1945年7月23日 箱庭という名のリアル
この作品はフィクションです、実在の人物や団体などとは関係ありません
中には著者の政治思想や価値観を反映する場面が多くありましたが、
著者は無神論者で左翼でも右翼でもありません
また、著者や作中の主人公は自由主義者で民族主義や全体主義を憎悪し、物語中にそれを強く表現しています
なお、本作は創作の補助(言いぐさ、環境描写、方言…など)でAIを使っていますが、主要キャラクターの設定、発言、意図、行動やシナリオ進行は著者が自分で書きました
ITエンジニアである浩平(38歳)の平日は、もっぱら自宅のデスクで完結する。週3日のリモートワークに加え、今日はプロジェクトの区切りで取得した有給休暇だった。昼下がりの静かなマンションの一室で、淹れたてのコーヒーを片手にネットサーフィンをしていた彼は、とある掲示板の片隅で奇妙なリンクを見つけた。
タイトルもないその育成シミュレーションゲームは、ブラウザ上で動作するらしい。興味本位でクリックすると、簡素なUIとともに「シナリオ選択」の画面が現れた。
プレイヤー自身はキャラクターとして存在せず、神の視点、あるいは幽霊のようなFPV視点で特定の範囲を自由に飛び回れるという仕様だった。
「初期シナリオ……『1945年7月23日 AM 8:00 広島市全域』か」
マウスホイールを転がすと、画面の中に広大な街並みが一気にレンダリングされた。浩平は息を呑んだ。
木造家屋の瓦一枚一枚の質感、未舗装の道を舞う土埃、照りつける夏の太陽のハレーション。カメラを地表スレスレまで下げると、モンペ姿で歩く人々の額に浮かぶ汗の粒や、すり減った草履の繊維までが克明に描写されていた。
「なんだこれ……凄すぎるだろ」
職業柄、最新のCG技術には明るいつもりだったが、これは常軌を逸している。NPCたちの不規則な瞬きや、ふと空を見上げる仕草に一切のアルゴリズムっぽさがない。あまりの生々しさに、浩平は背筋に粟立つような感覚を覚えた。
(これRTX ONのレベルよりも本物を感じるな…もしかしてこれ、CGやAIじゃなくて……どこかのパラレルワールドの映像をそのままストリーミングしてるんじゃないか?)
そんな馬鹿げた妄想すら頭をよぎるほどの圧倒的な現実感が、そこにはあった。
◇◇◇
神様のお買い物
◇◇◇
浩平はマウスを操作し、物理法則を無視して広島市の山沿いへとカメラを飛ばした。
ある一軒の古びた家の前で視点を止め、壁をすり抜けて屋内へ入る。そこには、すず(35歳)と、学徒動員から帰ってきたばかりの娘、さち(15歳)の姿があった。海軍にいた主人はすでに戦死したというステータスが、画面の隅に小さく表示されている。
ちゃぶ台に乗っているのは、雑草のようなものが浮いた、米粒を数えられるほど薄い塩水のような汁だけだった。さちは疲れ切った顔で、それでも母親を気遣うように無理に笑顔を作ってそれを啜っている。
「……さすがに不憫だな」
昼食に宅配ピザを平らげたばかりの浩平は、胃の奥に重いものを感じた。ただのゲームだと頭では分かっていても、これほどリアルな飢えを見せつけられると胸が痛む。
画面右上の【ショップ】アイコンをクリックすると、見慣れた「ネットスーパー」そっくりのUIが開いた。一日10000ゼニ(=10000円)が無料で支給されるが、それでは足りない。浩平はクレジットカードを登録し、ためらいなく課金の上限である10,000円を決済した。
ゲーム内の残高が20,000ゼニになったのを確認し、浩平はカートに次々と商品を放り込んでいく。
「まずは腹にたまるものだな。10kgのコシヒカリ(6000ゼニ)……タンパク質もいるか。卵10個パックを3つ(900ゼニ)、上白糖1kgを2つ(600ゼニ)、油もいるな、キャノーラ油1000mlを2つ(500ゼニ)。あとは手軽に食えそうな……国産冷凍から揚げ1kgを2つ(2000ゼニ)で、ぴったり10000ゼニだ」
決済画面に進むと、「アイテムへのメッセージ添付(最大140字)」という入力欄が現れた。
浩平はキーボードに手を置いたが、気の利いた言葉は浮かばなかった。重い歴史の現実に対して、現代の自分が何を言っても安っぽく思えたのだ。
『頑張れよ』
ただ一言、軽い気持ちでそう打ち込み、浩平は【転送】ボタンをクリックした。
◇◇◇
突然の恩寵
