02話
現状維持するのは楽だが変わらなければならないのかもしれない。
来る者拒まずのスタンスを貫くのではなく拒絶していくべきなのかも。
そうしないと宮本さんみたいな子が現れてしまう。
一緒にいると自分が劣っているのだと突き付けられる時間にしかならないのは大変辛い。
チアキがなにを見て気に入ってくれているのかはわからないけれど、私は弱い人間なのだ。
面倒くさいのではなく責められたくないから指摘だってしてこなかった。
それでも勘違いをさせてしまうということなら、こちらも対応を変えないと。
「でさー」
「あ、それ私も見たよっ」
例えば自分の席が独占されている時とか。
「どいて」
「あ……ごめん」
これまでは我慢してきたけど自分の席だもの、なにもおかしな要求ではない。
他にも近くで騒がれていた時とか、目の前をダラダラ歩かれている時とか、きちんと指摘をしていく。
こうすることで大半は恐らく私のことを面倒くさいやつ認定することだろう。
それどころかなに調子に乗っているんだと敵視してくる子も出てくるかもしれない。
その時はその時だ、間違っていることは言っていないとぶつかればいいはずだ。
「初めて牛若さんが喋ってるの見たよ」
「私も、意外と声が高いんだね」
私の声は意外と高かったらしい。
自分ではなんとなくわかりづらいからなかなか悪くない情報である。
「牛若先輩!」
宮本さんの声はとにかく高く、大きい。
近くでも同じように喋るものだから頭がキンキンと痛むくらいだった。
他の人に迷惑がかかるだろうからと教室を出た。
当然、彼女も付いてきて私の前に回って足を止める。
「よく考えましたけど先輩から離れるのは無理そうでした!」
「そう」
あれだけ拒み続けても近づいて来た子だ、こうなって当然か。
精一杯怖い顔を作ってみた、どういう感じなのかはわからないけれど。
「私はあなたに興味ないわ、どこかに消えなさい」
先程の子たちが聞いたら驚くぐらい低い声だったと思う。
どれだけ表情を変えようが、いまの私は無敵だった。
ちょうど良かったのでトイレを済ませてから教室に戻る。
考え方を改めるだけでいままであまり気にならなかったことも気になり始めるから不思議だ。
とにかく教室内が騒がしい、小学生レベルの内容で騒いでいる子たちがいることにイライラが。
携帯で会話すればいいのにと心底感じた、そうすればセキュリティ的な意味でも安心安全だろう。
授業中も同じ、まだ喋ることがあるのかと問いたくなるぐらい盛り上がっている。
終わった後に教師に頼んでみたものの、あれぐらいはまだ許容範囲だと切り捨てられてしまった。
なるほど、あまり強く言って嫌われたくないのは教師も同じなのだ。
その気持ちはよくわかる、私もそうやって生きてきたから。
たかだか学年30位の女がイキったところで嫌われて終わるだけか。
「牛若先輩」
いつもの場所でお弁当を食べる。
やって来た宮本さんには触れずに食べることだけに専念。
「先程の先輩、格好良かったです」
格好いいのは彼女とか友達と上手くやれている子たちだ。
なんとでも思われても構わないとか思っておきながらあっさり折れてしまった。
口頭で注意することができなかったし、いまだってこうしてまた逃げてきてしまっている。
「でもすみません、私は絶対にあなたの側から消えませんよ」
あれだけのことを言ったのに怒らない寛容さもある。
なぜだ、どうしてこの子は年上の私より優秀なのだ。
真面目にやってきたのに、この一見遊んでばかりいそうな子の方が格上という現実に。
どうしようもないぐらい虚しくなって、手を止めて前を見た。
校門を出たら目の前は道だから車が通っているのが見える。
免許を持っていたのならどこか遠くへ行ってしまいたいぐらい。
「あれ、あれはチアキちゃんじゃないですか?」
校門のところでこちらに手を振っているのは確かにあの子だった。
お弁当箱を片付けて近づいてみたら急に抱きしめられて後ろに倒れそうになった。
「今日学校はどうしたの?」
「今日はお休みなんです、キキさんからお外で食べていると聞いていたので来てみたんですけど」
「ええ、毎日のようにここにいるわ」
