不夜城の怪人 第一七話 星条旗のもとに 6
「なんでここが……?」
「私、このホテルのオーナーなんですよ。てぇか、この辺のホテルはみぃんな俺のもんですわ。悪いと思ったが少々調べせてもらいました。綾崎さん、手術したばっかりなのに病院抜け出しちゃダメでしょうが」
テオとか名乗る中背小太りの男は漆間たちの泊まるホテルグラージオのオーナーだという。しかし、そのオーナーが二人に何用か?
訝しげな視線に気づいたのか、テオは花束を綾崎に差し出した。綾崎はそれを両手で受け取り、軽く会釈する。
「だってぇ、気になるじゃないですか。腕が完全に取れてたんですぜ。心配にもなります」
「そりゃ悪かったね」
「とはいえ」
小太りの男は、接合したばかりの右腕をジロリと見回した。花束をしっかり掴んでいる。
「えらく治りが早いですねえ。もう花束を掴めるくらいには平気なんですか?」
二人の背筋にピリッと緊張が走った。この男、どこまで知っているのだろうか? 魔本のことは? 田沼は? 興梠は? そもそもこの部屋に現れた目的は?
「おかげさまでね。で、恩人が何の用です? わざわざ部屋にまで来るなんてやりすぎじゃあないか? 俺たちにもプライベートってやつがあるんだぜ」
テオは思い出したとばかりに手を叩いた。
「あんたら、ラスベガスにゃあ観光できたんじゃないらしいね」
小賢しい笑みを浮かべ、テオは腕を組んだ。秘書のカロリーナがクスリと笑みをこぼした。
「お前たちは能力者か?」
言い放った黒衣の長身に綾崎は仰天した。いくらなんでも直球すぎる。
「能力者……?」
目の前の中年はというと、聞き慣れない言葉に眉をひそめて思考を巡らしているようだった。
「いいだろう、中に入れ」
彫金のドアが滑らかに閉められた。
僕の勘はハズれたんだろうか。
目の前で妻のシェリーが作ってくれたオニオンスープをすする小男を見ながら考えていた。
「なに?」
見られていることに気づいたミナトはおそるおそるとこちらを見上げた。上目遣いの瞳が潤んでいるように見えるのは気のせいだろうか?
「僕の脚本の劇、どうだった?」
「あ、あー、面白かったよ……?」
そう言うとミナトはジーンズのポケットを手で抑えた。何かを隠すようである。ミナトは結構な頻度でこの行動をとっている。何か入っているのだろうか?
じっとその手を見つめると、慌てて頭をかいてはにかむ。アレックスも合わせてニコッと笑顔を作った。
「どうしたの? 男同士でニヨニヨしちゃって」
「変かい?」
「変というより不気味ね。アレックス、ソッチの気があるの?」
シェリーの大きな瞳がジロリと睨む。
「まさか! 愛してるのは君だけさ」
この言葉にホッとした顔をしたのはミナトの方だった。
妻はクスリと笑うと、男同士ごゆっくり、と言って寝室の階段を登っていった。
「アレックス、僕邪魔みたいだからそろそろ出ていくよ」
まさか、そんなことさせてなるものか!
「いや、いいよ。今日も泊まるとこないんでしょ? ベガスにいる間はウチで面倒見るさ」
能力者かもしれないミナトを逃すわけにはいかない。現に、ミナトはアレックスの能力者になった経緯を基にした今日の劇を見てから様子がおかしい、……ような気がする。アレックスは彼が魔本を知っているか試すために観劇に来させたのだ。しかし、どうにもその成果が目に見えて来ないのである。何だか様子がおかしい、という程度だった。
「じゃあ、またお言葉に甘えさせて頂きます……」
そう言うミナトが出て行きたがっているのは承知していたが、彼にも出ていくだけの理由を見つけられないようだった。ならばその気の弱さを存分に利用させていただく。
重ねて言うがミナトは能力者かもしれない。だとすれば、「彼」を倒すための切り札になるかもしれないのだから。
「ははーん、なるほどね。あんたのイカサマはそういう訳か」
「悪かったよ。もうしねえから許してくれ」
「まあ、いいでしょう。許してあげましょう。イカサマってぇのは見抜けねえ方も悪うござんす」
テオとしてはもう綾崎のイカサマなどもうどうでも良い。世の中にはトンデモナイ物があると知ってしまったのだから。
テオ・ランベルティとその秘書カロリーナは漆間に聞かされた。魔本『堕天使の懺悔』のこと、その願いのこと、能力者のこと、そして二人に掛けられた寿命の呪いのことを。
目の前にいる綾崎があと数ヶ月足らずで死ぬ、なんてことはどうにも胡散臭かったが、能力については信じる他ない。実際に、自分のカジノでイカサマをされてしまったのをこの目で見たのだから。能力者について知らなければ見破れるハズがない。責任を押し付けられてクビになったディーラーはとんだ災難だっただろう。まあ、借金を負わせてクビにしたのは自分だが。
「あんたらになぜこの話をしたかわかるか?」
「私どもに魔本を探せ、というのでしょう?」
「その通りだ。引き受けてくれるか?」
漆間としては当然の提案だろう。出会ってからわずか数日で漆間、綾崎、そして興梠の情報を手に入れたテオの情報網をアテにしたいのはわかる。
「条件がありますね」
「なんだ」
「その田沼とかってぇ悪魔に願いを叶えて貰いてえな」
綾崎が顔をしかめた。
