の上へと落下したのである。
その瞬間――
「〜〜〜〜〜っ!!」
と、言葉にならない呻き声を上げる男性。
それでも、叫び声を上げなかったのは、商人としての意地ゆえか……。
その様子を見ながら、ワルツは淡々と問いかける。
「それで、どうでしょう?買い取ってもらえそうですか?」
「ちょっ……ちょっと……待ってて……くれない……か……」ぷるぷる
と、足の上に落ちた鉄塊を震える手で拾いつつ……。
痛そうに足を引きずりながら、隣の馬車のほうへと歩いていく男性。
その姿があまりに痛々しく見えたのか……。
ルシアは思わず眉をひそめてしまったようである。
それから間もなくして、40台後半くらいの見た目の人物と共に、険しい表情の商人の男性が戻ってきた。
どうやら彼が、この商隊の責任者らしい。
「……この金属塊を売ってくれるというのは、君たちかね?」
「あ、はい。やっぱり……買い取りは難しそうですか?(どうかなこれ……いけるかしら……?)」
と、内心ではヒヤヒヤとしながら、責任者の男性に対して問いかけるワルツ。
すると責任者の男性は、ワルツの予想とは裏腹に、笑みを浮かべながらこう口にした。
「いやいや、大歓迎だ。言っちゃ何だが……こうした辺境の村で、このような品を見かけるのは初めてだったもので、うちのメンバーも少し混乱してしまったようだ」
「そうですか……(はぁ……もう、それならそうと、早く言ってくれればいいのに……)」チラッ
「…………」ぷるぷる
と、ワルツに向けられた視線を見て、なぜか真っ青な顔をしながら、視線を逸らす商人の男性。
どうやら彼は、目に見えないとても大きな傷を、ワルツに負わされてしまったようである。
そう。
色々な意味で……。
「それで買い取り金額なんだが……キロ800ゴールド、ってところでどうだろう?重さがちょうど10kgだったから、合計で8000ゴールドだ」
「(8000ゴールド……?どっかのRPGで出てくるようなお金の単位ね……。でも、どのくらいの価値があるのかしら?1ゴールドって……)」
と、ワルツが1ゴールド当たりの価値を考え、ハイパーインフレな某貨幣換算でいくらか、などという不毛なことを考えていると――
「……お姉ちゃん?」
一見すると険しそうに考えているように見えるワルツのことを見て、段々と心配になってきたのか、ルシアが彼女の服の裾を小さく引っ張った。
そんな彼女を見たワルツは、ちょうどいいと言わんばかりに、ルシアに対してこんな質問を投げかける。
ただし、商人には聞こえないくらいの小さな声で。
「(ねぇ、ルシア?ちょっと聞きたいんだけど……)」
「(うん?)」
「(……キズ薬って、いくら位するの?)」
「えっ……」
「(えっ……もしかして売ってないの?傷薬……)」
「(え、えっと……売ってなくはないと思うよ?でも……みんな、森に入ってそこで薬草を取ってきちゃうから、お店で売ってるのは見たことはないかなぁ……。でも、どうしたの?キズ薬が……どうかしたの?)」
「(いやさ?キズ薬の金額が分かれば、何となくこの国の経済のレベルが分かるような気がしただけだから……気にしないで?)」
「(う、うん?)」
ワルツの言葉を聞いて、この人はいったい何を言っているんだろう、と言わんばかりの不思議そうな表情を浮かべ、首を傾げるルシア。
しかし、ワルツがそれ気にすることはなく……。
結果、キズ薬の価格(?)から経済価値の推測に失敗した彼女は、自身の返答を待っていた責任者の男性へと、仕方なく、こう口にすることにしたようだ。
「キロ800ゴールドねぇ……うーん……ちょっと安いんじゃない?」
そう言って、腕を組みながら眉を顰めて……。
如何にも適正価格を知っていると言わんばかりの表情を浮かべるワルツ。
鉄の市場価格が分からない彼女は、とりあえずハッタリをかけて、相手の行動を観察することにしたようである。
すると。
何かを確認するように手元の紙に目を向けた責任者の男性は、一切、顔色を変えること無く、ワルツに対しこう返答した。
「……この村から町までの輸送費、仲介手数料、市場価格……それらを全部加味すると……まぁ、適切な価格だと思うがね?」
「(んー、なかなか手強いわね……。田舎娘が持ってきた鉄塊だからって、素っ気ないふりをして、安く買い叩こうとしてるんでしょうけど……)」
ワルツは、責任者の男性の内心を、少々色の付いた眼鏡を使って予想したわけだが……。
しかし、売れなければ、ゼロ。
売れれば、キログラム当たり800ゴールドが受け取れるので――
「……分かりました。では、その金額でお願いします」
彼女は最初に提示された金額で納得することにしたようである。
尤も、鉄鉱石の調達やその精錬に、出費はまったくかかっていなかったので、たとえ、キロ1ゴールドで買い叩かれたとしても、赤字ではないのだが。
ただ……。
ワルツの鉄売却計画は、そこで終わり、というわけではなかったようだ。
「じゃぁ、それがあと、49個あるので、残りも同じ金額でお願いしますね?」
「「…………は?」」
そして目を点にして固まる商人たち。
こうして、ワルツの鉄塊売却計画(?)は、次なるステップへと進むことになったのだ。