それも情けない理由で。
そして私はまた優秀少女ふたりに囲まれてしまったことになる。
中学生らしく生きてほしいのも自分のため、宮本さんと友達になることで自分といる時間を減らそうとしたのも自分のため、冷静に考えなければならないのは自分の方だったのは言うまでもなく。
「サヤカさん、なにかあったんですか?」
「え?」
「体、震えていますけど」
それはそうだ、使えなささが露呈すればこのふたりは離れていくのだから。
いまこの瞬間にも信用度が下がっているかもしれない。
1度自覚してしまうともう駄目だった、とにかく触れられていることが恐ろしく感じる。
「は……なれて! なんで抱きしめちゃうのっ」
「サヤカさんのことが大切だからです」
「た、大切って……」
「これからもずっと一緒にいたい方です、こうでもしておかないと忘れられてしまうかもしれないですからね。キキさんも似たようなことをしているのではないですか?」
「し、してないしてないっ、私はちゃんと先輩のことを考えて行動しているから」
「なるほど、確かに自分本位になってしまってはいけませんね。サヤカさんごめんなさい、反省します」
愛想笑いを浮かべるだけで精一杯。
中学生が学校時間中にいるというのも不味いので解散して戻ることにした。
震える手を片方の手で押さえてとにかくばれないようにする。
それでわかった、私はこのふたりに切り捨てられたくないのだと。
口では自由に言っていても本能が求めているのだと。
「先輩!」
「え――」
もうちょっとで壁にぶつかるというところで宮本さんが守ってくれた。
「ごめんなさい、大丈夫?」
「先輩こ――そんなに私が側にいるのが嫌でしたか?」
「こ、これは違うの……なんか止まらなくて……」
いまこの時だって震えてしまっている。
ばれないようにするとか無理だ、なぜなら腕を掴まれた状態でそれなのだから。
「大丈夫ですよ! 私は絶対に側にいますから!」
「……でも、私はつまらない人間なのよ?」
「構いません、自分が面白い人間だなんて私も思っていないですから」
「あなたは私とは違うじゃない、優秀で友達もいて楽しそうでしょう?」
結局変われないで終わってしまった。
それどころか自分の弱さにも気づいてしまって、いま情けなく震わせてしまっている。
「すみません、30人は盛った数字なんです。本当は3人しかいません」
「そ、そうなの? それでも十分よね、私とは違うわ」
「あなたと、チアキちゃんと、妹です」
いつの間にか私が含まれているうえに、妹さんまで。
それでは30人どころかふたりだと説明するのが正しいと思うが。
私もこの子も見栄を張っていたということか。
「お願いします、私の友達になってください」
「……そうしないとひとりになってしまうものね」
「はい、あなたがいるから元気でいられるんです」
「お弁当、いる?」
「正直に言うと……あなたがいいなら欲しいです」
ひとり分増えたってそこまで苦ではない。
どうせこのまま無理したところで弱い自分を直視するだけになるのだから気にするなと自分で自分を前に押した。それがたった1ミリぐらいしか進めていないのだとしても、これをいい変化として捉えたい。
「大体、私はあなたを見つけてから1年間ずっと追い続けてきました、最近出会ったばかりの全く知らない人間というわけではないのですから……いいですよね?」
「それこそ……あなたがいいのならいいわ」
「はい、よろしくお願いします」
彼女といることで少しだけでも強くなれるのならいいなと考えながら戻った。
よくわからないふわふわとした気持ちを抱えつつ、ね。
昨日のことをふたりには謝って、使いたければ使ってほしいと説明しておいた。
謝る必要なんかないよと言ってくれたあの子たちは優しいと思う。
だが、
「ここはCですよ!」
彼女が良かったのは昨日だけだ。
「いいえ、Bよ」
「チアキちゃんはわかるっ?」
「そこはAです」
彼女が慌てて確認した結果、チアキの言う通りだった。
つまり高校の問題を中学生に解かれたうえに恥ずかしいところを晒したことになる。
30分ぐらいは縮こまっていた、さすがにこれはないということだ。
