1.1-20 村14
酒場に戻ってきたワルツたちは、朝よりも少し肉の量が増えた昼食を摂っていた。
そんな中で、酒場の店主から投げかけられた質問が――これである。
「なぁ、嬢ちゃんたち。さっき……ものすごく大きな音が、どっからか聞こえてきてたんだが……2人とも、大丈夫だったか?」
「「…………!」」びくぅ
「……その様子じゃ、あの音は、嬢ちゃんたちが原因だったんだな……」
食事を咀嚼している時に聞いたためか、2人揃って青い表情を浮かべながら咳き込みそうになっている様子を見て、大体の事情を察した様子の店主。
そんな彼に差し出された果実水と共に、口の中のものを喉の奥へと流し込んだ(?)ワルツたちは、至極、言いにくそうな表情を浮かべながら、店主に対し、簡単に事情を説明した。
「えっと……実は……ルシアと一緒に魔法の練習をしてまして……。大きな音を立てたせいで、皆さんに迷惑が掛かっちゃってたりしたら……すみません……」
「すみません……」
「いや、気になるような大きな音じゃなかったから、それについては別に良いんだ。だけど……今は、このご時世だ。近くで大規模な戦闘でも起こったかと思ってな?今度、魔法の練習をするときは、一言断ってからにしてもらえると助かるぜ?」
「「はい……」」しゅん
と、俯くワルツとルシア。
そんな2人の様子と行動に大きなギャップがあったためか――
「なーに!怒ってるわけじゃねぇさ。最悪、事後報告でも構わんから、ひとこと言ってくれれば良いってだけよ!」がっはっはっは
店主は湿った空気を吹き飛ばすかのように豪快に笑って、場の雰囲気を一気に変えてしまったようだ。
もしかすると、それが彼の人徳のようなものなのかもしれない。
◇
それから2人がデザートに舌鼓を打って、皿を空にし、おかわりをしたさそうな表情を浮かべていると――
「お?来たんじゃねぇか?」
店主が騒がしくなってきた外の様子に気付いたのか、木製の窓の外に視線を向けながら、おもむろにそう口にした。
「そうですね……。じゃぁ、ちょっと、鉄、売ってきます」
「売れるといいね?お姉ちゃん」
「…………」
「…………?何かあったんですか?」
「いや……世界中探しても、ちょっと鉄、売ってくる、って言って出かけて行く娘っ子は、嬢ちゃんたち以外に居ねえんじゃ、って思っただけだ」
「そうですかね?」
「あぁ、多分な。まぁ、行って来い。何かトラブルが起こりそうだったら、俺を呼んでくれ」
「お気遣い、ありがとうございます。それじゃぁ、ちょっと行ってきますね」
「行ってきまーす!」
そう口にして、ルシアと共に、酒場の外へと足を向けるワルツたち。
そんな彼女たちの目的は、ワルツの言葉にあった通り、昨日精錬した鉄を売ることである。
◇
彼女たちが酒場の外に出てみると、ちょうど目の前に、見慣れない3台の大きな馬車が停車していた。
そんな馬車は、土台部分に金属のフレームが入った木製で……。
大きなカマボコ型のテントのような半円状の幌が荷台を囲っている――まるで軍用のトラックのような見た目だった。
なお、馬車を引っ張っているのは、エンジンではなく、馬――のような動物である。
「ふーん。車体に板バネ式のサス使ってんのね……。流石にショックアブソーバーまでは入ってないみたいだけど、ボディーにそれなりの重さがあるから、意外と乗り心地は良いかもしれないわね……」
「うん?いたばね?さす?」
「ううん、独り言だから気にしないで?」
と、この世界の科学技術について考えながら、思わず口から出てしまった言葉を誤魔化すワルツ。
そんなワルツたちの前には、既に人だかりが出来ていて……。
村人たちは、皆、さっそく、買い物をしている様子だった。
酒場の店主の話によると、前回キャラバンたちがこの村に来てから2週間が経っているということだったので、それぞれの家庭で、調味料などの消耗品が切れかかっていたのだろう。
そんな村人たちの中に、ワルツたちは狩人の姿を見つける。
「あ、狩人さん。こんにちは」
「こんにちは?」
と、狩人に向かって、挨拶をするワルツとルシア。
一方、狩人の方は、というと――
「…………?!」びくぅ
ワルツたちの方に背を向けたまま、何故か全身の毛を逆立てて、固まってしまったようである。
例えるなら――まるで疚しいことでもあるかのように……。
それから彼女は、どこかぎこちない様子でワルツたちの方を振り向くと、2人に向かって返答を始めた。
