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リユニオン 堕天使は不敵に笑う   作者: HARD LUCK
不夜城の怪人 ラスベガス編
27/44

不夜城の怪人 第一九話 星条旗のもとに 8


興梠こおろぎミナトには双子の兄がいた。名をマナト。

双子と言っても二卵性双生児であり、遺伝子的には別人である。しかし顔は瓜二つと言ってもいいほど似ていた。

一方で性格は正反対だった。先刻ご承知済みのとおり、ミナトはなよなよとした、どちらかと言えば、などと言うまでもなく消極的な性格だったが、兄のマナトは違った。内気な弟を勇気づけるかたわら、中学でも高校でも、いつの間にかみんなのリーダーになっている。誰もがマナトを頼り、マナトのために喜んで助力する。兄マナトはミナトの憧れでもあったのだ。

しかしそんな兄の死は突然訪れる。ミナト、大学四回生の春のことだった。



パチンッ

雷撃らいげきが壁面を走った。階段の出入口を取り囲むようにうずを巻いていく。風をごうと巻き込む音をあげ、炎は出入口に壁をつくる。燃えさかるほむら色の壁だ。


「これで少しは時間が稼げる」


ミナトは額の汗を拭った。


「逃げなくてよかったのですか?」


田沼は二人が逃げ去った壁の方を向いていた。


「逃げても……、いつかは捕まるかもしれないから」


だったら、ここで決着をつけたい。追手の軍人と、情けない自分とも。


「アレックスたちは無事に逃げられたかな?」


廃墟はいきょのようなビルの中、炎の壁の前で、ミナトはそれだけが気掛かりだった。


「さあ、アレックスさんは無事のようです」


階段の踊り場から、声が聞こえた。消火器を持ってこい、という雷のような声だった。


「もうすぐくる。田沼は本に戻ってよ」

「震えていますよ」


小刻みに震える腕には気づいていた。全身がカタカタと音を立てている。怖いのだ。

僕は僕でいられるだろうか?

その疑問への答えを理解していればこそ震えているのだ。


「無理はしないでミナト。あなたは、あなたなのだから」


ジーンズのポケットに入れた魔本に吸い込まれるように消えながら、その声はミナトの頭に響いていた。

炎の壁から白煙がふん出する。中心を突き抜けるように噴き出たそれは、やがて重力に従ってコンクリートフロアに叩きつけられた。炎は皮をがれた街路樹のようにそこだけ消える。

一瞬の空白。

消火器が階段から飛んできた。目前に迫ったそれを間一髪かんいっぱつ避けると、黒服の男たちが一斉に消えた炎の間から飛び出した。手には拳銃をたずさえ、皆一様にスーツにサングラスを装備している。三、四、……一四人といったところか? 正確な数は分からない。三人ずつのグループで柱の影に隠れてしまったからだ。

そのうちの三人がまっすぐミナトに向かってきた。


「興梠ミナトだな?」


一際ひときわいかつい顔の男が質問した。三つの銃口がまっすぐこちらを向いている。声は無表情だった。


「興梠ミナト、だな?」


真ん中のその男が確かめるように繰り返した。


「そ、そうだけど」

「貴様の持ち物を譲ってほしい。対価は……わかるな?」


対価はミナトの生命。それに違いない。


「魔本『堕天使の懺悔』を渡せ」


目的は田沼だった。


「ど、どうして?」


厳つい顔の頬にシワがよった。


「無論、国家のためよ。国家の安全には全てが優先される」


――申し訳ありませんがミナト――

脳に田沼の声が直接響く。

――彼らには決して渡さないで下さい。私にはやらなくてはならないことがある――

初めからそのつもりだよ。


「魔本は渡せない」


声はまだ震えていた。


「田沼は僕の友人なんだ」


パチンッ

稲光いなびかりが景色を白に溶かした。閃光をびた黒服たちはサングラス越しにも関わらず目をおおう。

ミナトは小さな身体を必死に動かし、正面の厳つい男にタックルする。右肩を大きくせり出し、勢いよく突進した。

体当たりを受けた黒服の手元から銃が飛び出し、重さに似合わぬ軽い音を立てて床を滑った。ミナトは身体を切り返し、それを拾うと、タックルを受けて倒れている男の頭に銃を突きつけた。


