『心理』
「誰ですか、あなたは」
ドロイトはニタニタと薄気味悪く笑った。
「会議室で会ったでしょ?もしかして忘れちゃったかな?」
「覚えてますよ。何故ここに?」
「たまたまだよ」
嘘に決まってる。この馬鹿にしたような薄ら笑いは、正直者ができる表情ではないはずだ。
「…何か用ですか」
聞くと、ドロイトは街の方を指差した。
「君と話がしたいんだ。一緒に昼食を食べよう」
「えぇ?」
「食べたくないの?美味しいお店を紹介するよ」
…この世界に来てから、まともな食事にありつけていない。唯一食べたのは、魔物を炭にした食事とは言えないものだけだった。
「…」
俺は後ろの方を振り返った。森のようなものが遠くに見えた。この世界には魔物が存在するらしいが、あの森にもいるのだろうか。
「…どうしたの?」
ハッとして、視線をドロイトに戻した。そういえば、何故俺は後ろを見たのだろう。
ドロイトは上下に少し跳ねた。いかにも待ち切れないといった様子だ。
「面白いなぁ…!ね、早く行こうよ。オススメのお店があるんだ!ついてきて!」
そう言うとドロイトはいきなり走り出した。
「あ」
俺はまた後ろを振り返った。変わらず森が向こうにあるだけだ。
森を見ていると、気がついた。俺は逃げ出したいのか。
逃げ出して、とにかく人の居ない場所に行きたいのだ。頭の中にあるぐちゃぐちゃとした何かを、俺は捨ててしまいたいのだ。
俺はドロイトについていくのを躊躇った。しかしドロイトはそんな俺を気にもせず、どんどん小さくなっていく。
「…あぁ、畜生!」
意を決して、俺はドロイトを追いかけた。
「この店がお肉屋さん。何時でも新鮮なお肉が並んでるから時間とかは気にしなくていいよ。あ、あの店はスイーツ屋さんでね、グラスのマニ包みがオススメだよ」
ドロイトは歩きながら、来る店一つずつ指差して説明した。この街にある店全部知ってるんじゃないかと、少し感心した。
「グルメなんですね」
俺がこう言うと、ドロイトは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「グルメだなんて…僕は、ただ食べるのが好きなだけだよ」
「…へぇ」
活気に揉まれながら歩いていくと、ドロイトはあっと声をあげた。
「ここ、ここ!」
見ると、そこにはレンガ積みでできた洒落た店があった。
「へぇ、ここが…」
「さ、入ろう!」
ドロイトは俺の手を引っ張り、扉を開けた。
店内は意外と広く、酒の上品な香りで満ちていた。
カウンターにはズラーッと瓶のようなものが並んでいた。匂いからして、やはり酒だろうか。
客は全員大人びていて、赤ら顔の客がチラホラと居た。
そこかしこで会話が飛び交い、人気の店なのだなと瞬時に分かった。
「ここに座ろう」
言われるがままに座ると、早速ウェイターがやってきた。
「いらっしゃいませ。お料理の追加注文は出来ないので、ご了承ください」
ご注文は、と聞かれると、ドロイトはよくわからない料理名を言った。地球には存在しない料理だ。こちらでも味覚は同じであってほしいが、大丈夫だろうか。
「トイレは奥の方にあるから、行きたくなったら好きに行ってね」
「ん、わかりました」
「じゃあ早速だけど君、転移者でしょう?何処から来たの?」
ドロイトはいきなり質問をしてきた。
「地球にある、日本という場所からきました」
ドロイトは手をふらふらと振った。
「いいよ敬語なんて使わなくても。僕達、もう友達でしょう?」
俺は眉をひそめた。
「え?」
困惑する俺を見て、ドロイトは目を細めた。
「もう、友達なんだよ?」
…そうなのか。
「フレンドリーなんだな」
ドロイトは弾けるような笑顔を見せた。
「そう、フレンドリー。この世界の人達はね、皆フレンドリーなんだ!」
だからね、とドロイトはテーブルに身を乗り出し、顔を近づけた。
「そんなに内向的にならなくてもいいんだよ。僕ね、君のことが気になってしょうがないんだ」
自分の顔が赤くなっていくのを感じながら、俺は少し椅子を引いた。
「な、なんで俺のことが」
ドロイトは椅子に座り直した。
「んー、なんとなくかなぁ」
なんとなくかぁ。意外とそんなものなのかもしれないなぁ、と俺は思った。
「まぁ、そんなに気張らなくてもいいんだよ。男同士何だしね」
俺は自分の耳を疑った。
「男?」
ドロイトは何食わぬ顔で頷いた。
「うん、男」
異世界って凄いなぁ…。
確かに中性的な見た目だが、女性寄りの見た目なので女性だと思っていた。
「そうか、なら、そんなに気を使わなくても大丈夫だよな…」
「うん、そうだよ。逆に気を使ってる方が変みたいだよ」
そう思うとなんだか急に力を抜くことができた。そこへ料理が運ばれてきた。皿の上に盛り付けられているのは、なんと花だった。
「嘘だろ?」
机の上に置かれた料理を見て、改めて驚いた。花だ。中央は赤色だが、縁に行くに連れてオレンジ色に近づいていく、綺麗な花弁だった。
「どうかした?」
「え、いやなにも」
