王妃様とお茶会
とぼとぼと廊下を歩いている。
そう、私は今、廊下を歩いている!
しかしこれは脱走できたからではない。私は私の周りを円陣を組んだ兵士に囲まれて歩いている。逃走予防らしい。厳重すぎて引く。
周りからはおっさん兵士に囲まれた令嬢に見えるはずだ。大層暑苦しい。いや、兵士達の身長が高いため私は見えないかもしれない。そしたらただ円陣を組んで歩くおじさんの群れだ。より暑苦しい。
そんな暑苦しい思いをしながらたどり着いたのは、王城の一室だ。私には見知った部屋だ。兵士が後ろに下がり、今度は後方へ逃亡することを防いでいる。これでは目の前の扉を開けるしかない。徹底しすぎていて引く。
はあ、とため息を吐きながら、扉を開く。
中で私を待っていた人物は嬉しそうに微笑んだ。
「いやーんレティちゃんお久しぶりぃー」
私は扉を閉めた。
「レティちゃーん? いやだわレティちゃんたら照れてるのぉー?」
扉の向こうでは間延びする声で話す女性がいる。後ろを振り返ると兵士が憐れんだ視線を向けた。
その視線を受けながら、私は気合を入れて再び扉を開けた。
「王妃様、本日はお日柄もよく……」
「んもう、そんな堅苦しいのはいいのよぅ」
正式な挨拶の礼しようとする私の声を遮って王妃様――クラーク様のお母様は私をテーブルに手招きした。私はその動きに従い、テーブルの空いた席に腰掛けた。
「んふふふ、レティちゃんは相変わらずねぇ」
間延びした喋り方はこの人の癖だ。ただ外交時はきびきび話すので、私生活と仕事できっちり自分をわけている人間でもある。
「あの、何か御用でも?」
私が訊ねると、王妃様はにこりと笑う。
「いいえぇ。ただ義娘と話したかっただけよぅ?」
可愛らしく首を傾げる仕草は、とても大きな息子がいるとは思えないほど可憐だ。
「そうですか」
私はそれだけ答えて、傍に控えていた侍女が淹れてくれたお茶に口をつける。
はっきり言おう。私はこの人が苦手だ。
嫌いではない。苦手だ。何を考えているかわからず、どうしたらいいか私もわからないのだ。
「もう、レティちゃんたら、そんなに怯えなくてもいいのにぃ」
こうして私の心を見事に見抜くところもとても苦手だ。なぜわかる。
こういう所がクラーク様とそっくりで、親子だなと思ってしまった。
「私はレティちゃん大好きなのよぅ? 可愛いものー。ね、だから早く私の娘になってね?」
「いやです」
「あらやだはっきり断られちゃったわぁー」
うふふふと微笑みながらお茶をすする。さすが王妃。仕草が綺麗だ。
「でも本当に私はレティちゃんが大好きなのよぅ。できれば他の子じゃなくてあなたにクラークの相手になってほしいと思っているのぉ」
「いやです」
「いけずぅー」
頬を膨らませる仕草も似合う。
「レティちゃん真面目に妃教育もしてくれたしぃ、もうそれも完璧だものぉ」
「家の評判を下げないためです」
「でも根が真面目じゃないとできることではないわよー?」
おそらく王妃様は本気で褒めている。そう思うが素直に受け取れない。だって私はあれを嬉々としてやっていたわけではない。
「レティちゃんは中々意固地ねぇ。そういうところもいいのだけどぉ」
「ありがとうございます」
「あらぁ、今のは褒めてないわよう」
くすくすと笑う。
「ねえレティちゃん?」
「何でしょう」
「クラークのことどう思う?」
「しつこい人だなと思います」
「素直ねぇ」
王妃様はとても楽しそうだ。
「そうねぇ、じゃあ顔は?」
「は?」
「だからぁ、クラークの顔はどう思う?」
これは素直に答えた方がいいのだろうか。いや素直に答えないとだめだろう。この人に嘘はすぐにバレる。
「綺麗な顔だと思います」
「つまり好みなのねぇ」
そうは言っていない。
「じゃあ、声は?」
「……良い声だと思います」
「これも好みなのねぇ」
その言い方やめてくれないだろうか。もやもやしている私に王妃様は質問を続ける。
「じゃああの強引な性格は?」
「…………嫌いです」
「ふうーんそうなのぉ」
何が言いたいんだ!
にやにやするのをやめてほしくて見つめるも、王妃様はやめる気はないようだ。
「まあ大体わかったわぁ」
そういうと、ケーキを一口口に入れる。
「あなたクラークが初恋だものねえ」
そう言いながらケーキを頬張る王妃様を見て私は口を大きく開けた。
「は……?」