「動くな!」


そう叫び終わらないうちに掴んでいた銃は宙を舞う。合わせてミナトの腕も蹴り上げられた。

怖い。

泣き出しそうにれた瞳を、眉間にシワをよせてぐっと堪える。蹴られた腕を軽くさすった。

パチンッ

火花はミナトの指から倒れた黒服のスーツのすそへと伸びる。赤い炎が黒い裾を小さく燃やした。くすぶりのようなそれを黒服は見つけると脚をバタバタさせて消し止める。

倒れている黒服以外の軍人たちはナイフに持ち替えていた。ぬらりと濡れたようなにぶい光を放っている。男たちは一斉に柱の影から飛び出していた。

パチンッ

白い雷のようなそれはミナトと黒服三人を取り囲むように走る。半径五メートルほどの白い軌跡を追うようにほむら色の壁が舞い上がった。内と外、完全に二つの世界を遮断している。

内側の世界は焔色の壁に照らされ、夕焼けのようにオレンジに染められていた。


「無駄なことを」


火のの舞う円の中、立ち上がった黒いスーツはナイフを構えた。片刃かたばのもう一方がギザギザとしている軍用ナイフだ。スーツの上着がこちらに向かって投げつけられる。

視界が黒くおおわれた。足音が左右、そして正面から駆けてくる。

顔にかかったスーツを払いのけると、刺突しとつ姿勢をとった男がいる。左右には二の矢、三の矢。

パパパチンッ

黒服たちの繰り出したナイフが先端から順に溶け落ちた。炎は一瞬にしてナイフの刃を溶かし尽くしたのだ。垂れた元ナイフの金属は床にポタリと固まっている。

しかし、繰り出す腕の勢いは止まらない。ナイフのを握った手はそのままミナトの鳩尾みぞおちを殴りつけた。目が飛び出るような豪速球の痛み。

軽くよろけたところを横からまたナイフの柄のパンチがワンツー。脇腹を深くえぐり、ミナトは膝から崩れ落ちた。

怖い、怖い……!

痛みにせ返り、ミナトは胃液を吐き出した。ついでに奮発ふんぱつしてアレックス夫婦に振る舞った夕食がドロドロに溶けて床に落ちた。左手で口を拭うと、胃液の酸っぱい臭いが鼻をつんざく。

僕はこいつらを倒すこともできないのだろうか。


「諦めろ。大人しく渡せ。人を殺せんのだろう?」


後頭部に固い感触が当たった。黒い影が三方を覆う。カランカランと刃を失くしたナイフの柄が床に転がった。膝立ちのミナトの頭には三つの銃口が向けられている。


「今なら命の保障だけはしてやる。魔本を渡せば貴様はただの観光客に戻れるのだ。どうだ? いい条件だとは思わないか?」


消火器が白い粉をき散らす音が響きわたった。ミナトが作り出した小さな世界を外の世界と一体化させていく。炎の壁が消え去ると、白煙のような残留ざんりゅう物のモヤの奥では、何人もの黒服の男たちが取り囲んでいた。


「い、今は持ってない」


やっとのことでミナトはそれだけしぼり出した。


「ならば死ね。それとも貴様と一緒にいた夫婦を先に殺すか?」

「やめろ! あの二人は関係ない!」

「ならば魔本を渡せ。つまらん嘘をつくな」


田沼は渡せない。もちろんアレックスたちを死なせることもできない。だけど突きつけられた銃はハッタリじゃない。


「人の命など安いものだ。特に黄色い猿のはな」


怖い、怖い、怖い。


「早く決めろ。三つ数えるうちに決められないのならば、お前の右腕を撃つ」


正面の男の銃が右肩に当てられた。


「ひとつ」


怖い、怖い、怖い、怖い!

嫌だ、撃たれたくない!


「ふたつ」


田沼は渡せない! アレックスたちもダメだ! もちろん僕も嫌だ!

ミナトの首筋に汗が流れる。目からはしずくこぼれ落ちていた。

――俺にヤらせろよ


「次で最後だぞ興梠こおろぎミナト。返事は」


ミナトはうつむいたまま動かない。

――このままじゃ死んじまうぞ?