◇◇◇
昭和20年、7月23日の午後。
すずとさちが座る薄暗い茶の間の、擦り切れた畳の上。そこに「それら」は突如として出現した。
「えっ……!?」
音もなく湧いて出た異常な物体の山に、二人は悲鳴を飲み込んで飛び退いた。
見たこともないほど透明で丈夫な袋に詰められた、真珠のように輝く大量の白米。不思議な透明の容器に整然と並べられた大きな卵。雪のように真っ白な砂糖。黄金色の油が入った硬い筒。そして、極寒の氷気を放つ、色鮮やかな料理の絵が描かれた謎の袋(冷凍から揚げ)。
現代のパッケージそのままのそれらには、商品名こそ日本語で書かれていたが、バーコードや消費期限、製造年月日の印字だけが不自然に消し去られていた。
「お母ちゃん、これ……神様が……? それとも、お父ちゃんが……?」
さちが震える手で、米袋の上に置かれていた真っ白な紙片を手に取った。そこには、見たこともないほど均一で美しい活字で、たった一言だけ記されていた。
『頑張れよ』
すずは震える手で米袋に触れた。本物だ。幻ではない。
「さち……戸を。戸を全部閉めなさい。外から見えないように」
その日の夕方、土間の竈からは、この数年嗅いだことのないような暴力的なほどに甘く、香ばしい匂いが漂っていた。
すずは支給された謎の油を惜しげもなく鍋に引き、絵に描いてあった通りに冷たい肉の塊(から揚げ)を火にかけた。隣の鍋では、銀シャリがカニ穴を作ってふっくらと炊き上がっている。
「いただきます……」
さちが白米を口に運んだ瞬間、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「甘い……お母ちゃん、お米って、こんなに甘かったんじゃね……お肉も、柔らかくて、味が濃くて……!」
「ゆっくり食べんさい。まだぎょうさんあるから」
すずもまた、砂糖をたっぷりと入れた卵焼きを口にし、嗚咽を漏らした。
戦争が始まって以来、腹の底から満たされることなど一度もなかった。二人は無言で、ただひたすらに、胃が痛くなるほどに食べ続けた。口の周りを油でテカらせながら、奇跡のようなご馳走を胃袋に詰め込んだ。
しかし、満腹感とともに理性が戻ると、すずの背筋に冷たい汗が伝った。
(こんな大量の白米に、砂糖に、油……もし、隣組の人に見つかったら……?)
今の時代、これほどの物資を隠し持っていることが知れれば「非国民」として憲兵や特高警察に連行されてもおかしくない。泥棒か、さもなくば闇市での不正取引を疑われるだろう。あの香ばしい油の匂いすら、近所に漏れれば命取りになる。
「さち、残ったお米や袋は、床板を剥がして縁の下の奥に隠すんよ。決して、絶対に誰にも言うてはいけんよ」
震える声で娘に言い聞かせながら、すずは暗い部屋の隅に積まれた、未来からの異質なパッケージを恐ろしくも愛おしそうに見つめていた。
◇◇◇
隣人と暴力的な匂い
◇◇◇
1945年7月23日 PM 7:00。
夏の長い陽がようやく落ちかけ、薄暗くなり始めた広島市の山沿い。その路地に、あり得ない匂いが漂い始めていた。
それは、現代日本の食品工場と品種改良が産み出した、圧倒的な「暴力」だった。
精米されたばかりの白米がアルファ化する甘くふくよかな香り。そして何より、キャノーラ油で揚げられたニンニク醤油ベースの冷凍から揚げの匂いは、長年の粗食と飢えで感覚が麻痺していた近隣住民たちの胃袋を、物理的に殴りつけるような凶暴さを持っていた。
「……すずさん、おるね?」
控えめだが、どこか切羽詰まったようなノックの音が響いた。
すずが青ざめた顔で戸を細く開けると、そこには近所で比較的親しくしている主婦、ゆみこが立っていた。彼女の背後には、匂いに引き寄せられた近所の住人たちが十数人、亡者のように目を血走らせて集まっている。
「ゆ、ゆみこさん……どうしたん?」
「どうしたんじゃあないよ。すずさんとこから、えらいええ匂いがするんじゃが……何か、隠してないかえ?」
「気のせいよ。ほら、今日は風向きが……」
すずが必死に弁明しようとしたその時だった。大人たちの足元をすり抜け、近所の悪ガキの一人が、半ば強引に開いた戸の隙間から土間へと滑り込んだ。
「ああっ、こら!」
すずの制止も虚しく、土間の竈を覗き込んだ子供が、金切り声を上げた。
「お母ちゃん! 銀シャリじゃ! まっしろなご飯がある! それに、まだ割ってない卵が二個もあるぞ!!」
