逃げ道がない
2018.8.31 週間ジャンル別ランキング1位ありがとうございます。
壁に追いやられた私。壁に追いやったクラーク様。
頭の中で鳴り響く警告音。
綺麗な顔がじっと私を見つめる。
近い近い近い近い!
思わず顔の前に手をやるが、その手も簡単にクラーク様に絡め取られてしまう。
やめろ、こっちを見ながら私の手を撫でるな!
「レティは本当に可愛いね」
うっとりとした声音で言われて顔に熱がこもる。
「そうやって赤くなるところも可愛い」
もう何度も言ってるのに、とクラーク様が言う。
何度言われようと恥ずかしいものは恥ずかしい!
クラーク様の言葉に余計に顔に熱が集まるのがわかる。
「うううううう」
呻くことしかできない私を、クラーク様は幸せそうな顔で見てくる。
正直に言おう。私には恋愛耐性がない。
恋だ愛だを知る前にクラーク様の婚約者になってしまったのだ。当然不貞がないように異性からは遠ざけられた。つまり、こんな甘い空気を知らない。
恋愛経験ゼロな上に、親族以外の異性との接触もゼロな女に、この攻撃はいささか厳しい。
耐えきれなくて泣きそうになる。
「勘弁して下さい……」
出てきた声は消え入りそうで自分でも驚く。自分がこんな弱弱しい声を出すことになるなんて今まで思わなかった。
クラーク様はそんな私の頭を撫でる。だからそういうのやめろ!
「レティシア」
クラーク様が微笑む。
「とりあえず、移動しようか」
え? と声を出す前に、クラーク様に横抱きにされた。
「いやああああ降ろしてええええ」
「すぐ降ろすよ」
そう言って彼が向かった先はベッドだ。
「いやああああやっぱり降ろさないでええええ」
「レティはわがままだなあ」
違う、これはわがままでは決してない。頭で鳴り響く警告音に必死で従っているだけだ!
だがそんな私の主張は聞き入れられず、優しくベッドに降ろされてしまった。
「レティレティ、可愛いレティ……」
腰砕けになりそうな声でささやかれる。
ベッドに降ろされた私の上に覆いかぶさるような体勢でクラーク様が近づいてくる。
これは本気でヤバいやつだ!
「こ、こういうのは、結婚してからじゃないといけないと思います!」
頑張って絞り出した声で言えば、きょとんとした顔で見つめられる。
「ああ」
思い至ったという表情でクラーク様は言った。
「安心していい。結婚するまではしないよ」
「え?」
「結ばれるのは結婚し、正式な夫婦となってからするのが私の夢なんだ」
……そんな夢を持ってたんですね。
危機を脱したようで力が抜ける。ふう、と息を吐くとクラーク様が私の髪をすくい取る。
「唇への口付けも式でするまで我慢する」
それも夢なんだ、と口にする。
乙女チックな夢ですね、とは言えなかった。
なぜなら手に取った髪の毛に口付けしてきたからだ。
赤い顔で口をぱくぱくさせる私はさぞ滑稽だろう。
そんな私を気にすることなく、クラーク様は笑う。
「唇以外へはするけれど」
そう言うと私の顔へ近づいてくる。
ちゅっ、と音を立てて顔が離れる。
「ほ、ほ、ほ、ほっぺ……」
あわあわしながら口付けされた頬を押さえるとクラーク様はとても嬉しそうにする。
「こうしていちゃいちゃするのも夢だったんだ」
実現させないで!