第七十話
「一つだけ、方法があるかもしれない」
考え込んでいた迦楼羅丸が言う。
半信半疑のような表情だけれど、弥生さんを助けられるならどんなに小さな望みでもいいよ!
「方法?」
「秋の知り合いに鬼がいただろう?奴は神鬼という種族だ。奴の力を使えば、あるいは」
「本当!?」
「断言はできん。だが、試してみる価値はある」
「それでいいよ!諦める前に出来る事をやらなくちゃ!」
わたしはごしごしと涙を拭く。
迦楼羅丸が弥生さんの体を抱き上げた。
こういうのは一刻も早い方がいいに決まっている。
わたし達は障害物を乗り越えながら全速力で元来た道を戻る。
途中で何度も道が塞がれていて、わたしの霊具と宿祢の妖術でこじ開けながら進んだ。
『見えたわ!あと少しよ!』
前方、胴の隙間から微かに光が漏れている。
あと少しで脱出できるんだね。
そうしたら弥生さん、助けられるんだよね。
けど、やはりそううまくは行かないもの。
わたし達の進路を塞ぐように霊魂の大群が現れた。
「えいっ」「はっ」
わたしと宿祢で蹴散らしている間に迦楼羅丸にはなんとか弥生さんの体を安全な場所に連れて行ってもらわないといけない。
わたし達じゃ力不足で迦楼羅丸も妖術で援護してくれる。
絶対に、絶対に助けるんだから!
弥生さんは死なせたりしない!
『きゃあ!』
「お姉さんはいいから先に脱出して!」
『でも…!』
「こいつら、愉比拿蛇の手下なんでしょ?だったら霊体であるお姉さんが一番危ないよ!」
お姉さんの道案内が無くても出口ならちゃんと視界の隅に捉えている。
「弥生さんをお願い!」
『わかったわ。弥生』
『うん』
けれど、二人の進路を霊魂の大群が遮った。
「水よっ」
宿祢が妖術で払うものの、すぐに塞がってしまう。
これじゃあきりがないよ。
とうとうわたし達は霊魂に囲まれてしまった。
あと少しなのにっ。
迦楼羅丸が弥生さんの体を守ってくれている以上、わたしが頑張らなくちゃいけないのに!
このままじゃ…このままじゃみんな、やられちゃうっ!
力不足が悔しくて、涙が溢れてくる。
泣いている場合じゃないのにっ。
しっかりしてよ、わたし!
『ありがとう、冬』
「え?」
何を思ったのか、弥生さんがわたしの前に出た。
『あたし、信じてた。信じてよかった』
「弥生、さん…?」
『約束通り、助けに来てくれてありがとう。最期に冬に会えて本当に良かった』
「な、何言ってるの…?最期って…」
『あたしが囮になるわ。だから天狗、冬を連れて脱出しなさい』
「弥生さん!?嫌よ!わたし絶対に嫌!弥生さんも一緒に…」
『冬!』
「…っ」
『このままじゃ全員死ぬのよ』
「で、でも…」
『あたし…』
そう言って振り向いた弥生さんは、笑っていた。
どこか寂しげなその笑顔に、胸がぎゅっと苦しくなる。
『体だけでも、お兄様の元に帰りたい』
返す言葉が、見つからなかった。
霊魂は飛びだした弥生さんを追っていく。
わたしは宿祢に手を引かれるまま走り出した。
ここで立ち止まる事は、弥生さんの気持ちを無駄にする事だから。
わたしが今、やらなきゃいけないのは、無事に脱出する事だから。
『冬…。あたし、あんたと友達になりたかった…』
「…っ。なに、言ってるの…。わたし達…」
振り向いた先には、霊魂に襲われる弥生さんの姿。
それも直ぐに涙に滲んでわからなくなる。
「わたし達、とっくに友達だよ!弥生ちゃん!」