「仕方ない。興梠ミナト。みっ……」

「うゔゔゔゔ……」


ミナトは低くうなりだした。


「なんだ? どうした貴様?」


全身をブルブルと震わせ、俯いている。明らかに尋常ではない。まるで何かに憑かれたかのようだった。

――俺の出番だなァ、オイ……!


「どうしたというのだ興梠ミナト! 黙っているなら殺す」

「トロくせえ弟の名で呼ぶなァ!」


正面に立っていた厳つい黒服が引き金の指に力を入れようとした刹那、ミナトは突然さけんだ。

パパチンッ

背後から絶叫が響きわたる。火柱がふたつ立ち上ぼった。炎に照らされミナトの影が前方に長く伸びる。拳銃が重たい音をゴトンゴトンと床に鳴らした。二つの苦しみの悲鳴は命への執着のユニゾンだった。


「火を消せ!」


唖然あぜんとした取り巻きの黒服に向かって正面の厳つい顔は叫んだ。彼らは見てしまったのだ。自分の仲間が生きながら身を焼かれる瞬間を。


「おせえ」


ミナトは銃をふたつ拾い上げると、火柱に向かって両手で構えた。


「やめろ!」


先ほど火を消せ、と命じた男がミナトに銃を向けた。が、しかし……

二つの銃声が鳴り響く。悲痛の叫びがはたと止んだ。火柱はよろめき、そして中の男たちは横たわった。赤い炎を吹き上げながら。


「フハハハハ! 呆気ないな、馬鹿どもが! ――次!」


横っ飛びに転がり両手の銃を構えると、周囲の呆然と立ち尽くす黒服たちに向けた。引き金を引くと一発の銃弾が黒服に向かって飛んでいく。予備動作は必要ない。愉悦ゆえつの笑みを浮かべながら、引き金を何度も何度も引いていく。当たるかどうかは知らない。むしろ、当たらなくとも一向に構わない。しかし、非情の銃弾は黒服たちの胸板に吸い込まれるように飛んでいく。


愉快ゆかい、愉快」


反撃の銃弾はなかった。それはミナトが黒服たちが取り囲む中心にいたからだ。仲間が倒れていく苦痛に顔をゆがめながら、黒服たちはナイフ片手にミナトのいる中心に殺到さっとうするしかないのだ。

銃を撃ちながらクルクルとまわるミナトは、さながらステージの上でスポットライトをびるミュージシャンの気分だった。

しかし、胸を撃ち抜かれたにも関わらず立ち上がる者がいる。それも一人二人ではない。次々に胸をさすりながらゆらりゆらり歩き始めた。続々立ち上がる彼らは生きながら死んでいるアンデッドのようである。結局、頭を撃たれて脳漿のうしょうをぶちまけた二人以外は全員立ち上がった。


「そういうことか……、しかしお楽しみが長引くだけだな!」


黒服たちは防弾チョッキを身につけていたのだ。これならば胸に銃弾をらって、立ち上がったとしてもうなずける。

しかしどういう訳か、ミナトは銃を撃つ手を止めなかった。銃弾はまた防弾チョッキに当たっていく。

当然、死にはしない。しかし衝撃を身体に受けて顔が苦痛に歪んだ。ミナトはそれを楽しんでいるのだった。

引き金の感触が急に軽くなった。爆発的な音もしない。カチカチと軽い音を鳴らすだけだった。


「奴は弾切れだ! 一気に行け!」


厳つい顔の男が号令をかける。それを合図に黒服は雄叫びをあげ一斉にミナトに向かってきた。


「弾があるうちの方が幸せだったのによぉ。本当に哀れだな!」


パチンッ

ミナトの指先から火花がほとばしる。うず状に逆巻さかまく炎が正面に向かいまっすぐ伸びた。ミナトに一番近かった黒服が声にならない声を上げる。全身に炎をまとい、もがき苦しむように頭と腕を振り回す。しかし足掻あがけば足掻くほど、炎はきょう声を上げるように勢いを増すのだった。