その言葉は、導火線に火をつけた。
外に待機していた大人たちの間に、どよめきと、明確な敵意が走った。配給が滞り、誰もが雑炊やすいとんで飢えを凌いでいるこの時期に、銀シャリと卵。それは明確な「特権」であり、ともすれば「非国民」の証だった。
「すずさん……あんた、まさか闇で……」
「違うんよ! 違う!」
ずかずかと上がり込もうとする大人たちを前に、すずは土下座をするように床に手をついた。
「疎開で……田舎の親戚から、ほんの少しだけ分けてもらったんよ。お願い、これだけなんじゃ。私とさちの分だけなんよ……!」
すずは必死に懇願したが、十数人の飢えた隣人たちの目は、すでに理性を失いかけていた。もしここで追い返せば、明日には憲兵や特高警察に「ヤミ物資を隠匿している」と密告されるのは火を見るより明らかだった。
……殺される。
すずは半分諦めたように立ち上がると、震える手で米櫃から米をすくい出した。
「……炊きます。今から、炊きますけえ」
すずは血の涙を流す思いで、3合の白米を新たに竈にかけた。
やがて炊き上がったご飯に塩を振り、急いで握った塩おにぎり一個と、砂糖をたっぷり入れた卵焼き一切れ。それを、その場にいる十数人全員に配り終える頃には、すずの手は限界まで震えていた。
それを受け取って、隣人たちはようやく、獲物を持ち帰る獣のように暗い路地へと退散していった。
◇◇◇
甘すぎる蜜、深まる疑念
◇◇◇
自分の家に持ち帰った塩おにぎりと卵焼きを口にしたゆみこは、あまりの衝撃に言葉を失った。
(なんじゃ、このお米は……!?)
現代の品種改良の結晶である「コシヒカリ」は、戦前の米とは別次元の食べ物だった。
噛めば噛むほど湧き出す強烈な甘み、もっちりとした粘り気、そして冷めてもなお艶やかな米粒。そこに振られたただの塩が、米の甘みを限界まで引き出している。添えられた卵焼きは、出汁と信じられない量の砂糖が使われており、まるで高級な菓子のようだった。
「……美味い。美味すぎる……」
夫や子供たちと分け合い、指についた米粒まで舐めとるように食べ終えた後、ゆみこの心に湧き上がったのは感謝ではなく、どす黒い猜疑心だった。
(あんなお米、農家だって食べとらん。田舎の親戚からもらったじゃと? 嘘に決まっとる)
他の家々でも、同じような会話がヒソヒソと交わされていた。
「すずの奴、どこぞの将校さんにでも体ぁ売ったんじゃなかろうか」
「いや、軍の横流し品かもしれん。……それにしても、あの透明な袋やら、見たこともない油の入れ物は何じゃった……?」
飢えを満たした極上の食料は、すず一家への異常な執着と疑念を、隣人たちの心に深く植え付けてしまった。
◇◇◇
箱庭の夜
◇◇◇
同じ頃、戸締まりを厳重にした家の中で、すずとさちは暗闇の中で身を寄せ合っていた。
灯火管制のため電灯はつけられない。夏の夜の蒸し暑さの中、二人の体は恐怖で冷え切っていた。
「お母ちゃん……どうしよう。お米、あんなに減っちゃった」
「お米だけの問題じゃないんよ、さち……」
すずは、床下の奥に隠した現代のパッケージを思い浮かべて震えた。
今日配ってごまかせたのは一時しのぎに過ぎない。明日になれば、あの異常な美味しさを忘れられない隣人たちが、再び理由をつけて探りに来るだろう。もし、あの「文字のない透明な袋」や「冷凍から揚げ」の袋が見つかれば、親戚からの貰い物という言い訳は一切通用しなくなる。
「……明日から、どうやって生きていけばええんじゃろうか」
神様からの贈り物だと思ったあの大量の食料は、一歩間違えれば自分たちの首を絞める時限爆弾だった。
二人は暗闇の中で、ただただ明日の朝が来ることに怯えながら、互いの手を強く握りしめていた。
(※PCモニターの向こう側で、神の視点からこの一部始終を見届けていた浩平は、自分の「軽い善意」が引き起こした地獄のような人間模様に、ただ絶句して画面を見つめることしかできなかった……)
ちょっと「地球の管理者:異星文明に選ばれた元研究者 」をサボってなにやってんだ?と気になるあなた
はい、まさかの現実逃避です
だからこそ、こちらは気まぐれで不定期更新なので、余裕があるときと現実逃避したい時に新しい話を書きます
なお、本作の主人公設定は日本人です、設定や発言など、有り得ないぼろが出た所に指摘してもらえばうれしいです




