ブリっ子は楽しそう
平成最後の更新です。
「美味しい……」
興奮していたブリっ子も、食事を食べ出したら静かになった。美味しい美味しいと言いながら咀嚼している。
ちなみにもちろん宿の料理も、前回と違い、フルコースが振る舞われている。すごい豪華だ……いや、でも私はあの庶民料理も嫌いではない、というか結構好きだ。できればもう一度食べたいなと思っている。
「ナイフとフォークの持ち方がなっていない。音を立てるな。腕を必要以上に動かすな」
「美味しいのに……隣がうるさい……」
ブリっ子の隣では兄が小言を漏らしている。ブリっ子本人が言っていたように、あまり教え込まれていないのだろう食事の所作に、兄が見かねて注意している。
「なぜ食事ぐらい自分の好きに食べれないのか……」
ブリっ子は食事中では静かにするべきという考えは持っているようで、苛ついてはいても、兄に対して怒鳴るようなことはしない。ただただ静かに不満と怒りを溜めている。
「貴族なのだから当たり前だろう。……ああ、ほら、言ったそばから音を立てるな」
「姑みたい」
「もう一回言ってみろ」
「意地悪姑」
「あとで覚えていろ」
「記憶力がないのでお断りします」
兄とブリっ子は楽しそうだ。たとえテーブルクロスの下で足の踏み合いによる激戦を繰り広げていても楽しそうである。
「なぜマリアと一緒に食べられないんだ」
ルイ王子はしょんぼりと肩を落としている。
マリアは私の後ろに控えたまま、にこりと答えた。
「私、一応仕事で来てますから。食事は後で皆様とは別で頂くんです」
「僕はマリアと一緒に食べたい」
「あきらめてください」
マリアにはっきりと拒絶されますます肩を落とした。
「私もいるんですけど」
「お前は僕の従者だから別で食べるのは当たり前だろ。前は仕方ないから一緒に食べただけだ」
「扱いの差……」
ルイ王子の後ろに控えたライルが泣きそうな顔をしている。でも仕方ない。だってライルだもの。
「ブリっ子、ここの浴場大きいらしいからあとで一緒に入りましょう」
「あんたはなぜ私とばかり距離を縮めようとしているのか……」
ブリっ子が兄との攻防戦を一時的にやめて、憐みの目でこちらを見てくる。なぜ私はそんな目で見られているのだ。
「なんならクラーク殿下と入ってきたらいいじゃない。一緒に入浴は若夫婦の醍醐味でしょ」
「入らない夫婦も多いでしょうが」
「クラーク殿下もレティシアと一緒に入りたいですよね?」
ブリっ子と比べるのもおこがましいほどの優雅な所作で食事をしていたクラーク様は、少し思案したあと、頬を染めた。
「まだ早い」
ブリっ子は手に握ったフォークを思わず振りかざし、すかさず兄に取り上げられていた。
「いけない……あまりのヘタレっぷりに、思わず殺意が沸いてしまったわ……」
ブリっ子は首を何度も振り、感情を抑えようとしていた。兄はそんなブリっ子の頭を押さえた。
「食事中に頭を動かすな」
「あんたちょっとはこう、旦那と一緒にいたいなーとか思わないわけ?」
ブリっ子は兄を無視してこちらに話を振ってきた。クラーク様が途端に食い入るように私を見つめた。やめて、返事を期待しないで!
「一緒にいたくないわけではない……」
ブリっ子は私の返事が気に入らなかったようで、再び料理と格闘し始めた。対してクラーク様は大変感動した様子で、頬を染めている。どうしてそんな反応が乙女みたいなの。
「肉をそんな切り方するな。一口が大きくて下品すぎる」
「私決めた。絶対姑のいない金持ちと結婚する」
ブリっ子が決意を胸にステーキを頬張った。