+α 後
一回間違って投稿して更に消してしまいました。申し訳ありません。
色々と言葉を尽くして申し訳ないという汐見の気持ちを説明されること十数分。その後同じくゴミ捨てに来た他学年の委員に声をかけられ、慌てて学校を飛び出した帰り途。
「つまり汐見は、俺が意に染まない相手に攻略されるかもしれないことが申し訳ないと」
こほん、とわざとらしい咳払いしてしまうのも許して欲しい。色々とあって心臓に過度の負担がかかったようなので。
「それもだけど、攻略されるんじゃないかって心配させちゃうこと自体が申し訳ないというか…。自分のことばかり言ってる場合じゃないね、誰だって好きでもない相手とそんなことになるの嫌に決まってるのに。私稲葉君にどんだけ失礼なんだろう」
帰りは絶対運ぶと言い張った汐見に負けてリヤカーを引いてもらってるけれど、すっかり恐縮し項垂れる汐見の足取りは遅くなる一方だ。
「稲葉君が自分が攻略されるかもしれないことを心配するのは当然だと思うんだ。私は私が本当にその方法を知らないって知ってるけど、でもどうやったらそれを他の人にも証明できるかわからない…私がいくら知らないって言い張っても嘘ついてる可能性を消すことには繋がらないんだよね。私だけの話なら証明は難しくないのかもしれないけど、他の子に情報流されても困るわけだし…あああー、ごめんね、困ったなこの場合どうしたらいいんだろう」
汐見の止まらない呟きを聞きながら、これはどういう結論に向かうんだろうかと考える。
汐見の意識の話なだけに、俺の攻略ポイントを汐見が知らないと証明するのは難しい。正直、知らないという言葉を疑っているわけではないし、知っていたとしても、それがそのまま自分に当てはまるとは思えない。だから本音で言えば心配もしてないし、汐見もそれほど気にしなくていいと思う。ならばその見解を直ぐに伝えればいいとわかっているのだけど、なんとなくその様子を見守ってしまっているのは、少し邪な気持ちが生まれてしまったから。
誰かが自分のために一生懸命になってくれている姿って、なんかちょっと、こう。
「…私があの学校にいかなければいけるかも?」
なんとなく胸にくるものの感触を確かめていた最中、ぼそっと耳に届いた音に一瞬で凍りつく思いがした。
「―――は?」
汐見の足が角を曲がり、それより少し遅れて歩いていた俺の足が停止した。
「ま、ちょっと待った汐見、ストップ止まって!」
「あっ私道間違えた?!」
「道は間違えてないっでもちょっと待って」
俺が出した大声に急停止したリヤカーがガタンと音をたてる。
困惑を乗せた視線に逆に焦りを覚える。極端な上に実行力のある相手の思いつきは本気で怖い。俺自身が問題ないと思っていることで汐見が志望校を変えるなんてあったら本気で困る。
「あのさ、俺、汐見のこと信用してるよ」
「え」
「信用してる。だから汐見も、俺を信じてよ」
「え、え、それってどういう……」
汐見の戸惑う声を聞きながら、もっと他に言い様がなかったのかと思う。
だけど飛び出した言葉は戻らない。止めたところで伝わらないから覚悟を決めた。
「汐見が先に言ってくれただろ」
こちらの勢いにたじたじの汐見に口にするのは至極気恥ずかしい。
それでも言わなかったらもっと怖いことになる気がして。
「汐見が先に俺のこと怖くないって言ってくれたんだ。俺が汐見を信じないのは嘘でしょ」
目を見開く汐見に、もう一度重ねて告げる。
突然記憶を失って、現実にはいないはずの人間が自分はリアルのクラスメイトだと言いだした。
彼女にとってはそれこそ混乱の極みに違いないのに、己の動揺を飲みこんで、もう一度現実を見つめ直して、勝手に謝罪する俺を許した。この受験シーズンの真っ只中で。
そういう汐見の強さを俺は凄いと思うし、尊敬する。
羞恥を堪えて告げたら、見開かれていた汐見の目が細くなって眉が下がった。
「稲葉君……」
ええ子やぁ…と再び親戚のおばさんを連想させる言葉が続くと、照れくささも手伝って、耐え切れずに噴き出した。
「また良い子って…汐見それもう口癖だよね」
「稲葉君が本当に良い子だからだよ」
「そんなことないと思うけど。……汐見のそれ、もしかして照れ隠し?」
えええほえほえほっ!