「んー、焼肉のいい香りだぜ。あ、アメ公の場合はBBQか?」


黒服たちの突進は完全に止まっていた。目の前の狂気の男に完全に臆していた。燃え盛る仲間の悲鳴だけが鳴り響いている。


「何をしている! 行け、行け!」


厳つい男が必死に命じるも、動きだす者はいない。一番近づいた者が焼き殺される。皆、人間BBQにはなりたくないのだ。


「うう、うわああ!!」


一人の男が銃を構えた。味方の危険をかえりみず、その引き金を震えながら引いた。放たれた銃弾は迷いのない軌道でミナトの眉間みけんに到達しようとしていた。

パチンッ

フッと消えた。

黒服たちは目をこする。ミナトは不敵な笑みを浮かべていた。

黒服はもう一度銃を構えた。今度は全員、ミナトの頭に狙いを定める。

一斉に銃弾を放った。

四方八方からミナトの頭部めがけて弾が飛ぶ。

パチンッ

指鳴りが一度鳴ると、ミナトの周囲を炎が包み込んだ。さながら太陽のようなその球体はまばゆい閃光を放ちながら、肌が焼けつくような熱を放っている。ミナトに向けられた悪意の銃弾はその小さな太陽に触れる前に、鉛の液体となって床に落ちた。


「銃で俺を殺そうなんざ、甘いんだよ!」


叫び終わるや否や、紅く燃える球体に歪な亀裂きれつが走った。そこかられる光は目もくらむほどの強烈な白だった。亀裂の走った球体は一瞬縮んだかと思うと、四方八方に炸裂する。飛び散った炎は床にあたり、天井にあたり、柱にもあたった。炎の塊はーキューで突かれたビリヤードのように散乱する。

火の玉は踊るように弾みながら、黒服たちを追い詰めていく。火の玉を避けるうち、いつしか生き残った一◯人の男たちは壁を背負って立っていた。


「ピンが並んだな」


とっさに黒服たちが声の方を見ると、振りかぶるように火の玉を持つミナトがいた。その一直線だけは燃やされずに、まっすぐに空間が伸びている。

ミナトは下手投げに大きく振りかぶり、火の玉をこちらに向けて放り出した。火の玉は火炎の軌跡を描き、爆炎を巻き上げながらこちらに転がってくる。それも高速に。次第次第に火力を増すそれに、先頭に立つ厳つい顔の黒服が命いに似たさけび声をあげた――


「ストライィィク!! イェイ、イェイ!」


一◯人の苦鳴のハーモニクスを全身に浴びながら、ミナトは歓喜した。人の死は鮮烈なほどに紅く美しく燃え上がる。焼けた香りはすすけた香り。

見よ。業火ごうかに焼かれる十の影を。鮮血すらせて見える紅い炎、狂ったように鳴り響く十の悲鳴。地獄の業火は今ここにある。


「この俺を脅そうなんざ百年早えんだよ」


吐き捨てるように呟くと、また油をそそがれたように炎が舞い上がった。

――……めて――

ミナトの頭の中に声が響いた。


「うるせえぞ! 俺に指図するな!」


――もうやめて……!――

それは田沼の声だった。


「俺の身体だ。俺の自由にして何が悪い!?」


――もうやめて。


「うぐぐぐぐぐ……」


頭を抱えるようにうずくまる。頭の中に鳴り響く声は二つだった。田沼と……、もう一人。黒服の悲鳴はもう消えていた。


「てめえはいつもそうだ。逃げて逃げて逃げて。そればかり。そして俺が尻ぬぐい。もうたくさんなんだよ」


うめくようにそれだけ呟いて、ミナトは意識を失った。





ふところに入れた拳銃をコートの上から確かめる。これの持ち主はまだ病院で点滴てんてきでも打っている頃だろう。左手以外での生命力の回復には時間がかかる。

綾崎にも困ったものだ。

夜の街に身をかし、漆間は浮かれた親友を追っていた。その身に降るかかる全てのわざわいから彼を守るために。


「この旅はあいつを救うためのものでもあるんだ。今死なれちゃ困る」


綾崎に気づかれないように気をつけながら、漆間は独りそう呟くのだった。


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