-10.4-20 時間20
人々から崇められて、プルプルと小刻みに振動していた狐娘を回収してから……。ワルツは、アトラスが作った魔導生命体(?)であるクマの人形を抱えながら、廃墟となった城の真ん中までやってきていた。
そこで彼女は適当なスペースを作り、クマの人形を置いて、そして呼びかける。
「こっちは準備できたわよ?そっちはどう?アトラス」
するとすぐに、1300年後の未来にいるアトラスから返答が戻ってきた。
『準備はできたんだが……なぁ、姉貴?今更なんだが……物資を過去から未来に送り届けてもらうっていうのは……姉貴たちに無理が掛かってるんじゃないか?』
「だから送んなくても良いって?ホント今更ね……。ミッドエデン国内に食料の余剰が腐るほどあって、予算的にも許されるなら新しく物資を用意すれば良いと思うけど……そういうわけにはいかないでしょ?まぁ、こっちに食料があったところで、こんなに食べきれないから、その辺は気にしなくても良いわよ?」
『……分かった』
「それに目的は、半分が物資に関することだけど、もう半分は別のことだし……」
目的のもう半分。それは、所謂"因果律"の法則性について調査を行う、というものだった。
ワルツたちがいる時代と、アトラスたちがいる時代が、同じ時間軸上で繋がっているとするなら、ワルツたちが過去で行った行動は、未来にもそのまま反映されるはずである。しかし今のところ、ワルツたちが、その事象を直接観測したことはなく……。果たして自分たちの行動によって未来が書き換わってしまうのかどうか、未だ判断できていなかったのだ。それを確認するために実験してみる、というわけである。
「で、今どこ?」
『サウスフォートレスの地底湖で良いんだろ?町からここまでの道中で出会ったミノタウロスたちが、魔物とは思えないくらいに妙に親切ですごく気持ちが悪かったんだが……』
「まぁ、よく訓練されてるはずだから、そんなもんじゃない?」
『ちょっと何を言ってるのか、意味がよく分からないな……』
「その辺は、狩人さんのお父さんに聞いて?全部任せてるから。さて……それじゃ、早速いくわよ?」
未来の世界でアトラスたちがいた場所、それはサウスフォートレスの地下に出来た大きな地底湖だった。数ヶ月前にワルツたちが発見するまでは、誰かによって手が入れられた形跡はまったく無く……。過去の変化を未来で観測するための最適な場所である。それを思いついたワルツは、転移魔法が使えるエンデルシア国王に頼み、アトラスと共に地底湖に行くよう頼んだのだ。
「ルシア?土魔法で直径10cm、深さ1000mくらいで削ってもらえる?」
「つまり……深さは適当?」
「そ。適当で」
「おっけー」
そして、地面に手を当てるルシア。すると次の瞬間、何とも表現し難い鈍い音を立てて、地面に深く穴が空いた。
それを見てから、ワルツはクマの人形に対し話しかける。
「アトラスどう?天井でも地面でも良いんだけど、10cmくらいの穴、空いてない?」
『どこだ?』
「多分、伯爵家の真下辺り」
『そう言われても分からん。意外にここ広——』
と、口にしたところで——
『あぁ、あれか……』
——どうやらアトラスは目的のものを見つけたようだ。
『あったにはあったけど、地底湖の真上で、陸地じゃないから、ちょっと観察が難しいな……』
「陸地ってどっち?」
『そうだな……入り口が北の方角だったはずだから……北に50歩ってところだな』
そんなアトラスの言葉を聞いて、ワルツは珍しく真剣そうな表情を浮かべる。
「さて、アトラス。私たちはまだ1つしか穴を開けてないんだけど、50歩くらい北の位置に穴って開いてるのかしら?」
どうやら既に実験は始まっているらしい。
『待ってくれよ?……いや、上にも下にも無いな』
「ということは、これから私たちが取り得る選択肢は3つってことね。そもそも穴を開けないか、穴を開けた後でちゃんと塞ぐか……あるいはそれ以外か……」
『……その3番目の選択をしたら?』
「分かってて聞いてると思うけど、多分、歴史が変わるはずよ?って言っても、主に、アトラスとエンデルスの記憶が書き換わるだけだと思うけどね?最初からそこには穴が開いていた、って認識にね」
ワルツがそう口にした瞬間、クマの人形の向こう側から、明らかな緊張の気配が漂ってきた。歴史が書き換わることで自分たちの身に何が起こるのか……。アトラスとエンデルシア国王は、そろって身構えてしまったようだ。
しかしそれは、実のところ、ワルツも同じだった。地面に新しい穴を開けたにも関わらず、未来でそれが確認できなかった場合……。それが何を意味するのか、彼女には分かっていたのだ。それは即ち、アトラスたちがいる未来と、ワルツたちがいる過去とが、切断されていることを意味していて……。ワルツたちにとっては、帰る未来を失うことと同義だったのである。まぁ、正確には、未来と過去との差異を自ら作り出すことで、帰れないことを確定させることになる、と表現すべきかもしれないが。
「……やっぱり開けないって方向で行こうかしら?」
「『『えっ?』』」
「今のところ、未来と過去とで辻褄は合ってるでしょ?余計な事をして帰れなくなるとか、もうお腹いっぱいだし……」
そう言って、肩を落とすワルツ。この瞬間、彼女がストップを掛けたのは、2度ほど似たような失敗をして、元の世界に帰れなくなった彼女らしい選択と言えるのかも知れない。
過去に転移して未来を変えようとする……。
じゃが、どうやっても未来が変えられないとすれば、見えない絶対的な力で、行動を操られるような気分になるのではなかろうか。
例えば、"神"という存在に操られるかのように……。
なんか、そんな映画があったような気がするのじゃ。




