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四季の姫巫女  作者: 襟川竜
冬の章 第四幕・愉比拿蛇
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第四八話

緊張のし過ぎで、実は周りの音がよく聞こえていない。

それを理解してくれたのか、秋ちゃんはやれやれと手を引いて部屋まで案内してくれた。

注魂の儀式を行う為の説明会議が、本日正午より啼々家の一室で行われる。

久々に啼々家にきて懐かしい顔ぶれに出会って緊張が解けたと思ったんだけど、刻一刻と時刻が迫るたびに緊張してきちゃって…。

わたし、大丈夫かなぁ。

ちゃんと頭に叩き込まなくちゃいけないのに、こんな調子じゃ覚えられる気がしないよぉ。

わたしが案内されたのはいつも当主会議が行われている大広間。

下座の特に下座に正座して待つ。

もちろん一番下っ端の私が一番乗り。

お偉い様達を待たせるわけにはいかないもの。

どこの国でも共通の常識だと思うわ。

宿祢と迦楼羅丸様はお留守番。

せめてどちらか一人でもいてくれたら緊張度も違ったと思う。

お姉さんは昨日から姿を見せてくれないし、わたし一人でいたら会議が終わるころには緊張死しちゃうよぉ。

「まったく…今から緊張なんてしていたら身が持たないぞ」

その声に錆びついた人形のようにぎこちない動きで首を向ければ、呆れ顔の泰時様がいた。

そして、その後ろには秋ちゃんの次に大好きなわたしの親友。

「や、やすと……結依ちゃん!」

わたしと目が合うとすぐに視線を逸らしてしまったけれど、間違いなく結依ちゃんだ。

姫巫女になると決めて啼々家を出て以来、初めて会う。

「結依ちゃ…ひゃぁぁっ」

慌てて立ち上がったのはいいけれど、どうやら足が痺れていたみたい。

緊張しすぎていて全然気が付かなかったせいで、わたしはバランスを崩してしまった。

そんなわたしを泰時様が慌てて支えてくれた。

「まったく、なにをやっているんだ」

「すみません…」

結依ちゃんは何か言いかけたみたいだけれど、結局口を噤んで手に持っていたお盆を床に置き、わたしの前に湯呑を置いた。

そのまま小さく「失礼します」と言ってすぐに部屋を出て行く。

結局、わたしとはちゃんと目を合わせてもらえなかった。

やっぱり結依ちゃん、怒ってるんだ。

「ケンカでもしたのか?」

「わたしが悪いんです。結依ちゃんが姫巫女に憧れているのを知っていたのに、わたし…」

「お前に神託を受けさせたのはボクだ。そしてお前は見事に迦楼羅丸を目覚めさせた。お前が姫巫女になる事を断っても、お前のその潜在霊力に目を付けた誰かがいずれお前を姫巫女にしたさ」

「でも…」

「別にお前は悪くない。それに『ケンカするほど仲がいい』というだろう」

「泰時様」

「お前は今やれる事をやれ」

そういって泰時様は湯呑を渡してくれた。

まだ少し熱めのお茶は、時間を待つ間にきっと飲み頃になる。

わたしは座布団に座り直し、息を吹きかけて少しずつ飲む。

「隣にいてやろうか?」

「…いいえ。これくらい一人で頑張れなくちゃ、結依ちゃんに認めてもらえませんから」

「そうか」

そういった泰時様は、いつもと違う温かい笑みをくれた。



※ ※ ※



『……』

じっと、彼女は封印の勾玉を見つめていた。

霊体では何もできない。

封印の力が弱まっていくのを、ただ黙って見ている事しかできなかった。

ようやく自分を認識してくれる少女が現れたとはいえ、冬を愉比拿蛇と戦わせる訳にはいかない。

霊体では愉比拿蛇に勝てない。

倒す事も、封印する事も敵わない。

今の姫巫女達に愉比拿蛇を倒す事はおろか、封印する事も難しい。

それはきっと迦楼羅丸も感じているのだろう。

少しずつ大きくなっていく愉比拿蛇の気配。

冬と宿祢は気づいていないようだが、迦楼羅丸は愉比拿蛇が蘇れば一人で突っ込んで行く事だろう。

それは勇気ではなく、ただの無謀。

犬死だと断言できる愚かな行為。

それでも彼は立ち向かうだろう。

愛しき啼々紫の為に。

『……』

そっと勾玉に手を伸ばす。

触れる事が出来ないのは当然だが、今の自分が持つ霊力を注ぎ、少しでも封印を強化できれば…そう思っての事だった。

「無理だと思いますよ」

その声に彼女は手を止める。

「こんにちは。ようやく会えましたね」

声の主は秋。

こちらに向かって歩んでくる。

彼女は辺りを見回し、周囲に誰もいないことを確認すると、自分を指差して尋ねた。

『もしかして、私?』

「貴女以外に誰がいますか?初めまして、幽霊のお姉さん」

『初めまして。よく私に気づいたわね。声も届いているようだし…』

「冬に祠の掃除を託されました」

そういって秋は雑草に隠れるように(たたず)む朽ちかけた祠を指す。

それだけで彼女は納得したらしく、『それで?』と先を促した。

「いくつかお尋ねしたい事があります」

『私に答えられる事ならばいいけれど』

「答えられる範囲で結構です。ただ、正直に答えていただきたい」

『わかったわ』

「一つ目は、愉比拿蛇についてです」

『なぜ私に?』

「貴女か迦楼羅丸に聞くのが一番早い。でも迦楼羅丸は教えてくれませんでした。思い出すのが嫌なのでしょうね」

『そうね。でも嫌でも思い出さなければならないでしょうね』

「そうです。でもご安心を。きっちり浄化しますから」

『倒す、ではなく?』

「ええ。だってもう、愉比拿蛇は死んでいますから」

『…あなた、どこまで知っているの?』

識織(しきおり)天莱(てんらい)の関係までは」

秋の回答に彼女は驚いて目を見開く。

そしてじっと秋を見つめた。

『天莱なんて名前、どこで知ったの?彼女はずっと「七草(ななくさ)」と名乗っていたわよ』

「書物にもそう記されています」

『なら…』

「そんな事はどうでもいいのです。あの悲劇を繰り返したくはないでしょう。どうか、僕に協力してください」

『……』

何をどこまで知っているのか、秋の表情や態度からは(うかが)い知れない。

自分でさえ知らない何かを知っている気がして、彼女は少し恐怖を抱いた。

警戒心を見せた彼女を見て秋は困ったなぁ、と頬を掻く。

「僕は冬が大事です。こんなところであの子に死なれちゃ困ります。それに、貴女だっていつまでもこのままでいいとは思わないでしょう?啼々一族が己の利益の為に何をしてきたのか。ご存知ですよね?その結果が、これだという事も」

『…そうね。もっともだわ』

「だったら…」

『すべてを正直に話すには、あなたは底が深すぎる』

「うーん、困ったなぁ」

『交換条件といきましょう。あなたの質問に答えられる範囲で答えるわ。そのかわり、私の質問にも答えてちょうだい』

「答えられる範囲で良ければ」

不敵に笑った秋を見て、霊体のはずの彼女は冷や汗をかいた気がした。

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