森の物語
カウレは何かを察知していた。
人食いの森は異様な雰囲気に包まれ、皆が殺気立って居た。
フルセルに何かが起こる。野生の勘であった。
その予感を一人だけが持っているのならまだしも、全員が予感しているのだ。
逆に気味が悪かった。
カウレは全獣人族を招集し、話し合った。
「どう思う」
「どう思うって…まずいでしょう、この空気は」
一人の獣人が一歩前に出た。
「人間どもが、なにかしているに違いありません」
「何かってなんだ」
「馬鹿みたいな質問をするな!」
やいやいと野次が起こった。
「わかったわかった。黙れ」
カウレは空を見上げた。星が浮いていた。
「…遂に周期が来たか」
「はい?」
「よしお前ら!武器を用意しろ!」
獣人共は面食らった。いきなりそんなことを言われても。
「な、何故?」
「戦争が起こる。フルセルの滅亡を賭けた殺し合いだ」
カウレは大いに笑った。
いつもと違うカウレの様子に、獣人達は狼狽えた。
「しかし何故、戦争が起こるとわかるのですか」
「なんとなくだ!」
カウレは叫ぶと、森の奥へと走り去っていった。
カウレは自分の寝床を漁っていた。そこに一枚の石板があった。
一言、震えた字で刻まれていた。
『月が異様に眩しい』
「これだ」
カウレは石板を持って崖を駆け上った。確信が有った。勘なんかよりも、もっと単純で、確実な…
崖を登り切り、カウレは石板を天に掲げた。
次の瞬間、石板の周りの空間が歪んだ。
石板が、消えた。
「…嘘」
カウレは、震えた。
余りの恐ろしさに、震えた。
何処に行ったのか。本当に『行った』のか。他の場所に移動しただけなのか。
消滅したのではないか?
もしそうだとしたら。
カウレは震えを抑えることができなかった。
昂りに昂り、
陰りに陰り、
混ざって、潰れて、
星に吠えた。
「ルスバ」
カウレは隣に居る獣人に話しかけた。物静かな男で、唯一カウレが気の置けない友人だった。
「何でしょう」
「私はどうすべきだと思う」
ルスバは首を傾げた。
「どうも、貴方の様子はおかしい。獣人族の前で戦争だと叫んだかと思えば、こうやって私に悲しげに相談したりもする」
「そうだな。少し、迷っている」
ルスバは欠伸をした。
「何にせよ、運命は既に決まっています」
「…はあ?」
「私には見えるんですよ」
大丈夫だろうか、とカウレは思った。一応それなりの常識は持っている。その常識から考えて、この男は少しおかしい。
「一体何を言ってるんだ」
「このままじっとしていれば、フルセルは破滅するのでしょう」
「あぁ」
「ならば動くべきです。フルセルは、なにも私達だけのものではありません」
「それはそうだ。人間も、他の種族だっているだろう」
ルスバは笑った。
「そういうことではない」
「何?」
「ご先祖様のものでもある、ということです」
カウレの心臓は揺れ動いた。
「昔の人々は、居場所を求めて争いました。人間と、獣人族と、竜族と…その他。とにかく数え切れないほど」
ルスバは立ち上がった。
「その結果、人間はフルセルという狭い場所に押しやられ、我々獣人族は更に狭いこの森に押し込められました。勿論獣人族が弱いなんてことはありませんよ!ただ、数が足りなかったというだけで」
「…」
「ともかく、昔の人々は血を流して、平和を造っていったのですその平和を壊すなんて、先人の死体を踏み躙るに等しい行為です」
「…」
「少なくとも、私は許せないかなぁ…と…」
カウレは飛び上がるように立った。
「ちょっと、少なくとも『私は』というだけで、ただの個人の感想ですよ」
「いいや。その意見に同感だ」
「でももう少し考えなければ…この戦争で多数死傷者も出るでしょうし」
怖気づいたな、とカウレは背中を叩いた。
「やらなければ全員消えるんだ。やろうじゃないか」
「なんですか、結局昼のときと同じ結論で?」
「そうだ、迷惑かけたな」
カウレは、泣きながら笑った。
間違いなく、疲れている。
ルスバはそう思った。
過去のカウレに、何かあったのだろうか。俺には、わからなかった。