ドロイトはフォークを持ち、花弁に突き刺した。そういえば、この世界にはいただきますがないのだった。
ドロイトは花弁を口に入れた。そして噛み、飲み込み、微笑んだ。
「美味しいよ、食べてごらん」
無言でいただきますと手を合わせ、薄い花弁にフォークを突き刺した。口に運び、恐る恐る噛んだ。
すると驚くべきことに、果汁のような清涼感のある爽やかな甘さが口の中に広がった。
「ん」
飲み込んだ。
「…美味しい」
「でしょう?」
「喉が渇くな」
「水、沢山飲んでね」
ドロイトはまた嬉しそうに笑った。
そこからしばらく、この奇妙な花弁を食べ進めた。
水を飲みすぎたのか、尿意が湧き出たので一旦トイレに行かせてもらった。
トイレから戻ってくると、食べ終わったドロイトは話しかけてきた。
「ところでさあ、僕達は友達になったわけでしょう?」
ドロイトがカッとテーブルにフォークの尻部分を立てた。俺のグラスに入った水が揺れた。
「まぁ、そうだな」
ドロイトはフォークをピンと天井に向けた。
「これからは一切の隠し事は無しにしようよ」
良い気分になった俺は、フォークを一旦置いた。
「あー…まぁ、隠し事は良くないしな」
でしょう?とドロイトは言った。
「君、名前は何?」
「灯葉」
「灯葉、いい名前だね。家族とかはいるの?」
俺は少し笑った。
「…」
ドロイトは小さく首を傾げた。
「どうしたの」
「君のことを怪しんでいる」
ドロイトは不機嫌そうな表情になった。
「えー、なんでよ」
「たまたま俺に会ったのか?」
ドロイトは頷いた。
「それで、なんとなく俺のことが気になったのか」
またもや頷いた。
「いくらでも怪しめる」
ドロイトは水を飲んだ。その目からは感情が読み取れなかった。口元には冷ややかな笑みを浮かべていた。
「怪しめるって、例えば?」
「例えば…この店を選んだこととかかなぁ」
ドロイトから表情と呼べるものが消えた。
「…もし間違ってたら、失礼だね」
「俺の誤解だったら申し訳無い」
俺はカウンターに並んだ酒を見た。
「ここは、酒専門の店なのか?」
ドロイトは俺を見つめていた。
「昼食を食べないかって誘ってくれたよな。さっきの花弁、あれじゃちょっと昼食にしては足りないんじゃないかな、と思った」
ドロイトはニヤニヤと笑った。なんだこの笑いは?
「後から注文をしようとしたんだよ」
俺は首を振った。
「追加注文は出来ないとウェイターは言っていたぞ」
「…知らなかったな」
「ドロイト、君はこの辺りの店にかなり詳しいし、この店は特にオススメなんだろう。なら知っているはずだ」
「どうだか。それに、昼食が少ないからって僕が怪しいとは限らないでしょう?」
「いや違う。問題は、なぜあの花弁を注文したのか、ということだ」
「?」
「ここは恐らく酒専門の店なんだろう。客も大人しかいないからな。ということは、さっきの花弁はつまみみたいなものかな」
ドロイトは得意げな表情になった。?何なんだこの表情は。
「多分、さっきの花弁にはアルコールが混ざっていた。それでアルコールを接種して気分が良くなった俺を、騙そうとしていたんだろう!」
ビシッと決めた。
その瞬間、ドロイトはさも可笑しそうに笑い始めた。
「…え?」
ドロイトはしばらく笑い続け、やがて収まると馬鹿にしたような目でこちらを見てきた。
「酷い推理だね」
「…」
その時、コツコツとこちらに近づいてくる音がした。
「おまたせしました。サモ肉のモル和えとパンです」
「…え」
テーブルに置かれたのは、大きい肉とパンだった。
「…」
「さてと」
ドロイトはウェイターを見た。
「あの、さっきの花弁の料理。あれにアルコールは含まれていますか?」
ウェイターは表情一つ変えずに言った。
「いいえ」
…ウェイターは去っていった。
「ねぇ」
ドロイトは軽蔑するような視線をこちらに突き刺してきた。俺は最早何も言えなかった。
「どうする?」
俺はゆっくり顔を上げた。
「…まだある」
ドロイトは足を組んだ。この推理を外せば、もう俺はドロイトに何をされても文句はいえまい。
「あの花弁を食べたとき、妙に喉が乾いたんだ」
「へぇ」
「俺は水を沢山飲んだ」
これしかない、と思った。
「ドロイト、君は席に座ったときあたりに、トイレの位置を教えてくれただろう」
ドロイトは舌舐めずりをした。
「君は明らかに、トイレに誘導していた。花弁を注文したのも、俺に喉の乾きを与え、水を沢山飲ませて尿意を感じさせるためだ。何故トイレに行かせたがっていたのか。それは俺が席を離れている隙に何かをするためだ」
「なんだい、それ」
ドロイトは目を少し見開いた。
「例えば…」
俺はグラスを見た。
「俺の飲み物に、何か入れるとかな」
ドロイトは黙っていた。動きもしなかった。
「わざわざウェイターを呼ぶ必要もない。ドロイト」
俺はグラスを持った。
「この水を飲めるかい?」
ドロイトは動かなかった。
じっと、こちらを見つめ続けていた。
やがて、ドロイトの顔に薄気味悪い笑みが広がった。