「当然ちゃあ、当然のことだが、いいのか? 俺や漆間のようになっても知らねえぜ?」
「それに」
漆間が付け加える。
「願いは何だ? あんたに叶えなきゃいけない願いがあるようには見えないが」
言われてみると確かにそうだ。株取引のインサイダー情報を秘密裏に手に入れたい欲求はあるが、悪魔の願いなしでもそれは手に入る。かといって安直に金、といってももう持っている。なら自分が欲しいものとは……。おっと、一つだけ思い浮かんだ。
「まあ、秘密ですわ。ところで条件は呑んでいただけますか?」
二人は互いの顔を見合わせると、こちらをむき、首を縦に振った。
「よござんす。商談成立。まずはお二人のお仲間の田沼さんを探しましょうか」
カロリーナを振り向くと、ニコッとたおやかに微笑んでいる。もう連絡しました、と美しい口が音もなくテオにそう伝えた。
あの会社なら、すぐに見つけてくれるだろう。もうこの件に関して自分はやることがない。帰る前に一言挨拶でもしようかと漆間の方を見やると顎を指でつまんで何やら考えこんでいた。
「どうかしたんですかい」
「いや、あんたが『願い』のことをいうものだから、ふと思ったのさ」
黒髪の巨人はどこか遠くを見上げるようだった。
「そういえば、興梠の『願い』は何だったんだろうか、とな」
「パパはいつ帰ってくるのよ! 私との約束も守らずに!」
「いい加減にしなさい! ママ怒るわよ!」
「もう怒ってるじゃない! ママなんて知らないわ!」
「リタ!」
ふん! 家出してやる。
この豊かな黄金の髪の少女を覚えているだろうか? 名前はリタという。大きな青い目が印象的な少女であった。
玄関の戸に掛けてある鈴がカランと鳴る。リタは大通りを駆け出した。
またパパとママを困らせてやる。
それだけを決意すると、まっすぐバス停へと向かった。
さて、どこへ行こうか?
バス停に着き、スマホに夢中の太ったハゲオヤジの横でハアハアと息を整えると、リタは行き先案内表示を見た。今の時刻からすると行き先は三つ。州立病院と繁華街のフリーモントストリートエクスペリエンス、そして……
「そうだ! ストリップ!」
思わずおおきな声をあげると、ハゲオヤジがギロリとこちらを睨むので、文句あるのか、とキッと睨み返した。ハゲオヤジは慌てて視線をスマホに戻した。
まえにストリップに行ったのは確か一週間くらい前。そこでリタはある男と出会ったのである。
漆間のところに泊めてもらおう!
漆間は確かグラージオの、それもスイートに泊まっていると言っていた。相当なお金持ちに違いない。押しかけて居座ってやる。
そう心の中で呟いたとき、ちょうどバスがピタリ止まった。プシューとドアが開いたが、一つ前に並ぶハゲオヤジはスマホに釘付けで気がつかない。太ったケツをパシッと蹴ると、男は怒ったように振り返ったが、慌ててバスに乗り込んだ。リタが第二撃を股の間に狙い澄ましているのを見つけたからであった。
いい知らせと悪い知らせ、どちらでもいいんだが。
カフェでオシャレにクラブハウスサンドを頬張りながら、インディゴはぼんやり考えた。
マゼンタとシアンからの第二報がない。
例の日本人、名前は確か漆間と言ったか、を消すという一報を受けてから何の連絡もないのだ。まさか殺られたか、などというのはまだ楽な推測である。本当に怖いのは裏切りだ。
パレットには現状、能力者が四人しかいない。マゼンタ、シアン、自分、そしてもう一人はニューヨークで仕事中だ。昔はもっといたのだが、レッド、ブルーをはじめ多くは戦いに死に、パープルのように失踪した者もいる。
パープルはマゼンタとシアンの三つ子の弟、イエローの仇である。なので彼の情報を掴むまでは彼らを子飼いにしておける、とふんでいたのだが……
「こりゃ計算が違ったかな?」
呟くとインディゴはエスプレッソを啜った。マゼンタとシアンは気がかりだが、日本人はこの際どうでもいい。本題はいかにして「彼」から魔本を奪うのか、それだけなのだ。
スマホの画面が光った。
「KOH? 誰だ? ……ああ!」
King Of Hotel、つまりホテル王、テオ・ランベルティからの依頼だ。
今、忙しいんだけどなあ、とパセリを指でつつきながらメールを開くと、その内容に目を見張った。
「ジーザス! 『日本人の持つ魔本を探せ』!? 何だいこりゃあ?」
メールには要約すると以下のことが書いてある。
日本の男たちが魔本と呼ばれるモノをラスベガスに持ち込んだ。
魔本からは願いを叶える悪魔が現れる。
悪魔の名前は田沼。
この田沼を手に入れて欲しい。
今は興梠ミナト(日本人の内の一人)が所持している。
興梠は殺してはならない。
この依頼が達成されたら、継続でさらに依頼事項がある。
「なんてこった。日本人の能力者はこういうワケか!」
周囲の人間がざわつきはじめた。どうやら一人で興奮しすぎたらしい。
しかし興奮冷めやらぬインディゴは大慌てで電話をかけはじめた。コール音が二回ほど鳴り響く。息を整え、不敵な笑みを浮かべると、相手が電話にでた。
「いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」
インディゴは受話器の向こうに問いかけた。
「毎度言わせるな。簡潔に話せ」




