第六九話
愉比拿蛇の胴体を、まるで滑り台を滑るかのように伝い降りる。
ところどころ地面はあるものの、胴体の割合が多いかな。
みっちり胴体で埋め尽くされているのかと思ったけれど、中はある程度立てるくらいの高さがある。
胴体をよじ登ったり屈んだりしながら先へと進む。
『弥生の気配はこっちよ』
三人とも弥生さんの気配がわかるらしいので、お姉さんに先導、宿祢と迦楼羅丸には周囲を警戒してもらう事にしてわたし達は先へと進む。
「弥生さーん。いたら返事してー」
わたしには弥生さんの気配というものがわからなくて、すごく悔しい。
だからこそ思い切り声を張り上げる。
愉比拿蛇に気づかれる可能性もあるけれど、弥生さんに届かなかったら意味ないし。
それに二人がわたしを守ってくれる。
わたしは一刻も早く弥生さんを探し出す事に専念するのが一番効率のいい方法だもの。
お姉さんに導かれるようにして進んだ先では、胴体が通せんぼしていた。
『困ったわね…この先なのに』
「こうすれば見えるかも」
地面との間に這えば通れそうな隙間が空いている。
わたしは地面に頭をこすり付けるようにして覗き込む。
広い空間の真ん中あたりに座り込む弥生さんの後ろ姿が見えた。
羽のある宿祢や体格のいい迦楼羅丸には酷かもしれないけれど、這って進むしかないよね。
だってすぐそこに弥生さんがいるんだもの。
白い服が泥だらけになるのも構わずに、わたしは胴の下を匍匐前進で潜り抜ける。
というか、構ってなんていられないよ!
「弥生さん!」
『…冬?』
わたしの声に弥生さんが振り返った。
その顔は途方に暮れている。
這い出し、駆け寄りながらわたしは声をかけた。
「弥生さん、わたし、助けに……あれ?もう一人いるの?」
弥生さんの陰に隠れて見えなかったけれど、目の前には誰かが横たわっているみたい。
「弥生さんが…二人?」
弥生さんの前に横たわっていたのは、他の誰でもない、目を閉じた弥生さんだった。
口の端からは血を流し、全身が痣だらけだけれど、間違いなく弥生さん。
あまりの痛々しさにわたしは目を逸らした。
どういう事なのかさっぱりわからずに、座り込んでいる弥生さんに尋ねる。
「双子…じゃ、ない、ですよね?」
『あたりまえでしょ』
「じゃあ、どういう…?」
わたしの質問に弥生さんは、目を瞑るもう一人の弥生さんに悲しげに視線を落としながら答えた。
『あたし、死んじゃった』
「え?」
ようやく這い出てきた宿祢達が二人の弥生さんを見て息を飲む。
わたしは弥生さんの言った意味がよくわからなくて、何度も何度も頭の中で繰り返した。
『間に、合わなかったのね…』
お姉さんの呟きに弥生さんは顔を上げた。
そしてお姉さんを見て力なく笑う。
『まさか、こんな形で貴女を見る事になるなんてね…。皮肉なものだわ』
『私の事がわかるのね』
『ええ。初めまして、幽霊のお姉さん』
『こんな邂逅はしたくなかったわね』
『あたしもよ』
「待って…ちょっと待ってよ」
哀しげに会話をする二人の間にわたしは割って入る。
「嘘だよね?弥生さんは死んでなんていないよね?」
「冬殿…。気持ちはわかるでござるが…」
「嘘だよ!だって、こんな…こんな…」
『いいよ、冬が気にする事じゃないわ』
「でも…!」
ぼろぼろと溢れる涙を止める事が出来なくて。
よく見ると弥生さんの体は透けている。
幽霊のお姉さんと同じ状態。
つまり、今話をしているのは霊体の弥生さんって事で…。
でも、だからって、わたし、そんなの…。
そんなの嫌だよぉ。
「愉比拿蛇は強制的に肉体から魂を分離させる事が出来る」
「分離、でござるか?」
「そうだ。強制的に幽体離脱させられている訳だ」
「肉体に戻る事は出来ぬのでござるか?」
『色々試したけれど無理だったわ』
「迦楼羅丸殿、お姉さん殿、他に方法はないのでござるか?」
『愉比拿蛇は魂を抜き取ると同時に肉体に結界をかけて、魂が戻るのを防ぐの。並みの術では打ち破れないわ』
『だそうよ』
「そうでござるか…」
『抜き取った魂を喰らい、糧とする。それが愉比拿蛇よ』
「じゃあ、弥生さん、食べられちゃうの?」
『……』
返事はなかったけれど、それが肯定だという事がよくわかった。
このままじゃ、弥生さんが食べられちゃう。
そんなの嫌。
でも、お姉さんもお手上げじゃあ、どうしたら…。




