扉を閉められない
結局マリアは手伝ってくれず、一日かかってテーブルを移動させ、隠し扉が開かないようにすることができた。ちなみにこのテーブルが使えないと不便なので、これより小さいが、別のテーブルを用意してもらった。
私は痛む筋肉を揉みながらほくそ笑んだ。
「ふふふ、これでこの扉を開けられないわよ、クラーク様!」
私は妙な昂揚感を感じた。いつも先手を打たれるのだ。たまにはこちらから仕掛けたい。この扉が開かなくてクラーク様はさぞ驚くだろう。その様子を想像してワクワクする。
まあその代償はおそらく筋肉痛だ。
テーブルを大理石にするなと言いたい。
マリアが帰り際に淹れてくれたお茶を楽しんでいると、本棚がガタガタ揺れた。
ほら、来た来た来た!
私は嬉しくなって本棚に近づく。
激しく揺れていた本棚は、それでもテーブルが行く手を阻んで動かず、ただガタガタと音を立てている。
やがてその動きも止まった。クラーク様が本棚を動かすのをやめたらしい。
「ふふふふ」
私は笑い声が漏れる。
「ついに勝ったわよー!」
今頃きっと悔しい思いをしているだろう。今まで散々こっちをおちょくってくれたお礼だ。してやられる人間の気持ちを味わうがいい。
満足して私が椅子に戻ると同時に部屋の扉がガチャリと音を立てた。
え?
驚いておそるおそる音の発生源を見ると、ゆっくりと扉が開くのが見える。
にっこりとほほ笑みながらクラーク様が登場した。
この時の恐怖がわかるだろうか。
今までと違って明らかに不機嫌だった。
「レティ」
低い声で名を呼ばれた。
「は、はい……」
怖い、怖い!
椅子に座り震えている私のもとへクラーク様が歩み寄ってくる。出入りの扉はクラーク様の後ろ。隠し扉はテーブルでふさがれている。万事休す。
他に逃げ道を見つけられない間にクラーク様が目の前に来て、私の目線に合わせるように腰をかがめた。
「レティ、あれは何だい?」
あれ、と言ってクラーク様が指を指すのは、私が動かないようにした隠し扉だ。
「隠し扉ですね」
「レティ」
わかってる、あれが何かじゃなくて、なぜ開かないかを聞きたいんですよね!
引き攣る頬を何とかしようと試みながら口を開く。
「あ、開かないように、してみました……」
「なぜ?」
あなたが来ないようにですよ! と声高に言いたい。でも怖くて言えない。
何でただのちょっとしたいたずらにこんなに怒られなくちゃいけないんだ!
私は自分の軽率さを嘆いた。隠し扉を閉じればクラーク様は来ないだろうと勝手に思っていたが、そもそも正式な扉をクラーク様は開けられるのだ。何と言う凡ミス。
「ほら、その、こう、クラーク様に来られると困ると言うか何と言いますか……」
「なぜ?」
「なぜって……」
もじもじしながら下を向く。
「レティ?」
だから毎回顔が近い!
息がかかるぐらいのところに麗しい顔があるのは大層心臓に悪い。急速に顔が熱くなるのがわかった。
「だって……」
「だって?」
クラーク様は私の言葉を繰り返す。
「恥ずかしいことしてくるから来られるのは困るんです!」
懸命に出した声で言うと、クラーク様はぽかんとした顔をした。しかしすぐにくすくすと笑いだす。
ほら、だから言うのいやだったんだよ!
さっきまでの不機嫌な様子はどこにいったのか、クラーク様は私の頬を両手で包み込む。やめろ、顔を固定するな!
「そうか、レティはこうされるのは恥ずかしいのかな?」
そう言いながら頬に口付けられる。
「ひえええええええ」
悲鳴を上げながら頬を押さえて、後ずさろうとしてバランスを崩す。しまったここは椅子の上だった。
あわあわして椅子から落ちそうになっている私をクラーク様は素早く抱きしめる。
心臓がどきどきと脈打つのがわかった。
「ひいいいい」
最早間抜けな悲鳴しか出ない。
クラーク様はそんな私に頬ずりする。
「まったく、レティは可愛いことを言う」
可愛いことなんて言ってない!
誤解だと主張したいが、がっしり抱きしめられており、それもできない。しばらくすりすりされていたが、満足したのか離れていった。心底ほっとした。
「レティは恥ずかしがり屋さんなんだね」
その言い方やめろ。
「昨日のことで恥ずかしがって来られないようにするなんて、なんて可愛い人なんだ」
うっとりと頬を撫でられる。
やめろ、それ以上聞かされると耳が茹で上がる!
耳を両手でふさぐも、すぐにその手を取られた。
「可愛いレティシア。大丈夫、聞き飽きるぐらいこれからも俺の愛を伝えてあげよう」
「結構です!」
必死に言ったのに、嬉しそうに笑われた。
「でもレティ」
ふと、声が低くなる。びくり、と私の体が震えた。
クラーク様は隠し扉を指差す。
「今後こういうことしたら、俺は君に優しくできないかもしれない」
ひいいいいい。
顔は笑っているのに、目が笑っていない。私は恐怖で再び体が震えた。
「もう、こういうことはしないね?」
しっかりと目を合わせて問われ、私はただただ首を縦に振るしかなかった。