すっぱいクッキー作りたい
「すっぱいクッキーが作れないんだけど」
「何ですって?」
私の言葉にブリっ子が聞き返してきた。
「いやね、だから、すっぱいクッキーが作れないんだけど」
「私は言葉が聞こえなかったんじゃなくて、それを発言するに至るまでの経緯を訊いているんだけど」
あらやだ。それならそうと言ってよね。
「ほら、激辛クッキーは成功したんだけど、酸味って、焼く途中で結構飛んじゃうのよね」
「わかった。もう細かいことは聞かないことにする」
「それが無難だと思いますー」
マリアがお茶を注ぎながらのんびりとブリっ子に言う。
その言い方だと私が問題児みたいじゃないの!
ムッとしながら、私は隠し持っていたものをテーブルに置いた。
「で、これが失敗作なんだけど」
「待って今なんで出してきたの私はそこにあるマフィンが食べたいんであって」
「ちょっと試食してみてくれない?」
「有無を言わさない押しの強さ! というか失敗作を食べさせようとしないでよ!」
紙に包まれそれを開き、中に入っていたクッキーをブリっ子の口に押し込めようとするも、ブリっ子は懸命に抵抗する。
「失敗作だけど、誰かから意見を聞きたいのよね」
「この場合意見聞くのに食べる必要ないから! むぐっ!」
ブリっ子が抗議のために上げた口にクッキーを詰め込む。ブリっ子は口に入れたそれを私の手が覆っているため出すこともできず、咀嚼して飲み込んだ。
「まあぁっっっっっず……」
「うわあ心のこもった感想……」
第一声に重い声で呟いたブリっ子は俯いて動かなくなった。マリアが労わるように紅茶を注ぎ、背中を摩った。前から思っていたけど、マリア、ブリっ子に優しくない? おかしくない? 私に一番優しくするべきでは?
マリアに背中を摩られながら、しばらくして顔を上げたブリっ子を見て、やっぱり失敗作だなあと思った。
「うーん、再起不能になるぐらいのすっぱさ目指したいんだけど、これじゃちょっと足りないのよね」
「あんた言いたいことはそれだけか」
「ほら、ブリっ子も紅茶飲んだら復活したし」
ブリっ子は顔色の悪いまま、ため息を吐きながら頭を振った。あ、この仕草わかる。「ダメだこいつ」と思ってるときのだ!
ブリっ子は私の失敗作クッキーを手に取り、こちらから見えないように何かをしている。
いやな予感のした私はこっそり逃げるために立ち上がろうとした。
しかしその前にブリっ子がこちらを振り返った。手にはもちろん失敗作クッキーが載っている。
とてもいい笑顔でだった。
「さあ、これ食べなさいよ。問題が解決するわ」
「いえ……結構です……」
「人には食べさせておいて自分では食べられないって言う!?」
「だってそれ人間が食べていいものじゃないもの」
「私は食べたんだけど!?」
「いやほらあ……わかるでしょ?」
「わかるか!」
ぐいぐいクッキーを押し付けてくるブリっ子に拒絶の意を示す。じりじりと攻防を続けていたが、急に後ろから羽交い絞めにされた。
「自分で作ったものは自分で味見しないと」
マリアだった。まずい。一番初めに味見させたこと根に持ってる。
ブリっ子がゆっくりとこちらに近寄ってくる。私はこの間読んだホラー小説を思い出した。怖い。あの主人公の気持ちがわかる。
怖いが意地でも口は開けない。開けたら最後だ。
しっかりと口を閉じた私に、しびれを切らしたブリっ子が、飛び掛かってきた。
「往生際が悪い!」
「あ、ちょっ、卑怯っ……ふは、あははは、んぐ!」
「ほらお望みのすっぱいクッキーの出来上がりよ!」
くすぐり攻撃でうっかり空いた口にクッキーが突っ込まれた。
世界が暗転した。
「きゃー! ちょっと気絶はやめてよ! 責任取らされるじゃない!」
意識を飛ばしそうな私はブリっ子の自己中心的な主張のために揺り動かされた。
あ、やめて、何か出そうだから!
「揺さぶらないで!」
叫びながら自力で起きた。自らの口を覆う。
「まあぁっっっっっず……」
後味も最高に悪かった。
マリアが紅茶を淹れてくれたので、それを一気飲みする。飲み干して、ほっと息を吐いた。
「これは尋問に使えるわね」
「反省しろ!」
ブリっ子の叫びが響き渡った。