第三三話
※ ※ ※
彼が駆け付けた時、彼女は虫の息だった。
「埜燗、貴様ぁぁぁぁ!」
身の丈程もある金棒を振りかざし、彼は目の前にいる男へと向かって行った。
埜燗と呼ばれた男性はニヤリと嗤うと、自身の背後へと手を回して何かを掴んだ。
「そう熱くなるなよ、埜剛。お前にプレゼントだぜ」
そう言って埜燗は手にしたモノを埜剛へと放り投げた。
「…っ!?」
最初は避けようとした埜剛だったが、放り投げられたモノの正体に気づき、両手でしっかりと受け止めた。
「壬!おい、しっかりしろ!壬!」
埜燗が投げて寄越したのは、血塗れの青年だった。
新緑色の髪が血を浴びて不思議な色に染まっている。
埜剛の呼びかけに微かに眉を寄せたが、意識はない。
着物は血を吸って重く、頭からつま先まで血に塗れている。
傷は無数で深く、血が止まる気配はない。
体が冷たく痙攣し始め、このままでは彼も死ぬ事になるだろう。
「全部お前のせいだ。お前が人間なんかと関わるから、こういう事になったんだ。そうだろう?埜剛」
「……」
埜燗の言葉に、埜剛は唇を噛みしめる事しかできなかった。
自分が二人に関わらなければ、二人の命が狙われる事もなかったかもしれない。
そんな思いが、頭をよぎる。
「戻って来いよ。また一緒に…」
「冗談じゃねぇ」
そっと彼を地面に寝かせ、埜剛は吐き捨てるように言った。
「てめぇと一緒にするな。俺ぁもう、戻らねぇって決めたんだ」
その言葉に、埜燗はギリリと歯を鳴らした。
余裕だった顔は憎悪で歪んでいる。
「なんでだ…。どうしてそこまでする?そいつらは人間だぞ!?」
「だからだよ」
彼女と彼に向けられた視線は、愛情と呼ぶに相応しいものだった。
「人間だから、愛おしいんだ」
その言葉に埜燗はわなわなと唇を震わせた。
怒りなのか憎しみなのか、自分にも分からない感情が心を支配し、体が震える。
「埜燗、お前にもいつかわかるさ」
「わかってたまるかぁぁぁ!」
飛びかかってきた埜燗の拳を手の平で受け止め、埜剛は金棒を横に振った。
「ぐぅっ」
その一撃をわき腹に受け、埜燗の体が岩壁に打ち付けられる。
「確かによぉ、人間は群れる事しかできない弱っちい奴等だと思ってたぜ。俺達と比べりゃあ、てんで弱っちいのも変わらねぇ。でもよ、人間はな、力は弱いが心が強ぇ。俺達には出来ないような事をやれる強さがあるんだ。それを、俺はこの二人から教わったんだ。他人を思いやる強さは、俺達には無いものだ」
「思いやり…だと?そんなものが、一体何の役に立つ?」
「立つ立たないの問題じゃねぇんだよ」
「なら、そんなものは必要ない!」
「あるさ。二人の優しさに触れて、俺ぁ気づけたんだ。モノノケも人間も、何も変わらないってよ」
そう言うと埜剛は埜燗に背を向けた。
この話はもうこれで終わりだと、その背中が語っている。
「俺の気が変わらねぇうちに消えな、埜燗」
「…っ」
口惜しそうに唇を噛みしめ、埜燗は背を向けた。
「埜剛、俺はいつかもう一度、会いに来る」
「俺の気は変わらねぇよ」
「なら、その時はどちらかが死ぬだけだ」
「お前の気が変わっている事を祈るとするか」
「ふん」
それだけ言うと、埜燗は二人のやり取りを黙って見守っていた手下達を引き連れてこの場から消えた。