「そうだ、チアキのためにプリンを買ってあるわよ」
「えっ、なんで私にはないんですか!」
「あなたはさっき食べてしまったじゃない、だからチアキが来てからにしろって言ったわよね?」
「ケチー……」
しょうがないから自分の分をあげることにして冷蔵庫から持ってきた。
チアキは炭酸ジュースなどの類の飲み物を飲まないから紅茶で。
「ありがとうございます、いただきます」
「ええ」
私はその間に1階の気になった場所を掃除していることにした。
格好いいと思えたのは昨日だけだ、後はいつものワガママ元気少女に戻ってしまった。
流された私が馬鹿みたいで恥ずかしくてどうしようもない。
「せ、先輩、やっぱりこれ返します」
「いいわよ」
「でも……」
「いいから食べなさい」
美味しい美味しいと食べてもらえるのならプリンだって喜ぶだろう。
彼女はどんな時だって笑顔を見せてくれるからそういうところも大きい。
「サヤカさん、少し休憩がしたいんですけど」
「ええ」
なぜか毎回膝を求めてくるのがチアキだ。
嫌ではないから遠慮なく利用してもらうことにした。
「サヤカさんの太ももは柔らかくていいですね」
「そう? 自分ではわからないけれど」
ぷるぷると震えていた自分はもういない。
単純すぎる、側にいてくれるという言葉だけでここまで元に戻るなんて。
「じー」
「ふふ、羨ましいですか?」
「べ、別に、私はちゃんと先輩のことを考えて遠慮できるもん」
「その割にはお弁当を作っていただいているんですよね?」
「ぐぇ……そ、それは先輩が言ってくれたからしてもらっているだけで……」
ただ友達になるだけでいいのにわざわざそんなことを言っていたのだ。
かなり恥ずかしい、他人に食べてもらえるようなクオリティではないとか言っておいてこれだから。
「ならやめたらどうですか?」
「うっ……」
「意地悪しないの」
「ごめんなさい、これ以上はやめておきます」
こうやって少し煽ってしまうあたりは中学生らしいと言えるかも。
嬉しくてチアキの頭を撫でていたら宮本さんに怒られてしまったけれど。
「中学生ばかり贔屓するのは違いますよね」と真剣な顔で言うものだから笑ってしまった。
「私、キキさんとも仲良くなりたいです」
「私だってチアキちゃんと仲良くなりたいよ」
「でも、サヤカさんを取ろうとするのだけは許せません」
「いやいや、さすがにそればかりは譲れないもん」
喧嘩をしたら怒ると言ったらふたりとも大人しくなった。
せっかく放課後もこうして集まっているのなら言い争いなどはしない方がいい。
「キキさんは嘘つきさんですよね、お友達が30人いるなんて言って」
「……気にしないで」
「嘘をつくことぐらい私でもありますけど、サヤカさんに対して嘘をついたことは許せません」
「ごめんなさい……」
「別にいいわよ、いまは友達なのだから」
チアキは体を起こして宮本さんの前に座る。
「嘘の情報でサヤカさんを騙したりしないでくださいね? それでは私はこれで帰らせていただきます」
「送るわ」
「大丈夫です、サヤカさんのことを独占してしまったのでキキさんのこと、可愛がってあげてください」
プライドのことを考えたらズタボロではないだろうか。
中学生に気を使ってもらったようなものだ、それで譲られても素直に甘えることなどできない。
さすがの彼女も今日はそのまま――いえ、凄くいい笑みを浮かべているようだった。
「ふふ、譲ってくれたのなら今度は私が甘えるだけですよ!」
「プライドとかないの?」
「ありません! 例え惨めだろうがダサかろうが関係ないです!」
彼女みたいに強い人間になりたいと心から思った。
なかなかできることではない、普通は恥とかそういうのが出てしまって天の邪鬼になってしまうところなのに。しかもそれでこの笑顔、すごい。
「私にもしてくれますか?」
「ええ」
頭を預けたうえにこちらを見てくる彼女。
「いい匂いがします」
「幸せそうね」
「はい、だってあの牛若先輩に触れられているんですから」
昨日は腕を握られていたわけだけれど、彼女的にはノーカウントなんだろうか。
それでも嫌がられているよりは断然いいからそのままにさせておいた。