1.1-18 村12
朝食を摂り終えた後。
ワルツたちは暇を持て余していた。
酒場の店主の話では、今日あたり商隊が村へとやって来るという話だったのだが……。
それまでは2人とも、やることが無かったのである。
ただ……。
商隊が来るまで、ずっと待ち構えていなければならない、というわけでもなかった。
彼らはこの村に1晩ほど滞在するらしいのだ。
ということは、ワルツたちが眼を離した隙に、商隊が素通りしてしまう、などという残念な展開にはならない、ということである。
そんなわけで。
ワルツは、この世界に来てから、一度、どうしても試してみたかったことを実践してみることにしたようだ。
すなわち――魔法の練習である。
目の前でルシアが魔法を使っている姿を見て、ワルツも魔法を使ってみたくなったらしい……。
結果、2人は、村を取り囲むように存在していた森の向こう側へと移動し、そこに広がっていた大きな草原までやってきた。
ド派手なことをしても、誰にも被害が出ることはない、そんな場所である。
そこでワルツは、ルシアから、魔法のレクチャーを受けることになった。
「で、ルシア?どうやって魔法撃つの?(機械の私にも使えるのかしらね?)」
「撃つ……っていうか、集めるって感じかなぁ?」
「集める?」
「うん。えっとねー、昨日の”さんそ”の話じゃないけど、空気の中にある魔法の素を手のひらに集める感じ(本当は手のひらもいらないけどねー)。でも、お姉ちゃん……昨日もそうだけど、魔法、使ってなかった?」
「あーれーはー、ねー……実は、魔法のようなものであって、魔法じゃないのよ……」
「えっ?」
「詳しい話は、できれば聞かないでおいてほしいわ……」
「えっ……う、うん。分かった……」
と、難しそうな表情を浮かべながら、いかにもわざとらしく話すワルツを前に、それを本気で受け取ったのか、頷くルシア。
それからも彼女の説明は続く。
「それで、魔法の素を集めたら……頭の中で結果をイメージして、手の先で弾くような感じかなぁ?こう、ピンッ、って感じで」ドゴォォォォォン!!
「……それだけ?(うわー……焼け野原……)」
「うん。でも慣れてないと大変だよ?魔法の素を集める感覚って、成功しないと中々掴めないから……」
「そう……(もう、これは、羞恥心が云々なんて言ってられないわね……)」
そして、自分の中の厨二心を呼び覚ますワルツ。
彼女は、羞恥心をかなぐり捨て、無駄なモーションと共に両手を前へと突き出すと……。
渾身の力を、そこへと集め始めた……!
チュンッ……
「あっ……」
「えっ?」
ドゴォォォォォン!!
「?!」
「あー、ごめん、ごめん。魔法じゃなくて、なんか余計なものが出ちゃったわ」
「なにあれ……」
と、小さくはないキノコ雲を上げながら爆散した丘の姿を見て、唖然とするルシアに対し――
「気にしちゃダメよ?大したものじゃないから……」
引き攣った笑みを向けながら、話を誤魔化そうとするワルツ。
それからも、彼女の奮闘は続き……。
大規模な土地の改良(?)が、進められていったとか、いなかかったとか……。
◇
……結果。
「…………」ずーん
「お、お姉ちゃん……。落ち込まないで?魔法を使える人って、実はそんなにいないんだから……」
と口にするルシアの言葉通り、ワルツには魔法と呼べるような魔法が使えなかったようである。
ただ、ルシアから見れば、ワルツの手から出ていた荷電粒子は、魔法そのものにしか見えず……。
その上、自分の魔法以上に、扱いが難しそうなものだったので、ルシアはワルツに対し、思わず同情してしまったようだ。
そんなルシアに対し、ワルツが顔を上げて問いかける。
「ちなみにだけど……どれくらいの人が魔法を使えるの?」
「うーん……多分、10人に1人くらい?」
「少なっ!」
「うん。すっごく少ないよ?」
「小さな魔法でも?」
「うん。どっちかって言うと、生活に役立つから、小さい魔法の方が好まれてるかなぁ……。私は苦手だけどね?」
「(まぁ、戦闘を考えるなら、ルシアの魔法は申し分ないのかもしれないけど……一般的な生活であの魔法を使うっていうのは、ちょっと難しいわよね……。鍋にお湯を沸かそうとして火魔法を使ったら、鍋ごと蒸発させかねないし……)」
と、昨日の作業で、大量の鉄鉱石を、いとも簡単に融解させていたルシアの火魔法を思い出すワルツ。
彼女がそんなことを考えていると……。
今度はルシアの方から質問が飛んできた。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「ん?」
「答え難かったら答えなくても良いんだけど……お姉ちゃんが使う魔法って……実は魔法じゃないよね?」
「うぐっ?!」
「だって……お姉ちゃんの魔法からは、魔力が聞こえないし……」
「き、聞こえない?」
「うん。あ、そっか。お姉ちゃん、頭にお耳がついてないから聞こえないんだね。私たちは、頭にあるこのお耳で、魔力を聞き取れるんだよ?」
「へぇ……」
「でも、常識だと思うんだけどなぁ……」
「ひぐっ?!」
その言葉の一言一言が、ワルツの繊細(?)な心を揺さぶるのか、ルシアが喋るたびに顔色を変えるワルツ。
そんな彼女は、ルシアに対して、いよいよ自分のことを隠しきれないと思ったのか……。
自身が使う”力”について、簡単に説明することにしたようだ。
「……皆には内緒よ?」
「……うん」
「実はね。私が使ってるこの力って……魔法じゃなくて、”科学”っていうのよ」
「かがく?」
「そっ。科学。昨日見せたような精錬の知識もそうだけど、世界に存在する、ありとあらゆる現象を定量化する学問のことね。端的に言ってしまえば、魔法が使えない私たちのような存在が、魔法のような大きな力を得るために積み重ねてきた知識の集合みたいなものかしら。その知識を使えば、魔法みたいなことが出来る、ってこと」
「ふーん……。つまり、魔法じゃない別の力、ってこと?」
「んー、細かいところでは、もしかすると、同じことをしてるかもしれないから、一概にはまったく異なるものとは言い切れないけど……。まぁ、ルシアが頭の中で考える上では、魔法と科学は別モノ、って考えてもらっても構わないわね」
「そっかぁ……」
と、ワルツの説明を聞いて、分かっているのか、分かっていないのか、どちらとも言えないような反応を見せるルシア。
ただ、ワルツが使っている力が魔法ではなく、”魔法のような何か”ということだけは理解できたようだ。
そんな彼女に対し、ワルツは話題を変えるかのようにして、こんな質問を投げかける。
「あとさー……。実は私もルシアに聞きたいことがあったのよ」
「うん?」
「ルシアって……どんな魔法が使えるわけ?」
と、怪しげな笑みを浮かべながら問いかけるワルツ。
それに対して、よくぞ聞いてくれました、と言わんばかりの表情を見せるルシア。
ワルツの魔法の練習(?)が終わった今。
今度は、ルシアの力がどれほどのものなのか、その検証が始まるようだ。