「や、やぁ、2人とも……」ギギギギ
「「……………?」」
「キョウハ、イイテンキダナー」
「あの、狩人さん?すっごく様子がおかしいんですけど……何かありました?」
「いや?いつも通りだ?」
「「……あやしい……」」
そう言って、左右から回り込むように狩人を挟み込むワルツとルシア。
その結果、狩人が背中に隠し持っていた物体が見えたようで……。
それについてルシアが質問した。
「あ……これ、魔法の本だ。もしかして狩人さん……魔法のお勉強をするの?」
「み、見つかってしまったか……。できれば、私が魔法をバンバンと撃てるようになった後で、気づいてほしかったな……」
そう言って、小さくため息を吐きながら苦笑を浮かべる狩人。
どうやら彼女は、ワルツたちには内緒で、魔法の勉強をしようとしていたようである。
「ちなみに、どんな魔法を使うつもりなんですか?」
と、怪しげな魔法陣が書かれた、分厚い魔導書(?)を見ながら問いかけるワルツ。
すると、狩人は、すこし顔を赤らめながら、なぜかワルツから視線を逸して、返答を始めた。
「え、えっと……ひ、火の魔法を練習しようと思っていました、ワルツさん……」もじもじ
「(……ん?ワルツさん?)」
「や、やっぱり、火が使える方が、何かと便利かと思いましたので……」
「あのー……狩人さん?どうして、私の名前に”さん”を付けて呼ぶんですか?昨日みたいに、呼び捨てで話して欲しいんですけど……」
と、ワルツは、狩人に対し、どこか反応に困ったような表情を浮かべながら、そう口にしたわけだが……。
それに対し狩人は、大きく溜息を吐くと……。
どこか疲れたような表情を浮かべながら、元の口調で話し始めた。
「……昨日の狩りな。私としては……すっごくショックだったんだ……。なんというか……森から私の居場所を取られてしまったような気がして……」
「「えっ……」」
「……ごめん。ちょっと喩えが悪かったな。本当は、羨ましかったんだよ。あんな風に、自由に魔法が使えて、狩りが出来るっていうのが、な……。それで私も、ワルツやルシアみたいになりたくて、魔法を勉強しようと思ったんだ。だから、ワルツやルシアは私にとって目標というか……先生みたいなものかな、って思ってな」
「(なるほど……でも、私の力、魔法じゃないですけどね……)」
と、狩人の話を聞いて、納得げな表情を浮かべるワルツ。
対して、ルシアの方は、彼女とは少し異なる表情を浮かべていたようだ。
「ということは……狩人さんって、少なからず魔法が使える、ってことですよね?魔法がまったく使えない人って……どうにもならないって聞くし……」
そんなルシアの言葉から推測するに、どうやら元々魔法が使えない人間は、そう簡単に魔法が使えるようにはならないらしい。
ワルツが魔法の練習をしていた際に、ルシアが口にしていた”成功しないと感覚がつかめない”という発言と、少なからず関係があるのだろう。
ただ……。
幸いというべきか。
狩人は、まったく魔法が使えない、というわけではなかったようである。
「ふふふ……とくと見よ!我が火魔法を!」シュバッ
…………ポッ
「「…………」」
「……何か言ってくれよ……。無言だとすごく傷付くんだが……」
「え、えっと……頑張ってください」
「……応援してます」
狩人の指先から、ロウソクの火よりも小さいのではないかと思えるような極小の炎が出ていた様子を見て、何と返答して良いのか分からなくなった様子で戸惑うワルツたち。
その様子を見て、狩人は諦めたように再び大きなため息を吐くと、再び口を開いてこう言った。
「はぁ……。まぁ、そんなわけで、こんなショボい火魔法じゃ話にならないから、もう少し強い火魔法が使えるように、頑張ってみようと思うんだ」
「えっと……私が口を出すのもどうかとは思いますが、今のままでも、使い方を工夫すれば、十分効果的に使えるようになると思いますよ?例えば、燃料を吹き付けて引火させたり、火薬を爆破したり……」
「ん?ねんりょー?かやく?爆破?!」
「あっ……いえ。なんでもないです……」
と、魔法や魔道具が出回っているこの世界においては、思ったほど科学技術が進んでいないことを思い出して、口を閉ざすワルツ。
そのついでに、”爆破”という言葉に反応して目を輝かせていた狩人のことも、ワルツは見なかったことにしたようである……。