突然詰まったように咳きこんだ汐見に目を瞬く。
「あ、あれ?」
俯いて咳きこむ汐見の髪の間から真っ赤に染まった耳が覗いてどきっとする。
もしかしなくても図星をついた。気付いてしまったら続ける言葉が見つからなくて、それから担当エリアまで歩く道中はすっかり無言になった。
結局話の接ぎ穂を失ったまま校外活動を終えて全部のゴミ捨てが終了した。
帰りのHRを終えた教室からクラスメイトが出ていくのを見送りながら色んな事をずっとぐるぐる考えているうちに、汐見の言葉の真意かもしれないことを思いついた。
何故かそれを聞かなければ勉強に集中できなくなるような気がして、なんとか帰り際の汐見を捕まえる。
どこか気まり悪そうな汐見を教室の隅に誘導して、できるだけ平静を装って問いかけた。
「さっきの話で思ったんだけど」
もしもこの世界がリアルゲームの世界だったとして。魅力的な人間を、例えば自分が攻略できる立場であったとしても。
「汐見が、そんなの微妙だし嬉しくないって言ってたのは、相手と思いあえるようになる方法が、ポイントを押さえさえすればいいって考え方が好きじゃないから?」
「あー……。うん、そんな感じ」
やっぱり三角の目で、先に行ってるよと手を振った高見沢に頷いて、汐見が小さく息を吐く。
「実際問題、現実の中で何も情報がないまま見えない相手の気持ちを的確に見抜くのって難しいよね。というか不可能だよね。もしも今ここにいる場所がゲームに忠実な世界だったらそれが可能になるわけだけど、外しちゃいけないところを外さなかったから好きになってもらえたんだっていう意識が自分の中にあるのって、本当に幸せなのかな、って思ったんだ」
相手が自分に確実に夢中になる。そういうポイントを押さえる術を知っている。
そんな絶対負けないワイルドカードをもしも自分が手にしたら。
たぶん幸運だと思う一方で、きっと手に入れたことを後悔する。
エデンのリンゴ然り、パンドラの箱然り。人が誘惑に打ち勝つのはとても難しい。
そして一度でもカードを切れば、自分の本当の気持ちの置きどころまでもを見失う。
「私だったら、そのポイント外さない相手だったら自分でなくても良かったのかな、ってきっとどこかで思っちゃう気がする」
誰かの気持ちを自分の勝手で左右し自分にだけ都合の良い環境を作れば、そこにあるのが本当に相手の気持ちだと信じることはきっと難しくなる。
その先に待つのはたぶん、人間不信と自己嫌悪。
相手の想いを信じきることができない状況は、思う以上に辛いものに違いない。
言われてみればその通りで、俺は汐見の言葉に深く頷いた。
保証があるから安心できるはずなのに、保証があったら信用するのが難しい。人の心はままならない。
「それに、何より難しいのは日常なんじゃないかと思って」
「日常?」
「うん。現実と同じように毎日24時間プレイするゲームなんてないよね。ゲームって、ひとつひとつはイベントっていう点でしょう?点の中でポイントを押さえることは難しくないのかもしれないけど、現実はイベント以外にも日常が続いているから、現実での点はイベントじゃなくて毎日になる。しかも人と人との関係って日々の積み重ねで出来てる。そう考えると、実際のところ、そんな、そこだけ押さえれば掴みはオッケー、みたいなことないと思うんだ。たぶんイベントで好感度あげたって、日常で下がることなんて山ほどあるんじゃないかな。例えば私がやってる携帯ゲームだって、イベント以外の日常で何を話せばいいとかわからないし難しい。何をしたら好感度が良くて何をしたら悪くてって、気にしてばかりいたらしんどいよ。だからってイベントの時だけ関わるのも不自然だし。どっちにしてもリアルで考えたら無理があるんじゃないかなぁ」
「そっか…そうだね」
なるほどね、と言いながら笑いが漏れる。話しながら、もうひとつ気付いたことがある。
リアルはゲームとイコールじゃない。
だけどゲームじゃなくたって、人との出会いはこの先無数に溢れてる。中学を卒業して、高校生になって、汐見にも俺にも、色んな未来が待っている。
今日俺は、これまでにも彼女を目で追ったことがあったことを思い出した。彼女の兄貴分だという人や名前も知らないゲームキャラクターかもしれない相手に対抗心らしきものを抱いたことや、自分のために懸命になる彼女に何かが揺れたこと。そんなものを総合して、とある想いを予感した。
だけどまだ、本当にスタートラインに並びたいと思ってるのか自信はない。だから踏み越えることに躊躇を覚える自分がいる。
その上、もうひとつ気付いてしまったのが、もしもその場所に並ぶ覚悟ができたとしても、たぶん俺はマイナスのハンデを負っているんだろうということ。
彼女の中で、俺の存在を忘れてしまったというひとつの事実はきっと簡単に括れるものじゃない。
即座に解消できるトラウマなんてひとつもないし、罪悪感っていうのは凄く厄介なものだと思う。
「……そういえば汐見、学園物ゲームで攻略したかった相手は覚えてないの?」
「え?」
「汐見好みの無難キャラの話。俺、汐見自身が元気キャラだから、汐見が選ぶのは色んな事一緒に楽しめるような相手だと思ってたんだ。でもそうじゃないって聞いたから、それなら一番の無難キャラってどんな感じだったのかなーと思って」
「…ええっ?!」
自分の中のもやっとしたものを誤魔化す気持ち半分、少し揶揄うつもりで笑いかけたはずが、唐突に汐見がトマトみたいに真っ赤になった。
慌ただしい様子で荷物を掴んで後ろのドアに向かってじりじり下がり、そのまま脱兎の如く教室を駆けだしていく。というか逃げ出していく。小さくなっていく後ろ姿を、俺は唖然としながら見送った。
覚えてないからわからないとか、突然用事を思い出したからとか、色々ごちゃごちゃ言っていた気がするけど本当だろうか。
自分に問いかける端から嘘だと確信。
ならばそこには何か相応の理由があったということで。
「……えーっと、」
じわじわと顔に熱が集まってくるのをどうすることもできずに、俺は机に顔を突っ伏した。
もしかしたらスタートラインなんか知らないままにとっくに始まってるのかもしれないとどこかで思った。




